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ヘリオス王国編

第26話 こぼれ話②

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 とある枢機卿猊下の場合


「あぁ、もう! なんでアキラ君が考案したカラアゲはこんなにも美味しいのよぉ!!」


 ここは聖都ジークにある、最近流行りの食堂宿だ。
 元々は宿泊客向けに食事を提供するついでに、外部の客を相手に簡易的な食堂をやっていた。……のだが、このところは宿泊よりも食事を目当てでやってくる客で溢れかえっていた。


「レイナさんさぁ、ウチに毎日食べにきてくれるのはありがたいんだが、公務の方はいいのかい?」

 宿の女将は、山盛りにされたカラアゲの皿をテーブルに置きながら、レイナに話しかける。
 もちろん、エールとのセット(二杯目)だ。


「だってぇ……タルタルソースの酸味と、カラアゲの甘じょっぱい味付け、それにエールよ!? 止められるわけないじゃない!」


 更に最近では、塩だけをかけて食べる通の者や、葉野菜と共にパンへ挟んで持ち帰る者など、様々なアレンジが出てきている。
 ちなみに、レイナの今日の夕飯はそのカラアゲサンド、肉エキス入り甘辛野菜餡ソース掛け(別途料金)だ。


「あ、女将さん! エール、おかわり!!」

「レイナ……お前、最近……太ったか?」

 ――ピキリ。

 どこの誰かが放った一言で、食堂の中にとんでもない冷気が走った。
 あれだけ騒がしかった客たちは一斉に沈黙し、少なくない数の女性の身体が怒りで小刻みに震えている。
 レイナも例外ではなく、両手に持ったナイフとフォークがカチカチと音を鳴らしていた。

 グゴゴゴ……と擬音をたてながら、レイナは声のした方のテーブルを見るとそこには――。

「な、なんで貴方がいるのよ……お兄様……」

 一般民が着るような外套がいとうに、上品なシャツとパンツルックスの偉丈夫いじょうふ
 その隣の席には、同じような格好にインテリ風の眼鏡をした細身の美紳士。


 このアクテリア王国の最高権威を持つ二人。
 そう、国王レクスと宰相閣下その人である。


「いやぁ~、やっぱり本場本店のカラアゲは一味違うな!」

「やはり、城の料理人にレシピだけ渡して作らせても、この様な出来上がりにはなりませんからな~」

 さも当然かのようにカラアゲをパクパクと食べながら、エールでクイっと流し込むオッさん二人。服装を除けば、ただの酒好きのおっちゃん連中にしか見えない。


「あ、女将さん! エールこっちこっち!!」

「私もエールのおかわりお願いします~」

「あっ! ちょ、ちょっと! そのエールはわたくしが注目したやつよ! ていうか無視しないでよ!!」

「むぐむぐむぐ……ゴクッ! ゴクゴクッ!! ぷはぁ~っ。たまんねぇなぁ!! むぐむぐ。このために国王やってるってカンジがするぜぇ!」

「アンタは何を喰って飲んでも、そういってるでしょうが。それに国王とか口滑らせないでくださいよ。私まで宰相ってバレたらどうするんですか」

 レイナは二人の居たテーブルに移り、手でバンバンと叩いて存在をアピールしているが、まるで無視されている。


「わ、悪かったわよ!! アキラ君が美味しいモノ作ってくれても、お兄様に伝えなかったのはわたくしが悪うございましたってばぁ……」

 カラアゲの情報がもし王家の耳に入り、彼ら王侯貴族の御用達となってしまったら。ただでさえ品薄なのに、連日売り切れ必須となってしまうのは火を見るよりも明らかである。
 この枢機卿猊下ともあろうお人は、自分がカラアゲを食べられなくなるのを危惧し、実兄であるレクス王に内密としたのである。実に意地汚い。


「まったく。裏の者を使って調べなければ、この至高のカラアゲは食べられんかったんだぞ?? こんな旨いモノをお前一人に食い尽くされてたまるかってんだ」

 妹が妹なら、兄も兄だ。
 この男は聖都にいる諜報員を私的に使い、流行っているグルメ情報を集めていたのだ。


「お兄様? 諜報員は不穏分子を炙り出したり、治安の維持だったりと、そういったことに使ってくださらない? 彼らもヒマじゃないんですから」

「何を言う!! 奴らだってこの宿のお得意様なんだぞ!? お前と同じく毎日通ってるって言うからだな……」

 国王が話す大声に、食堂の隅にいた何人かがビクッとしていた。
 ちなみに、その中の数人は先ほど「太った?」発言の時にも震えていた女性だった。


「そ、そうなの……」

「それにだな! レイナ! お前だって私がちょくちょくと城下の飲み屋に出掛けているのを、私の妻に報告しただろ!! そんなの卑怯じゃないか!!」

「何をおっしゃるのです。わたくしは王妃であるお義姉様に依頼されたので、仕方なくやったのです。ましてや、お兄様が浮気などされていたら国家的スキャンダルです。国の為ですよ」

「ぐぬぬぬぬ……し、しかしだな!!」

 この兄妹はこの後も延々と、ギャーギャー大きな声で勝ち負けの見えぬ兄弟喧嘩を繰り広げるのであった。


 そしてほとんど喋らず、二人の分も黙々と食べ続けていた宰相は、このテーブルの唯一の勝者であったのは間違いないだろう。

 そんな悪目立ちしている三人。周りの人達は目を逸らしながらカラアゲを食べたり、「仕方がない人達だなぁ」と笑いながらエールをあおる。
 勇者の去った後も、とても平和な昼下がりの一幕であった。




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