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3-8 魔王様と一緒に……
しおりを挟むモンスター襲撃の影響で、モナはウルの家で看病を受けていた。しかし今、モナが寝かされていた部屋には家主は居ない。
魔王であるウルの手作りの麦粥を食べていた時に、彼に来客があったのだ。
中々帰ってこないウルが心配になったモナは彼を探しにベッドから起き上がり、玄関へと向かったのだが……
「どうしたの、立ち尽くしちゃって……って、どうしたのよ。そのカゴいっぱいのベリーは?」
視界にあるのは、玄関で困惑の表情を浮かべて立ちつくしているウル。
その右手には、何かの植物で編まれたカゴに山盛りになった色とりどりのベリーがあった。
「孤児院の子ども達が、昨日のお礼に食べてって……ありがとうって言って、無理やり渡された……」
「そう……ふふ。そうなの……」
まだ幼い彼らも英雄たちを一目見ようとして、昨日の演説をどこかで聞いていたのだろう。
自分たちだってヒーローになれると言われて、元気づけられたのかもしれない。
(そりゃあそうよね。本人はそんなつもりは無いんだろうけど、子ども達にとって彼は英雄なんだもの。ふふふっ、本当の中身は魔王なのにね)
そんな風に内心で笑っていただけなのに、ウルはムスっとした表情をモナに向ける。
「なんでモナは笑っているんだよ?」
「えへへ。なんでもないもーん」
「……むっ、誤魔化された。でもコレ、どうしよう? 俺はそのまま摘まむぐらいしかできないし、一人じゃこの量は……干してドライフルーツにでもするしかないか」
いつもお酒のアテに食べているナッツや干し果物にでもする方法しか彼は知らないらしい。
何でもできるようで、たまに不器用なところがある彼を少しだけ可愛いと思いつつ、モナはある提案をすることにした。
「任せて。今度は私が看病のお礼に、このベリーでお菓子を作ってあげるわ」
「え……モナが? できるの??」
「そうよ、何かご不満でも? ねぇ、たしかキッチンに薪のオーブンがあったわよね? あ、あと適当にある食材も貰うわよ?」
モナはウルの右手にあるカゴをひったくると、勝手にキッチンへと向かい始める。
もう彼女が作るという事は決定事項らしい。
ポカンとしているウルは放ったらかしである。
「いや、キミは病み上がりで……」
「大丈夫よ。そんなに疲れるモノでもないし、簡単なんだから」
「でも……」
心配性な魔王様ね……と言わんばかりに、眉尻を下げるモナ。
でもお世話になったお礼はしてあげたいし、これ以上心配も掛けたくはない。
――なら、こうすればいい。
「じゃあ、ウルもお菓子作りを手伝って! ほら、一緒にやるわよ」
「えぇ……俺も!?」
もう片方の手でウルの腕を掴むと、グイグイとキッチンへと引っ張っていく。魔王様直々の看病のおかげで、すっかりモナは元気になったようだ。
強引な彼女に戸惑いつつも、ウルも笑顔でついていくのであった。
キッチンに到着し、さっそく準備を始める二人。
用意したのは小麦粉、牛に似た動物のミルク、砂糖とバター、さらに各家庭にあるパン用のフルーツ酵母。そしてメインは子どもたちから貰ったベリーと、ウルの晩酌のつまみに取っておいたナッツだ。
テーブルに広げられた材料を見て、ウルは少し心配そうにしている。
「本当にこれだけの材料で作れるの?」
「まっかせてよ。これでも前せ……あっ」
「ん……いま、何て言った?」
「全盛期はたくさん料理していたんだから! 私のことはいいから、さっさと始めるわよ!」
不思議そうに首を傾げるウルを誤魔化すように、小麦粉とふるいを渡して粉を細かくさせる作業を始める。それが終わったら、少し融けかけたバターを入れて、どんどんと混ぜ合わせていく。
「あとはミルクを入れて、何となくまとまってきたら……」
「ベリーとナッツを入れるの?」
「そうそう!」
さすが魔王というべきか、そつなく丁寧に作業をこなしていく。
次は何をすればいいのかと、モナの隣りで仔犬のように指示を待っているのが何となく可愛い。
レオともクッキーなど簡単なお菓子を作ったことはあるが、それとも違う、何だか懐かしい記憶が蘇ってくる。
(旦那も私がこうやってお菓子を作っているとソワソワしていたっけ。ふふふっ、途中で彼がつまみ食いをして、大ケンカになったりもしたわね)
楽しかった過去の思い出に少し泣きそうになるのを我慢しつつ、酵母を入れて生地をガシガシと捏ねていく。
そんな様子を見たウルが、彼女を心配して声を掛けた。
「どうしたの? やっぱりまだ寝ていた方が良いんじゃないか?」
「大丈夫よ。ちょっと目にゴミが入っただけ」
「本当? 見せてみて」
両手が塞がっていたことをいいことに、抵抗も出来ないまま顎をクイッと持ち上げられる。
真剣な表情をしたウルの顔がスッと近付き、じいっと瞳の中を見られてしまった。もうちょっと近付けば、唇どうしがくっついてしまいそう。
「ちょっと、大丈夫だって!!」
(近いちかい!! 顔が近すぎるんだってば!!」
「ゴミがあるようには見えないな……んっ」
頭だけで必死に逃れようとしていたのに、隙を見たかのようにキスをされた。
それは深いものではなく、挨拶のような少し触れ合っただけのキス。
だけどモナの顔は真っ赤に染め上がってしまっていた。
「んんんっ。なんでキスするのよ!? このタイミングで!」
「ゴミが入ってるって嘘ついたから。罰としてモナの唇をつまみ食いして奪った」
「あっ……もう……!!」
モナは嘘を吐いたらバレてしまうのをすっかり忘れていた。多少の誤魔化しレベルでもどうやら彼にはすべて筒抜けだったようだ。
――だけど、そのペナルティがキスってだいぶ甘いのではないだろうか。
「病み上がりじゃなかったら、もっとハードな罰だったからね」
「ぶふっ!?」
変なところで気を回されたことで、モナは恥ずかしさのあまりまた熱が出そうだった。
もう何も言わず、目の前の作業に集中することにする。そんなモナを見て、ウルが内心で何を考えていたかは……
そんなことをしているうちに生地が練り上がってきた。
「さて、あとは焼くだけね。オーブンも温まったし、これで成型していくわよ」
「思ってたより随分と簡単なんだね。でも、どこでこんなレシピを?」
「……秘密よ」
これ以上、無駄に嘘はつけないので秘密というしかない。
あいまいにすれば、それは嘘では無いからだ。
モナはひとつ賢くなった。
出来上がった生地をひと口大のサイズにまとめて、それをオーブンで焼いていく。
五分ほどで膨れ上がったので、温度を下げて更に十五分ほど焼けば完成だ。
「どう? 聖女特製、ミックスベリーのスコーンよ!!」
「へぇ……本当に家にある物だけで作れるんだ……」
ウルは目の前に広がる出来立てホヤホヤのスコーンたちを眺めて、感嘆の声を上げる。
どうやら思っていた以上のオヤツがでてきたことには、魔王ですら驚きを隠せないらしい。
さっそくお茶を淹れて二人で味見をすることに。
「……おいしい」
「でしょう!? 凝ったレシピを使うより、案外シンプルな方が美味しかったりするのよ」
「うん、これなら紅茶にも合うし……王都の店でも売れるんじゃないかな」
ベリーの甘酸っぱさとナッツの歯ごたえ、牛乳の優しい甘さがそれぞれ良いアクセントになってお茶にも良く合っている。
実際には日本での喫茶店でも売っているぐらいなのだから、商売にしようと思えばできるだろう。
もし聖女を引退したら、孤児院の子どもたちを雇って喫茶店を開いてのんびり過ごすのもいいかもしれない。
そしてその時、自分の隣には……
(今はそのことを考えるのはやめましょう。それよりこのスコーンを楽しまなくっちゃ)
普通の恋人のように談笑しながら出来立てのスコーンを食べお茶を飲む二人。
昨日とは打って変わって、のんびりとした午前を過ごすのであった。
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