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平民の魔女に狂わされた男①

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~ローグ視点~

 貴族って悲しい生き物だ。
 彼らは自分たちにとうとい血が流れていると言うけれど、僕には呪いとしか思えない。
 家族を自分が成り上がるための道具としか思えず、平気な顔で他人を蹴落としていく。愛した人でさえも信じられないような生き物が、どうして貴いなんて言えるのだろう?


「――クソッ。あの人でなしのクズ男め!」

 母さんが魔力硬化症になったと伝えても、陛下は「そうか」しか言わなかった。それどころか、母さんのことを覚えてすらいない様子だった。きっと彼にとって、母さんはどうでもいい平民の一人としか考えていないんだろう。

 自分で孕ませた女すら記憶に無いなんて、本当に人間の屑だ。アレが自分の父親だとも思いたくない。


「あの人は、下賤な平民の血には興味がないっていうのか? じゃあその半分が流れている僕は?」

 きっと毛ほども興味が無いんだろう。
 事実、兄さんたちに対しては猫かわいがりするのに、僕に対してはまるでいない者のように扱う。

「だったら……僕だって、好きに生きてやるさ」

 僕は絶対に、父さんみたいにはならない。自分のことしか考えられない、欲にまみれた貴族の誇りなんてクソくらえだ。

 自分で好きになった人を愛し、大切にする。仕事だって、ずっと好きだった魔法薬師になってやる。


「父さんが助けてくれないのなら、母さんのことは自分の手で治す。たとえどんな手を使ってでも――」

 そう、利用できるものはすべて利用してやる。
 この呪われた血でさえも。

 僕は決意を胸に、その日のうちに実家を飛び出した。




 自分の王子という立場は使いたくもなかったけれど、仕方ない。叔父が所長を務めていることを利用して、国立魔法薬研究所に入職した。

 いずれコネなんて関係ないほどの実力を示して、成り上がってやる。そうすれば、母さんを治療するための新薬を開発できるはずだから……。

 だけど現実は、そう甘くはなかった。


「駄目だよ、これ。こんなんじゃ低級魔法薬師にもなれないよ」

 僕の指導役となった女性に、コテンパンに駄目出しされてしまった。
 それも自信のあった魔法薬の抽出で。アカデミー時代は教本を一切見ずに作業できるほどだったのに、ここではまるで通用しなかった。

「僕が……間違っているって言うんですか」
「そうよ。キミはまだ、この研究所が何のための施設なのか分かってないみたいね」
「そんなの、分かってますよ!」
「ううん。全然分かってない。自分の実力を誇示する場じゃない。病気の患者さんのために、治療薬を早く正確に届けるための戦場よ。自分のことしか考えられない人間は要らないわ」

 ――衝撃だった。

 あれほど嫌っていた自己中心的な貴族の人間に、いつの間にか僕自身がなっていた。それを会ったばかりの先輩は見抜いたんだ。

 しかも彼女は、貴族しかいないはずの研究所にただ一人の平民出身の魔法薬師だった。

(こんな人がいるなんて……)

 ディアナ先輩は失敗した僕の代わりに、嫌味な上司に頭を下げてくれた。先輩は何一つ悪くないのに、文句ひとつ言わずにだ。


「ディアナ先輩……僕のことを、どうして庇ってくれたんですか?」
「当たり前でしょ? 私はキミの先輩なんだから」

 家族以外の人からそんな優しい言葉をかけられたのは、久しぶりだった。いや、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。

(この人は……僕を一人の人間として認めてくれているんだ)

 貴族と平民という身分の違いを越えて、僕のためを思って行動してくれた。それがどれだけ嬉しかったか……自分の愚かさが悔しかったか……。

 そんな先輩が憧れの人に変わるまで、時間は掛からなかった。


「ディアナ先輩。僕、魔法薬師になって母さんを救いたいんです」

 気付けば、僕は自分の秘密を彼女に打ち明けていた。

「貴方のお母さん、ご病気なの?」
「はい」

 そう頷くと、先輩はしばらく考え込むような素振りを見せた後……とんでもないことを言い出した。

「もし、特効薬の素材が手に入るって言ったら……どうする?」
「え?」

 僕はどれだけ、先輩に驚かされれば良いんだろう。伝説ともいえる薬の素材を、彼女は僕に提供してくれると言うんだもの。

 僕はどれだけ、先輩に感謝させれば気が済むんだろう。日々弱っていく母さんを見て絶望していた僕を、彼女はあっさりと救い出してくれた。

 先輩はまるで、おとぎ話に出てくる女神様のようだった。


「だけどその代わり、キミには約束してほしいことがあるの」
「な、何ですか?」

 先輩はそこで一度言葉を切ると……僕の目を真っ直ぐに見つめながら言った。

「どんなことがあっても、絶対に夢を諦めたりはしないって」

 そんなの当たり前じゃないか!

(僕は母さんを助けるって決めたんだ。そしてもし治せたら、その後は――)

「もちろんです! 絶対に助けて、先輩の元に帰ってきますから!」

 そんな僕の言葉に、先輩は何故か嬉しそうに笑ったけど……きっと僕の本心には気が付いていなかったんじゃないかな。

 僕はもう、先輩なしには生きていけない。先輩が側に居てくれないと、きっと僕は駄目になってしまうんだ。

 彼女の為なら、命を捨てたって構わない。それほどまでに心酔してしまっていた。

(母さんを助けたら、後輩としてディアナ先輩に生涯を懸けて尽くそう)


 僕は特効薬を手に、研究所を後にした。
 そして母さんを治し、再び王都へと帰還した。

 だけど研究所に向かった僕を迎えたのは、先輩ではなかった。


「あの平民女は退職したよ」
「――は?」
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