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ヘリオス王国編

第28話 刺激的なアイツ

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 船乗りの元締めであるトゥーリオの依頼を受け、俺はキャベツならぬ魔葉マッパの新しいレシピを開発することになった。


「といってもなぁ、キャベツって基本的に『生・茹で・蒸し・煮る』くらいなんだよなぁ。あとは焼きそばを作るときに焼いているぐらいか?」

「それぐらいなら既にやってそうよねぇ」

「長く保存も出来ないと、船には載せられないと思うです」

「そうなんだよなぁ……俺らでも干して乾燥させてみたり、色んな塩漬けは試してみたんだが味がどれも似たり寄ったりでよぉ」


 ふ~ん? 意外にオッサンも色々試してたんだ。
 しかし乾燥や他の漬け物かぁ……あ。


「オッサン! それ、イケるかもしれない!!」


 トゥーリオさんのひと言で閃いた俺は一同を引き連れ、テトリアにある市場へと繰り出した。
 テトリアは各地に農作物を輸出しているだけあって、見たことのない食材やグロテスクな魚介など、多種多様な商品が店頭に並べられていた。


「ちょ、ちょっと! 味付けのスパイスを買うならまだ分かるけど、なんで果物や魚介類まで買ってるのよ!」

「アキラ様はお腹空いたです? しょうがないですね~。この優しい優しい、リタがお付き合いするですよ??(じゅるり)」

「ちゃうわ! ちょっと見たことない種類の食材もあったけど、味見した感じは大丈夫そうだったし、コレらで新しい魔葉料理を作るんだよ!」


 今回、俺が市場で購入したもの。
 それはリンゴや梨に似た果物、イカもどきの塩漬けや小海老などの魚介類。そしてニンニク、生姜、ネギ、唐辛子のような野菜達だ。

 今回のキー食材は“唐辛子”。
 元いた地球においては、辛味を加える香辛料の代表格として幅広く使われている――まぁそれはご存知だと思う。

 だが、この香辛料が広まったキッカケになったのは、大航海時代の有名人、コロンブスだとされているのは案外知られていなかったりする。
 この時代のスパイスは、金と同価値と言われた胡椒の方が有名だしね。

 でもこのコロンブスさん、なんと唐辛子のことを胡椒と勘違いしたせいで、世界に"唐辛子"イコール"胡椒"だと混乱をもたらしたウッカリさんなのだ。
 だから胡椒とは科名も見た目も全く違うのに、Red pepper赤い胡椒なんて呼ばれる様になってしまった。


「まぁそんな逸話はさておいて。今回俺が作ろうとしているのは、魔葉の唐辛子漬けだ!」

「それがどんな料理なのかは分からないけど、美味しいモノを食べさせてくれるなら細かいことはどうでもいいわ。……でも待って。ザワークラウトっていう漬物はもうあるんじゃなかった?」

「あぁ、心配するな。俺が作ろうと思っているのは、塩漬けの発展系である"キムチ"という漬物だな。ただの塩漬けとは違った辛さがあるが、この辛さは食欲が刺激されて、ご飯が止まらなくなるぞ!」


 食材を買い揃えた俺たちは、冒険者機関の建物にある調理場を借りてさっそく作業を始めることにした。
 今回はトゥーリオやソルティーナに加えて、他の暇そうな受付嬢達も見学している。機関で料理を始める冒険者が珍しいんだろう。


「さて、まずは魔葉の下処理なんだけど……コレって、どう捌けばいいんだ?」

 緑色の手足が丸いキャベツ部分からはみ出し、ウネウネと動き回っている。はっきり言ってかなり気持ちが悪い。

 ――メシッッ! バキッ!!

「――ひっ!?」
「なにを生娘みたいな反応をしているんです? まったく勇者ともあろう人が情けない。内臓も無いんですから、魚とかよりよっぽど楽ですよ」

 凄くおとこらしい態度で、次々と手足をいでいくソルティーナさん。

 ちなみに手足は、生で食べられる珍味らしい。
 それを聞いたリタとトゥーリオが、さっそく隣でモグモグと齧っていた。

「ん? アキラも食べるか?」
「俺は……ちょっと遠慮しておこうかな」

 トゥーリオさんの誘いを丁重にお断りしつつ、俺は魔葉を一枚一枚丁寧に剥いでいく。

 白菜でキムチを作る際のワンポイントテクニックがある。
 テクニックといっても簡単で、一度外で白菜を干すだけ。それでキムチの味わいが増すのだ。
 だが干すことで増えるビタミンDと違い、今回の目的である壊血病対策に必要なビタミンCは日光で分解してしまうことがあるので、今回はやめておこう。

 大体の魔葉の重さを測ったら、重さに対して約4%の塩を揉み込んでいく。


「ボク、今まで疑問だったんですけど。なんで漬物にするだけで、保存が効く食べ物になるです?」

 ポリポリとまだタコのように動く足を齧りながら、リタが首を可愛く傾げて質問してきた。


「そうだなぁ。昔の人は経験則なんだろうけど、上手いこと色々考えたもんだよ」

 保存食で思いつく代表的な手法は、干したり塩に漬けたりするやり方が挙げられる。

 これらは、食品の"自由水"を減らすことによって菌の繁殖を防ぐことを利用しているのだ。
 菌が繁殖するには栄養が必要なのは、前に菌の有無を確認した実験でも説明したかもしれないが、生物全般は外部から栄養や水を必要としている。つまり人間と同じように、菌も水分を必要とするのだ。

「じゆうすい……ってなんです?」
「自由水とは文字通り自由な水で、なにか他の物質と結合していない水のことだな」

 簡単に言ってしまえば、この水分が塩や砂糖と結び付くことによって食品中の自由水が減り、菌が繁殖しづらくなることで保存が効くようになる、という訳だ。


「とまぁ、そんな感じで腐敗を防ぐんだ。あとは薫製にしたり、冷凍したりとか色々な方法がある」

 塩で揉み揉みされた魔葉は、浸透圧の差で水分が出てきた。これをかめの中に入れて、上から重石を乗せることにより更に水分を抜いていく。
 まぁここまでは、今までのザワークラウトとほぼ同じ。ここからはキムチの素となるヤンニョムを作っていこう。

 ヤンニョムは韓国料理における万能調味料みたいなもので、これで焼肉や蟹といった食材の下味をつけたりする。

 作り方は、こだわらなければ案外簡単だ。
 イカの塩漬け、小海老、ニンニク、ネギ、生姜、唐辛子を魔法で粉砕して混ぜていく。そして果物系をすりおろして入れれば、それだけで完成だ。


「おいおい、なんで辛い唐辛子があるのに甘い果物をいれるんだ?」

 今度はトゥーリオさんが疑問に思ったのか、ヤンニョムを少し舐めて味見をしている。

「辛い中にも甘味があると、味が複雑になって美味しくなるってのもあるんだけど」

 キムチは、納豆と同じ発酵食品だ。
 この漬け物には乳酸菌が含まれており、乳酸菌が発酵するためには栄養となる糖分が必要なのである。

 ……これを聞いて、不思議に思っただろう?
 『菌を繁殖させないように漬け物にするんじゃなかったのか?』と。
 実際その通りなのだが、正確に言えばなのだ。

 一定の環境下では、一つの菌が増えると他の菌の増殖が抑えられるという現象がある。それを利用し、乳酸菌を増やして腐敗菌を減らすのだ。
 悲しきかな、菌の世界も弱肉強食らしい……。


「前にやった培養実験でも、一つの菌のコロニーには他の菌が繁殖することがほぼないっていうのが分かるんだが……うん、その顔を見れば興味ないっていうのがよく分かったよ」

「はい。私には味が良ければ、それで」

「おう。腐らず美味けりゃ問題ないぜ! ガハハハ!」


 すでに全員がこちらの説明などそっちのけで、ヤンニョムを指ですくっては舐めてワイワイと騒いでいた。辛いのに美味しいというのが珍しいのだろう。


「この辛さが堪らないです! ボク、もっと辛くても大丈夫です!」

「私はちょっと辛いのは苦手だけど、コレは止まらないわね~!」

「アキラ様! 早く完成させて欲しいです!」

「これならなんのお酒が合うのかしら~」


 まったくコイツらは……と呆れつつも、この様子ならキムチも大丈夫そうだと確信した俺は、微笑みながら次の作業を始めるのであった。

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