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言葉は要らないよね?
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「えっ? ハヤト君が居なくなった?」
スーパーの爆弾事件があった1ヶ月ほど経った後。
家でテレビを見ながら夕飯を食べていると、マリナからそんな連絡があった。
年齢の割に聡明なハヤト君が、家出するなんてことは想像ができない。
そもそも、彼はまだ小学6年生だ。
「てっきり友達と遊びに行ったと思ってたんだけど、こんな時間になっても帰って来なくて……!」
電話越しでも分かるくらいに動揺しているマリナ。
いつもは気丈に明るく振る舞っている彼女が、こんなに取り乱すのは珍しい。
「分かった。ミクちゃんは俺のオカンに任せろ。一旦ウチに来たら、一緒に近所を探すぞ」
「ぐすっ……う、分かった。すぐ行く!」
俺が母親に簡単に事情を説明している間に、マリナはミクちゃんを連れて我が家にやって来た。
「カナデ、ごめん……」
「気にすんな。それより、ハヤト君が行きそうな所を探したり、友達の家と連絡取ったりとかはしたか?」
俺の問いに対して、マリナは止まらない涙を上着の袖で拭いながらコクリと頷いた。
「いつも遊んでくれてる子達の家には電話したの。でも今日は遊びに行ってないって」
「それじゃあ、一人で行きそうな場所は……?」
今度はフルフル、と首を振るマリナ。
小学生の足じゃ自転車を使ってもそんなに移動距離は無いだろう。
それこそ行くとすればウチに遊びに来るか、近くの公園ぐらいしか想像ができない。
しかし、時は既に日没後。この季節じゃあ、外はもう真っ暗だ。
「よし、それじゃあ9時まで探して、それでも見つからなかったら警察に頼るぞ」
「……分かった」
絶対に見つけると覚悟を決めたマリナは、泣くのをやめて母親の顔になった。
ミクちゃんを俺の母親に預けると、俺とマリナはコートを片手に家を出る。
それから俺たちは、ハヤト君が行きそうな場所を手当たり次第に探し回った。
だけど――
「……居ないな」
「ううっ、ハヤトぉ……!」
「ほら、泣いてる暇があったら次だ。どこか他に考えられる場所はないか?」
「他……そ、そうだ! 清覧川の土手!!」
――毎年、夏に花火大会をやっているあの場所か!
イベントでもない限りあまり行くことはないが、確かに自転車で行ける範囲だ。
「よし、早速向かうぞ……!」
「う、うん!」
警察に連絡するリミットまで、もうそんなに時間は残されていない。
俺が運転するバイクの後ろにマリナを乗せて、すっかり冷え切った夜空の下を走る。
十数分後。
俺たちは川の土手に到着した。
花火大会では出店が立ち並んで賑やかなこの場所も、こんな季節では人通りも少なく、夏に比べたらなんとなく寂しい気がする。
だけどひんやりと冷たい夜空の下で、川面が街灯と星々の光をキラキラと反射していて、ちょっと幻想的な光景だ。
「思ったより暗いな……」
ヘルメットを外すと、眼前に白い息がフワっと昇った。
川を渡る陸橋の上を、通勤電車が音を立てて通る。
こんな状況じゃなきゃココでデートでもしたいんだがな。
――おっと、こうしている場合じゃない。
ハヤト君を今度こそ見つけ出さないと。
2人で手分けして、土手沿いから川の周辺を駆け回る。
彼が暗い川の中に落ちていないことを、心から祈りながら。
「ん? お、おい。アレって……!!」
「は、ハヤト!!」
警察へ連絡するまでのタイムリミットが差し迫った頃、陸橋の下のスペースで蹲っているハヤト君を見つけた。
母親であるマリナは疲れ果てた身体を忘れ、我が子の元へ走り出す。
「ハヤト! ハヤトぉ‼︎」
「ママ……?」
マリナの声に気付いたハヤト君が顔を上げた。
その顔はいつもの明るい彼の表情は微塵もなく、暗闇の中でも泣いていたことが分かる。
「大丈夫!? ケガしてない? もう、こんな冷たくなって!」
再会を果たした親子は抱き合い、身体をペタペタと触って無事を確かめる。
「大丈夫、だよ、ママ」
「良かった……良かったぁあ!!」
――急に居なくなった怒りよりも無事を喜ぶ当たり、彼女らしいよなぁ。
とはいえ。
俺もハヤト君が無事で本当に良かったと思うが、なぜ彼が黙って居なくなったのかが疑問である。
「ハヤト君……もしかしてなんだけどさ。今日、学校で何かあったのかい?」
――ビクッ!
マリナの体温で赤ん坊の様に安心しきっていた幼子は、突然の問いに身体を再び凍り付かせてしまう。
「別に怒るわけじゃ無い。ただ、俺も君のお母さんも心配なだけなんだ」
「……ごめんなさい」
「いつも明るくて優しい君が、こんなことをするとは考えられないし。……何かあったのかと思うのは、当然だろう?」
口をへの字にしているハヤト君。
これでも彼が生まれた時から見てきたのだ。
父親ってワケじゃないが、何を考え、何を耐えているのかぐらいは察しが付く。
「ハヤト……まさか」
「ううん、イジメられてるとかじゃないよ。ただ、ドラマの話題をしてた時に……」
「「ドラマ?」」
「クリスマスを家族で過ごすか、恋人と過ごすかって話になって。それで、僕って恋人は居るけどパパは居ないから……」
「「こっ、恋人ッ!?」」
言いにくそうに事の顛末を話すハヤト君。
どうやら今日の出来事を要約すると、ハヤト君に嫉妬した男友達が母親のことをネタに揶揄ってきたことが事の原因だったらしい。
「アイツ、僕がチャラいのはママに似たからだって。ママにはパパが何人も居たから……」
「よし。そいつの所へお話し合いに行こうか。大丈夫、友達ならすぐにできるから」
第一、ハヤト君は俺と違って小学生の今でもカッコいいし、性格も気遣いが出来るイケメンだからモテるのだ。
……俺がこの子の爪の垢を煎じて飲みたいぐらいに。
「やめて! アイツだって普段はイイ奴なんだ。ただ最近好きな子に振られちゃっただけで……」
マジで? 最近の小学生ってすごいんだなぁ。
自分が小学生の頃なんてゲームと漫画漬けだったぞ?
「本当に大丈夫なの? ハヤト、いつもそうやって溜め込むじゃない」
「大丈夫。ちょっと一人で考えたかっただけだから。ホラ、ここって考え事するのにピッタリだったし」
――本当にこの子は小学生なの?
俺なんて仕事で嫌なことあったら、キンキンに冷やしたビール飲みながら好きなアニメ観てるんですけど?
って、大人の俺がぼーっとしている場合じゃなかった。
「とにかく、このままじゃ風邪ひくぞ。早く帰ろう」
家でミクちゃんも待っていることだし、こんな冷え切った場所とはオサラバしたい。
それは二人も同じだったようで、鼻水をすすりながら立ち上がる。
バイクを転がしながら、1人増えた帰り道を急ぐ。
「ただいま」
「まぁー!」
「はい、お帰りなさい」
何だかんだとあったが、無事に伊森家に帰ってきた。
随分と遅い時間になってしまったが、ミクちゃんだけは元気いっぱいだ。
子ども達は先にお風呂に入れて、夕飯を大人達で準備する。
「しっかし良かったな、マリナ。ハヤト君が無事に見つかって」
「……本当にありがとう、カナデ。貴方は我が家の恩人だわ」
彼女は心の底から出た思いを言葉にしてそう返してくれる。
コイツはいつも正直なのだ。
……良い意味でも、悪い意味でも。
もちろん、俺がそこに惹かれたのは間違いない。
そして俺は先日のスーパーの一件からずっと考えていた想いがある。
――今回の一件もあったことだし、マリナに伝えるのなら、今が良いのかもしれない。
「マリナ」
「なぁに? どうしたの?」
ハンバーグに使う玉ねぎをみじん切りにしていた彼女がコテン、と首をかしげた。
今日は走り回ったせいか、すぐ隣に立つ彼女の匂いが鼻孔をくすぐる。
何度目かも分からない胸の高鳴りを抑えつつ、俺は言葉を続けた。
「マリナとは今のハヤト君ぐらいからの付き合いだよな」
「え? えぇ、そうね」
右手で握る包丁の動きが止まる。
「告白もした」
「振っちゃったけどね」
2人して苦笑い。
「あれから俺達もいろいろあった」
「うん、あったね」
表情が更に苦くなった。
「この前のハヤト君が買い物中に言ってたこと。あれからずっと考えてたんだけどさ」
「うん……? うん」
あぁ、どんな表情も可愛い。
「こうして2人で台所に立ってると、ちょっと夫婦っぽいよな?」
「なによ、急に。って、ちょっと待って。まさかアンタ……」
俺はマリナの方を向いて決意を決める。
「ごめん、マリナ。俺はお前とは結婚することはできない。だからハヤト君のパパにはなれない」
予想外だったのだろう。思わず目を見開くマリナ。
でも俺は話を続ける。
「だけど。夫婦にならなくたって、今みたいに隣に居れる」
「俺はお前のことが好きだ。30歳までの半生をこうやって過ごしてきたみたいに、今度は60歳まで。関係はこのままで大丈夫だから、俺と一緒に居てくれないか?」
よし。言いたいことはキチンと言ってやった……けど、目の前の彼女は両手を強く握りしめて小刻みに震えている。
「ま、マリナ……さん?」
「ばか! バカバカバカ!!」
「ちょ、えっ?」
「そんなの! 男と長続きしない私が! そんな都合のいいことだけ望んで良いワケがないでしょ!」
彼女は怒りに滲んだ声色で怒る。
「バカはそっちだろ? だいたいお前さぁ、元夫含めて俺以上に長い付き合いの男が居るか?」
「あっ……」
ハッとしたような表情を浮かべるマリナ。
下手したらコイツのお父さんより一緒にいる時間は長いんだぞ?
「まったく。この15年なんてあっという間だったんだ。俺たちがジジババになるまでなんて、きっとすぐさ。だから気楽にこうやってバカ話して、親友として一緒にハヤト君たちの成長を楽しもうよ」
なるべく誤魔化さない言葉を選んで言ってみたけど、どうだろうか。
うつむいてしまったマリナの顔を覗き見てみる。
……あ~ぁ。また涙が誰かさんの頬を濡らしちゃった。
だけど。あぁ、やっぱり笑顔が一番可愛くて綺麗だ。
泣き笑いになった彼女も、楽になる覚悟を決めたようだ。
彼女は肩書きや重圧から解放されたかのようにフワリ、と翔んで――
俺たちのココロとカラダの距離はゼロになる。
そんな2人に、言葉はもうこれ以上要らなかった。
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