37 / 45
ヘリオス王国編

第37話 勇者の残業手当

しおりを挟む
 
「勇者よ。解放者達リベレイターズは村や町の民を盾に、王都に向かって進軍しています。貴方は民を救うため、今すぐに解放者達を止めに行きなさい」

 女神の代行者を名乗った少女プロクシーは、毅然とした態度で俺にそう命令を下す。


「ちょっ、ちょっと待ってください! いきなり止めてこいって言われても、どうやって……」

 あまりに突然のことに慌てた俺は、彼女に詳細を尋ねようとする。
 だが、俺よりも彼女の発言に対して過剰に反応する者がいた。


「女神の代行者だとぉ!? ふざけるなッ!! 女神が寄越したのは解放者様だ!! お前みたいな、どこから来たのかも分からんような得体の知れん女が……ッギャァァア!!!!」

 村長の言葉を遮るように、プロクシーは彼に向かって右手の掌を向けた。
 すると、ロロルが治したはずの村長の手足が、まるで逆再生をするかのように黒ずみ始める。

 そう、今も家の片隅で横たわっているかつての妻だったモノのように。
 村長は己を再び襲った痛みに耐え切れず、悲痛な叫び声を上げながら床を転げ回っている。


「や、やめてくれぇっ! 頼むうぅう!! たっ、たふけてっ!!」

「これで私が女神の代行だと信じましたか? ……そもそもその解放者と言うのは一体、民達に何をしてくれたと言うのです?」


 彼女は村長にかざしていた手を下ろすと、あっという間に四肢の黒ずみが消えてしまった。それはまるで、俺たち全員が最初から幻想を見せられていたかのようだった。


「ゔうっ……か、解放者様は……神から授けられた知識をお使いになり……うぐっ……悪魔を払う『聖母の涙』という薬をお作りになられたのだ。だ、だから彼らが女神の遣いだと……」

「聖母? なんですか、それは」


 能面の顔のまま目をクワッと見開いたプロクシーが、村長に詰め寄る。その勢いに、さっきまで騒いでいた村長も思わずおののいてしまう。
 彼女は女神に仕える者ゆえに、神を騙った怪しいシロモノは気に入らないのかもしれない。


「く、詳しくは知らん。だが、突然暴れ出した者に飲ませると、驚くほど症状が鎮まったのだ」
「では本物の治療薬だと?」
「……だが解放者の代表様が言うには、その薬も飲み続けねば悪魔はまた戻ってくるとおっしゃっておった。だからワシ達は、薬を貰うために彼らに従っておったのだ……」


 彼らがまだこの村にいた頃を思い出したのだろう。
 村長という役目柄、村人達の為に奔走していたのかもしれない。

 まぁこの人が思う村人っていうのは、ジャン君たち一家の獣人は含められていないんだろうけどな。


「……彼らに従わなければ、悪魔に殺されると?」

「そうだ。……彼らを疑っていた妻は最期まで薬を飲むのを拒否し、悪魔の呪いであるエルゴーの火に焼かれて死んでしまった」

 村長は家の片隅で黒い塊となってしまった妻を見て、悲し気に目を伏せた。

「妻のあまりに酷い有様を見てしまった息子は、解放者様に同行し、目的を果たすと言って出て行ってしまったんだ……もう、どうしようもなかったんだよ」

「ところでそのエルゴーの火ってなんなんです? 悪魔が使う魔法です?」

「なっ!! なんでこの村に獣人が居るんだ!!」

 今になって周囲に気を回せるようになったのだろう。
 彼はここに獣人であるリタが居ることに気が付いた。


 元々、この村に居たジャン君の家族を悪魔だと断罪し、死に追いやるような人間だ。

 そして長年連れ添ったであろう妻を悪魔に殺されたと思い込んでいる彼にとっては、同じ獣人の彼女が仇のように憎いのであろう。


「村長、リタは俺達の仲間です。彼女は神官だし、悪魔なんか崇拝しません。それに彼女は、倒れていた貴方の介抱もしていたんですよ?」

 村長は獣人であるリタを忌々しく睨みつけたが、周囲に味方がいないことに気付いたのか、リタの問いに渋々と答えた。


「悪魔に火で燃やされるんじゃない。……奴らはまさに呪いのように、姿が見えないところからジワジワと、腕や足を炙るように焼いていくんだ。たとえ屋内に隠れていても水を被っても、ヤツらはどこに逃げようともワシらを追い詰めていくんだ……」

 見えない相手にゆっくりと身体を焼かれていく恐怖は、筆舌に尽くしがたいだろう。
 ちなみに聞いた話では、街の神官も、治療魔法の使い手でも完全に治すことは出来なかったらしい。


「領主や役人達は、どうしたんです? 支援とかは……?」

「……詳しくは知らん。だが、貴族達は平民達より悪魔に呪われている者が多いという噂を聞いた。だから解放者に援助したり、裏で兵を貸している大物が居ると、解放者の一人が自慢しておったよ。実際に大物貴族はワシ達国民よりも、解放者達に優先して支援をやっておるようだ」


 マズいな。
 どうやら解放者達は着実に国の中枢へと根を張り始めているらしい。
 このままじゃ例え解放者達をこの国から取り除いても、腐り始めてしまった国の土台ごと崩壊しかねない。

 タラリと汗が頬を流れたその時、それまでずっと無言だったプロクシーが口を開いた。


「神と信仰を見失いし者よ。貴方達が行っていることは、かごの中にある腐った果実を、ただ取り除いているだけに過ぎません。腐る原因を排除しなければ、いずれ容れ物バスケットさえも腐らせるでしょう。そんな状態で解放者達が民を扇動し、例え王位を奪えたとしても……国と民そのものが亡くなってしまえば無意味。それこそ悪魔の思う壺となりますよ」


 プロクシーの神のお告げのような台詞に、俺達は言葉を失ってしまった。
 いや、ただ一人は違った。これまで良かれと思って獣人の弾劾だんがいをしてきてしまった男だ。


「じゃあ……ワシ達はどうすれば良かったのだ……女神様も領主様も、誰もワシらをお救いしてくださらんかった。なら、誰に救いを願えば……」

「残念ながら、女神様に全ての民を救う力はありません。かの方が出来るのは、天より導きの光を地に注ぐのみ。……でも、安心して下さい。この者は女神様がこの世界を救うために遣わせた勇者です。きっと悪魔など討ち払ってくれますよ」

「だ、代行者様……い、今勇者と……!?」


 ――いやいやいや、ちょっと待って待って!?
 そこで俺なの!? そんな大事な所で俺を出すの!?
 プロクシーさん凄い事言ってやったぜ的な雰囲気でドヤ顔してるけど、それって結局俺任せじゃないか!!
 ねぇ、俺には救いはないの!? 俺に導きの光は!?


「さぁ、勇者アキラよ。私に代わり、王都に向かっている解放者達を抑え、この国の安寧を取り戻すのです!!」


 ――何かの魔法なのか?
 プロクシーが両手を天に掲げると、周囲から光が溢れ出した。
 やがて一面を光が覆い尽くすほどに一際輝くと、彼女は一瞬でその場から消え去ってしまった。

 その場にいた面々は、神の御業みわざを目の当たりにしたことでしばらく呆けていたが、話題の中心になっていた俺に次々と目線を集まっていった。


「「「勇者……」」」

「いやいやいや、待ってくれよ。どうしてこうなった……?」


 勝手にこの世界に俺を呼んでおいて、勝手に救世主のように仕立て上げられ、更には代行者の代行者にまで任命されてしまった。
 神のあまりの他人任せっぷりに、前世界の職場の上司に仕事を突然無茶振りされた記憶を思い出した。

 まだ面倒事に巻き込まれたという事実に、俺は「コレって特別手当てつくのかなぁ……」と見当違いなこと言いながら渇いた笑いを放つのであった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界に召喚されたけど、戦えないので牧場経営します~勝手に集まってくる動物達が、みんな普通じゃないんだけど!?~

黒蓬
ファンタジー
白石悠真は、ある日突然異世界へ召喚される。しかし、特別なスキルとして授かったのは「牧場経営」。戦えない彼は、与えられた土地で牧場を経営し、食料面での貢献を望まれる。ところが、彼の牧場には不思議な動物たちが次々と集まってきて――!? 異世界でのんびり牧場ライフ、始まります!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

処理中です...