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臆病な王子様
◇
「なぁ、ジュリア。最近、ずっと何の本を読んでいるんだ?」
あの夢を見た日から半年が経ち、私は王城にある図書館で分厚い本を読んでいた。
机に積まれた本の向こう側では、暇そうに頬杖をついてこちらを覗くアンドレ王子の姿が見える。
「……医学書ですわ」
「医学書!? 何でお前がそんなことを勉強しているんだよ。王妃教育とは関係ないじゃないか」
王子は信じられないといった様子で、目を大きく瞠った。
口は悪いが綺麗な顔立ちで、さすがは王族の血筋といったところだ。小さな椅子を二つ使って、大きな身体を預けている。
――あの夢の時のアンドレ王子に、彼は日々近付きつつあった。
私はといえば、王妃教育の合間を縫って、ここで本を読むことが習慣となっていた。
理由は、流行している病気について知るため。病気の治療法だけじゃなく、人体の身体の構造や薬学など、ありとあらゆる知識を溜めこんでいた。
とにかく、私には時間が全然足りていなかった。本当は王妃教育も抜け出してここへ来たかったんだけど……。
「あん? なんだよ、俺のことジッと見て……」
「……別に。なんでもありませんわ」
――目の前の暇そうな王子が羨ましい。
今日もこうして本を読むでもなく、ただ私のことをぼうっと眺めている。読書の邪魔をするぐらいなら、中庭で飾りの剣でも振っていて欲しいのですけれど。
「そんな難しい本よりも、今流行りの冒険譚を読もうぜ? 異世界の英雄が聖女や騎士の仲間たちと共に、悪者の魔王を倒すんだ。俺もいつか冒険に出て、英雄みたいに悪者をバッサバッサと斬ってみたいぜ」
「私は結構ですわ。それよりも、アンドレ様。このところ、体調にお変わりはないですか?」
「なんだよ、つれねぇな……体調? あー、元気過ぎて困ってるぐらいだけど?」
アンドレ王子は急に席から立ち上がると、両腕に力を籠めて健康をアピールし始めた。
この様子だと、この時点ではまだ発症の兆候は無さそうだ。というよりも、ちょっとお調子者過ぎて彼の頭の方が心配になってくる。
むしろこんな性格だから、聖女に良いように言い包められてしまったんじゃなかろうか。病気の治療法を探すよりも、王子の矯正をした方が手っ取り早かったかしら……?
「なんだか最近のジュリアって、俺に構ってくれなくなったよな……」
「ならアンドレ様も、私と一緒に勉強を致しますか? ほら、医学もやってみると案外楽しいですよ?」
「あ? なんで俺が――ひいっ!?」
私は読んでいた本をひっくり返して王子に見せる。彼はそこに描かれていた、人体のリアルな解剖図を見て、可愛い悲鳴を上げた。
「き、今日は気分が悪い! 俺は部屋に戻って昼寝をしてくるからな!!」
顔を真っ青にした王子は、そのまま図書室から逃げるように立ち去ってしまった。
「ふぅ……これでは先が思いやられますわね」
よくあの口で、悪者を斬り捨てたいなどと言えたものだ。
私は溜め息を吐くと、読み終わった医学書を机に置いた。
図書館にある未読の本は、まだ半分ほど残っている。
王城の医師は私の飲み込みの速さに驚いてはいたけれど、まだまだ知識も経験も足りない。
それでも私は、諦めるつもりは無い。
足りないのなら、もっともっと学べばいいのだから。
「ふふ。聖女なんかに、私の可愛い婚約者を奪わせなんかしませんわよ?」
そう言って私は、次の本に手を伸ばした。
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