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第8話 王都での同棲生活
しおりを挟むそれから、三か月が経った。
レーベンはあの日からずっと、相変わらず私の家に居候を続けている。
変わったことと言えば、私の家はあのヒマワリしかない平原から王都の中央へと場所を移していた。
「はーい、ちゃんと列に並んでくださいね~!! ポルテ印のクッキーとケーキは王室御用達!! こちらは一日三十個の限定品ですよ~!!」
私はパリっとノリの効いた白シャツに真っ赤なスカートを履いて、両手にいっぱいのスイーツを運んでいる。
私の家の前に特別に設置された店舗型の家に、たったいま出来上がったばかりのスイーツをお届けするのだ。
「相変わらず凄いですよ、ポルテさん!! 貴族様からの注文もさることながら、今日も王城からの予約がいっぱいです!!」
私が販売をする店舗に入ると、接客をしていたお姉さんが興奮気味で私に話し掛けてきた。
彼女は元々この場所で喫茶店をしていた、あの人気店のオーナーさんだ。
そして私を苛めていたあの悪ガキどものリーダーの姉でもある。
「いえ、オーナーさんの接客と喫茶店が凄いだけで……」
「何を謙遜しているんですか!! あの素晴らしいお菓子たちがあってこそです!! ああ、本当は売らないで私が独り占めしたいのに……」
「あははは……」
レーベンが我が家に訪れたあの嵐の夜から、私の生活は一転した。
なにせ、使えないと思っていた私の家は、開けてみればビックリ箱みたいなものだったのだから。
地下室からは初めてみる食べ物や飲み物がわんさか出てきたし、それを料理するための道具もあった。
キッチンはオーブンから始まり、コンロや“でんしれんじ”といった未知のアイテムで溢れていた。
それをレーベンの助けを借りて試行錯誤をしていたら、とんでもなく美味しい料理の数々が生まれてしまったのである。
(お姉さんじゃないけど、確かにアレらは革命的だったわ……私も、二度とあの頃の生活には戻れないかも……)
もちろん料理関連だけでなく、トイレやお風呂、シャワーなどといったものも充実していた。
今からあんな不便なバケツ生活に戻るなんて、考えるだけでも恐ろしい。
だけどあの頃に戻りたくない一番の理由は何よりも、私の心を満たしてくれる存在がいるから。
(ふふふっ。今日のディナーは何にしようかしら。ビーフシチュー? それとも彼の好きなカレーオムライス?)
我が家で今も頑張ってお菓子の生地を捏ねているであろう、銀髪の頼れるパートナーのことをウキウキの気分で想像する。
彼は極端に家の外に出るのを嫌がるから、中で出来る仕事を手伝ってもらっている。
まぁあの家はすっごく快適だし、外に出たくなくなるのも分かるけどね。
(本当は外でデートっていうのもしてみたいんだけど……)
「あ、そういえばポルテさん」
「えっ!? はっはい、なんでしょう!?」
王都で買い物デートをしている妄想をしていたら、急にオーナーさんに呼びかけられた。
ビックリしてお菓子が入っていたカゴを床に落としそうになる。
そんなおっちょこちょいな私を見て、オーナーさんはあらあら、と笑いながら胸元のポケットから一通の便箋を取り出した。
「やりましたね、ポルテさん!」
「え……何がです?」
「王城からポルテさん宛てに、縁談の手紙が来ていますよ!!」
◇
「困ったわ……王子様との縁談だなんて、まさか私に来るとは思ってもいなかったのに」
「そうだね。でもこの国は家主義なところが強いみたいだから」
夕飯のカレーを二人で食べながら、私は昼間にオーナーさんから聞いた縁談話を重たい口調で話していた。
この家の食べ物の中でも、私も彼も最初に食べたこのカレーが大好きだ。
だけど今日は……あんまりスプーンが進まない。
一方で私の正面に座っているこの男は、普段通りの調子でカレーに夢中だった。
トッピングした温泉卵とチーズを上手にスプーンで絡めながら、パクパクと美味しそうに食べている。
こっちは真剣に悩んでいるのに……なんだか無性にイラっとする。
「どうして!? 今まで散々、私のことを『宿借り』って馬鹿にしてきたんだよ?? 何で今頃になって、そんな手の平を返すような真似なんか……!!」
「そりゃあ、この家の凄さを知らなかったんだから仕方がないよ。それに、それはポルテだって一緒だろう?」
「ううっ。そ、そりゃあ……そうなんだけどさぁ……」
(だって、あんな所にスイッチがあるだなんて知るわけが無いじゃない……)
何年もこの家に住んできたけれど、まさか掃除用具が詰まっていた納戸にあんなパネルが隠されていたなんて。
むしろアレに気付けたレーベンの方がオカシイのだ。
ちなみにレーベンの記憶は未だに戻って来ていない。
だから何で彼が“ぶれぇかぁ”のことを知っていたのかは、相変わらず分からず仕舞いだ。
だけど私は、今のレーベンのままで良いの。
だって、過去の記憶が無くたって彼は彼だから。
「と、とにかく!! 私は王子様なんかと家族になるつもりはないわ!」
「えぇ、勿体ないなぁ。せっかく良い暮らしができるようになったんだから、結婚すればいいのに」
「いいの!! はい、もうこの話はおしまいよ!!」
本気で私に縁談を勧めようとするレーベンのセリフを、それ以上言わせないとばかりにぶった切る。
(まったく、もう。私がここまで言っているのに、彼はいつまで経っても私に好きって言ってくれないんだから。……あーあ。レーベンも自分に家が無いことを気にしているだけで、私に好意が無いわけじゃない……と思いたいんだけど)
私が他の男と結婚しちゃっても、彼は何とも思わないのかな。
逆に、もしレーベンが他の女の子と仲良く歩いていたら私は……
うん、無理。
勝手に妄想していたら、凄くムシャクシャしてきた。
「ポルテ、食べないんだったらキミの分も……」
「あげません!!」
気付けば彼の皿にはもう何も残っていなかった。
ムキになってスプーンをギュッと握り直す。
私よりカレーを気にする男に負けまいと、ガツガツと皿を空にするのであった。
この時、私は大きな勘違いをしていた。
私が王城からの縁談さえ断ってしまえば、レーベンはいつまでも私と一緒に暮らしてくれると思っていた。
だけど、この日の夜。
ベッドの上に「今までありがとう。お幸せに」と書き置きを残し、彼は私の家から出て行ってしまった。
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