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1-5 魔王との取り引き
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「そう、俺の名はサルバトーレ=ウルティム。正義を騙るお前ら勇者によって討たれた――魔王だ」
幼馴染である勇者レオの口から出た衝撃の言葉。
モナはその台詞の意味を理解する前に、自身が愛用している杖を反射的に取り出した。そしてサファイア色の宝玉が嵌められた先端を魔王へと向けた。
「それはやめた方がいい。モナが俺を殺せるかは抜きにしても、今ここで俺たちが戦闘行為なんて始めたら……この王都がどうなるかなんて、キミにも想像できるだろう?」
レオの顔で冷酷な笑みを浮かべる魔王。
しかし彼の言っていることはあながち嘘ではない。
絶大な力を持った二人が本気の殺し合いをすれば、ものの数分でここら一帯は灰燼に帰してしまうだろう。実際に魔王城にて行われた死闘を顧みれば、信憑性も高い。
モナの前世の記憶や知識を使っても、現状を打開できるような妙案は浮かばなかった。
ギリリ、と彼女の杖を握る手の強さが増す。
酒場に仲間たちを置いてきてしまったのがここで裏目に出てしまった。
お互い手を出せない状態の睨み合いが続いていく。
……が、先に戦闘の意思を捨てたのは意外にも魔王の方だった。
「……まぁこんなことを言ったところで信じてはもらえないだろうけど、俺は別にキミと殺し合いがしたいワケじゃないんだ」
「――じゃあいったいどういうつもりなのよ、魔王」
「さっきも言った通り、キミたちの考えている魔王は既にあの時に死んだ。だから俺の事はウルティム――いや、ウルとでも呼んでくれ」
ウルと名乗った男はキザったらしく大仰な動作で銀の髪をゆらりと垂らしながら、腰を折って挨拶をする。
その様子はあまりにも隙だらけなのに、この余裕っぷりが逆に不気味さを増長していて、モナは彼に攻撃を仕掛けることも出来ない。
なにより、そもそもの身体は勇者であるレオナルドなのだ。いくら戦うつもりは無いと言われても、油断は命取りであろう。
「貴方の名前なんてどうだっていいわ。死んだ、ですって? レオの身体を乗っ取っておいてよくそんなことを言えるわね? 本当に死んだのなら、さっさと彼の身体を返して成仏しなさいよ」
「おーおー、聖女とは思えない口ぶりだね。キミ、魔王みたいって言われない?」
「……どうやらもう一度、死にたいようね」
「「ふふふふ……」」
どう考えても、冗談のキャッチボールをするほどの仲では無いはずなのだが――二人はほぼ同時に笑い始める。
モナも覚悟を決めたのか、持っていた杖を下ろした。
「で、わざわざ本性をバラした理由は? 今の貴方ぐらいの実力があれば、私の首ぐらい簡単にとれたでしょう? はぁ、仕方がないわ……何が目的なのかぐらい聞いてあげるから、さっさと要件を話しなさいよ」
武装を解除したからと言って、油断するつもりはない。挑発の意味も込めながら、彼に話の続きをするよう促した。
「だから今は殺す気はないって最初から言っているのになぁ。俺はただ、魔王だなんていうしがらみから解放されたいだけなんだ。人間に危害を与えようだなんて思ってもいないさ」
「なん、ですって!?」
(てっきりまた魔王が世界を奪おうとでもしているのかと――いえ、この魔王の言うことを簡単に信じるのは良くないわ。もしかしたら私を騙そうとしているのかもしれないし……でも、なぜ?)
あれだけ世界を混沌に叩き落してきた魔王が人類に仇なすつもりはない、だなんて言われても信じられるわけが無い。そんな甘言で騙されるわけがないでしょうと言わんばかりにウルを睨みつける。
一方の彼もモナがそんな簡単に信じるとは思っていなかったのか、あまり気にした様子はないが。
「信じられないのは御尤もだと思うケドさ。俺だって平和が大好きなんだ」
「それを私がはい、そうですかって思うとでも?」
「本当なんだけどなぁ~。むしろ俺なんかより、キミたちの方が魔王に向いていると思うよ?」
今だってこうして俺を殺す気満々なんだから、と呆れたように笑う魔王。
たしかにここで争うつもりは無いのだろう。
だが、相手はあの魔王だ。
嘘でないにしても全部が全部、正しいことを言っているとは限らない。
きっとまだ、何かを隠しているに違いない……。
「それで? 魔王「ウル、だよ」……ウルは私をどうするの? まさか、レオの身体を使って――!?」
モナの恐れを帯びた台詞に、ウルはニヤリとあくどい笑みを浮かべた。
本人は名言こそしていないが、いわばこれはレオを人質に取られてしまったということだ。勇者を奪われてしまっては、聖女たちが束になったところで手も足も出ない。
(誰もコイツを止められないってことじゃないの……レオに成り代わって何をするつもりなの!?)
不意にモナを恐怖が襲ってきた。
思わず後ずさりしてしまうが、ここは墓地だ。
逃げたり隠れたりできる場所も無く、じりじりと近寄ってくるウルに焦って足元の窪みにつまづいて尻もちをついてしまった。
それでもどうにか逃げようとするが……聖女は魔王に墓標にまで追い詰められてしまう。
もう逃げられないよ、とばかりの笑顔を向けられ……モナは覚悟を決めた。
(クッ、ここが私の墓とでも言いたいの!? いえ、せめて刺し違えてでもこの新たな魔王を……)
「――それも最初は考えたんだけど、キミたちを見ていたらもっといい考えが浮かんでね」
「はあっ? 良い考えですって……?」
緊迫していた空気が一気に緩む。
このまま見逃してくれるのだろうか?
しかし魔王ウルの口から出たのは、彼女にとっては予想外の言葉だった。
「あぁ、そうだよ。ねぇ、この世に平和と慈愛をもたらす聖女よ……」
――俺と取引をしないか?
幼馴染である勇者レオの口から出た衝撃の言葉。
モナはその台詞の意味を理解する前に、自身が愛用している杖を反射的に取り出した。そしてサファイア色の宝玉が嵌められた先端を魔王へと向けた。
「それはやめた方がいい。モナが俺を殺せるかは抜きにしても、今ここで俺たちが戦闘行為なんて始めたら……この王都がどうなるかなんて、キミにも想像できるだろう?」
レオの顔で冷酷な笑みを浮かべる魔王。
しかし彼の言っていることはあながち嘘ではない。
絶大な力を持った二人が本気の殺し合いをすれば、ものの数分でここら一帯は灰燼に帰してしまうだろう。実際に魔王城にて行われた死闘を顧みれば、信憑性も高い。
モナの前世の記憶や知識を使っても、現状を打開できるような妙案は浮かばなかった。
ギリリ、と彼女の杖を握る手の強さが増す。
酒場に仲間たちを置いてきてしまったのがここで裏目に出てしまった。
お互い手を出せない状態の睨み合いが続いていく。
……が、先に戦闘の意思を捨てたのは意外にも魔王の方だった。
「……まぁこんなことを言ったところで信じてはもらえないだろうけど、俺は別にキミと殺し合いがしたいワケじゃないんだ」
「――じゃあいったいどういうつもりなのよ、魔王」
「さっきも言った通り、キミたちの考えている魔王は既にあの時に死んだ。だから俺の事はウルティム――いや、ウルとでも呼んでくれ」
ウルと名乗った男はキザったらしく大仰な動作で銀の髪をゆらりと垂らしながら、腰を折って挨拶をする。
その様子はあまりにも隙だらけなのに、この余裕っぷりが逆に不気味さを増長していて、モナは彼に攻撃を仕掛けることも出来ない。
なにより、そもそもの身体は勇者であるレオナルドなのだ。いくら戦うつもりは無いと言われても、油断は命取りであろう。
「貴方の名前なんてどうだっていいわ。死んだ、ですって? レオの身体を乗っ取っておいてよくそんなことを言えるわね? 本当に死んだのなら、さっさと彼の身体を返して成仏しなさいよ」
「おーおー、聖女とは思えない口ぶりだね。キミ、魔王みたいって言われない?」
「……どうやらもう一度、死にたいようね」
「「ふふふふ……」」
どう考えても、冗談のキャッチボールをするほどの仲では無いはずなのだが――二人はほぼ同時に笑い始める。
モナも覚悟を決めたのか、持っていた杖を下ろした。
「で、わざわざ本性をバラした理由は? 今の貴方ぐらいの実力があれば、私の首ぐらい簡単にとれたでしょう? はぁ、仕方がないわ……何が目的なのかぐらい聞いてあげるから、さっさと要件を話しなさいよ」
武装を解除したからと言って、油断するつもりはない。挑発の意味も込めながら、彼に話の続きをするよう促した。
「だから今は殺す気はないって最初から言っているのになぁ。俺はただ、魔王だなんていうしがらみから解放されたいだけなんだ。人間に危害を与えようだなんて思ってもいないさ」
「なん、ですって!?」
(てっきりまた魔王が世界を奪おうとでもしているのかと――いえ、この魔王の言うことを簡単に信じるのは良くないわ。もしかしたら私を騙そうとしているのかもしれないし……でも、なぜ?)
あれだけ世界を混沌に叩き落してきた魔王が人類に仇なすつもりはない、だなんて言われても信じられるわけが無い。そんな甘言で騙されるわけがないでしょうと言わんばかりにウルを睨みつける。
一方の彼もモナがそんな簡単に信じるとは思っていなかったのか、あまり気にした様子はないが。
「信じられないのは御尤もだと思うケドさ。俺だって平和が大好きなんだ」
「それを私がはい、そうですかって思うとでも?」
「本当なんだけどなぁ~。むしろ俺なんかより、キミたちの方が魔王に向いていると思うよ?」
今だってこうして俺を殺す気満々なんだから、と呆れたように笑う魔王。
たしかにここで争うつもりは無いのだろう。
だが、相手はあの魔王だ。
嘘でないにしても全部が全部、正しいことを言っているとは限らない。
きっとまだ、何かを隠しているに違いない……。
「それで? 魔王「ウル、だよ」……ウルは私をどうするの? まさか、レオの身体を使って――!?」
モナの恐れを帯びた台詞に、ウルはニヤリとあくどい笑みを浮かべた。
本人は名言こそしていないが、いわばこれはレオを人質に取られてしまったということだ。勇者を奪われてしまっては、聖女たちが束になったところで手も足も出ない。
(誰もコイツを止められないってことじゃないの……レオに成り代わって何をするつもりなの!?)
不意にモナを恐怖が襲ってきた。
思わず後ずさりしてしまうが、ここは墓地だ。
逃げたり隠れたりできる場所も無く、じりじりと近寄ってくるウルに焦って足元の窪みにつまづいて尻もちをついてしまった。
それでもどうにか逃げようとするが……聖女は魔王に墓標にまで追い詰められてしまう。
もう逃げられないよ、とばかりの笑顔を向けられ……モナは覚悟を決めた。
(クッ、ここが私の墓とでも言いたいの!? いえ、せめて刺し違えてでもこの新たな魔王を……)
「――それも最初は考えたんだけど、キミたちを見ていたらもっといい考えが浮かんでね」
「はあっ? 良い考えですって……?」
緊迫していた空気が一気に緩む。
このまま見逃してくれるのだろうか?
しかし魔王ウルの口から出たのは、彼女にとっては予想外の言葉だった。
「あぁ、そうだよ。ねぇ、この世に平和と慈愛をもたらす聖女よ……」
――俺と取引をしないか?
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