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3-1 女神祭を襲うモノ
しおりを挟む雲一つない、見事な晴れの日。
日本の初夏の様な暖かく過ごしやすい陽気の中、勇者たちの偉業を讃える女神祭が始まった。
会場は王都全体となり、都市の至る所でお祝いの飾りつけがされている。
日程は三日間。その間、王都は様々な催しが開かれ、沢山の人で溢れかえっていた。
「今年は例年よりも凄い盛り上がりようね……」
「そりゃあそうだよ、お姉ちゃん! だってアタシ達が魔王をブッ倒したお祝いなんだもん!!」
「ははは、リザはいつまで経っても言動がガキ臭ぇな! お前、それで本当に勇者メンバーの一員か?」
「なんだとぉー!? ヴィンチめ、いつまでも子ども扱いしやがってー!!」
屋台が立ち並ぶ大通りを歩きながら、モナの双子の妹であるリザと戦闘の師匠ヴィンチはまるで子どものようなケンカをしている。モナはそんな二人から少し離れて、威勢よく呼び込みをしている屋台を冷やかしていた。
世界が変わっても発想が似ているところがあるのか、小麦を使ったお好み焼きのようなものを作っている店から、果物を丸のまま売っている店、魔法の的当て屋といった遊戯場まである。
女神祭という一大イベントで大金を稼ごうと、どの店もそれぞれ創意工夫を凝らして集客しているのが見て取れる。客もこの祭りを楽しみにしていたのか、子どもから大人まで夢中になっている光景が至る所で広がっていた。
なんだか少しだけ前世で見た夏祭りの縁日に似ている気がして、モナは少しだけ切なくなってしまう。
モナはウルとの遠征から帰ってきてからというもの、ずっと心あらずの状態だった。
ため息を吐いたり、ぼうっとすることばかり。
もちろん、その原因は本人も分かっている。
あのタンポポ畑でウルにされた告白が、ずっと頭から離れてくれないのだ。
『俺はキミを聖女としてではなく、一人の女性として愛している。だから俺はこれから、本気でお前を奪いたいんだ』
ウルが悪者だと思えなくなってしまった今、心優しいモナは彼の事を完全に拒絶できない。
それは同情なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。彼を受け入れつつある自分を止めたいのに、身体は次第に蝕まれていく。
ヴィンチはリザのことを自分の子どものように揶揄いながら、ガシガシとリザの頭を荒っぽく撫でている。性格はともかく、モナとリザは双子でよく似ているので、傍目から見たら父親と娘たちにしか見えないだろう。
そんな呑気な二人を見て、モナはもう何度目かも分からない溜め息を吐いた。
「そういえばお姉ちゃん、レオはまだ来てないの?」
「んー、そうなのよ。家に行ったんだけど留守だったし……まったく、どこ行ったのよアイツは……!」
身体はレオだといっても、中身はあの性格の悪い魔王ウルだ。
もしかしたら魔王討伐の祭りなんて出てられるかといって、どこかに逃げ出したのかもしれない。たまにくだらないところで子どもみたいに意地を張るような男なので、拗ねると面倒臭いのだ。
「パレードの前に祝勝の演説があるって、ちゃんと言っておいたのに……アイツ、本当に来なかったらとっちめてやる」
怒りで思わず右手の拳に力が入る。
散々自分のことを弄んだアイツの顔が脳裏をよぎるだけで、またイライラしてきた。
「ははは!! こっちはもう夫婦みてぇだな! もう尻に敷かれてやがる!」
「ちょ、ちがう!! 絶対違うからっ!!」
「あ~、お姉ちゃん照れてるぅ! かぁわいい~!!」
「もう、リザまでっ!!」
ヴィンチに便乗して、今度はリザまで悪ノリをしてくる始末だ。
ウルが乗っ取る前のレオとは普段から夫婦漫才のようなやり取りをしていたので、リザたちからそう見えていても仕方がないのだが。
今の状態で揶揄うのは本気で勘弁してほしいと、モナはガックリと肩を落とした。
「ほら、リザも師匠も買い食いばっかりしてないで、さっさと会場に行くよ! ミケたちが先に待ってるんだから」
「「えぇ~?」」
「貴方たち、陛下まで待たせる気!? もう、二人だって今日の主役なんだからしっかりしてよね!」
今の二人はどちらも腸詰めを頬張りながら、エールの入ったカップを両手で大量に抱えている。
……冗談抜きで、本当の親子のようだ。
心の中でミケに謝りながら、母親になったつもりで二人を会場である中央広場へと引っ張っていくのであった。
◇
「遅いぞ、みんな……ってやっぱりこうなっていたか」
「ごめんね、ミケ。注意したんだけど、全然言う事聞いてくれなくって」
国王や勇者達の演説会場となっている王都の中央広場に着くと、既に王子ミケがモナ達を待っていた。
しかしミケはやってきたモナ達三人を見て頭を抱える。
エールを飲み過ぎて千鳥足になるまで酔っ払っている英雄が二人もいたからだ。
こんな状態でこれから演説やパレードに参加できるのだろうかと不安になるモナとミケ。
「で、レオはどうしたんだ? アイツも買い食いか?」
「それが、実はね……」
朝から見掛けず、どこに居るのかも分からない旨をミケにも正直に話す。
「はぁ……演説自体は女神祭の開始を知らせる鐘の後に行われるからいいけど。ちゃんとそれまでに来るかなアイツ……」
そういってミケは空を仰いだ。
太陽はもう、頂上付近にまで昇ってしまっている。
その鐘が鳴る時刻になるのも、もうすぐだろう。
女神祭は建国記念日に行われる祭りで、女神の恵みに感謝をする日だ。
大陸のどの国でも日にちは違えど女神祭というのは必ず行われており、共通して昼の零時に教会の鐘が十二回鳴らされるといった決まりがある。
この鐘の音を目印にして女神が降臨し、さらには祝福を民に与えてくれると言われ、たとえ嵐が起きようと戦争をしていようともこの行事だけは必ず行われるしきたりとなっている。
それだけ、女神祭というのはおめでたい日なのである。
だが、モナは何かいつもと違う雰囲気を感じ取っていた。
「ねぇ、ミケ。なんだか変な感じ……しない?」
「ん、どうしたんだモナ」
勇者不在の件をどうやって父である国王陛下に話そうか悩んでいたミケに、モナがそう尋ねる。しかし、彼をはじめ他のメンバーや周りの民達は何も感じていないらしい。
だがこれは第六感というか、生理的に嫌な感覚がモナを確実に襲っていた。
どう説明するべきか悩んでいる内に、更に別の感覚が刺激された。
「これは……なにか聞こえない?」
「そうか? 僕には『グォオオオ……』なっ、なんだっ!?」
祭りの歓声とは違う、身体の芯にまで響くような何かの雄叫びの声。
そして王都中を揺らすような、地響きの音。
突然のハプニングに、祭りの観客たちがザワザワと戸惑い始めた。
こんなこと、王都で起こったことなど一度もない。
しかし魔王討伐のために世界中を飛び回っていた英雄たちは知っていた。
「これは……」
「うん、間違いない。――モンスターの襲来だ!」
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