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ヘリオス王国編
第37話 勇者の残業手当
しおりを挟む「勇者よ。解放者達は村や町の民を盾に、王都に向かって進軍しています。貴方は民を救うため、今すぐに解放者達を止めに行きなさい」
女神の代行者を名乗った少女プロクシーは、毅然とした態度で俺にそう命令を下す。
「ちょっ、ちょっと待ってください! いきなり止めてこいって言われても、どうやって……」
あまりに突然のことに慌てた俺は、彼女に詳細を尋ねようとする。
だが、俺よりも彼女の発言に対して過剰に反応する者がいた。
「女神の代行者だとぉ!? ふざけるなッ!! 女神が寄越したのは解放者様だ!! お前みたいな、どこから来たのかも分からんような得体の知れん女が……ッギャァァア!!!!」
村長の言葉を遮るように、プロクシーは彼に向かって右手の掌を向けた。
すると、ロロルが治したはずの村長の手足が、まるで逆再生をするかのように黒ずみ始める。
そう、今も家の片隅で横たわっているかつての妻だったモノのように。
村長は己を再び襲った痛みに耐え切れず、悲痛な叫び声を上げながら床を転げ回っている。
「や、やめてくれぇっ! 頼むうぅう!! たっ、たふけてっ!!」
「これで私が女神の代行だと信じましたか? ……そもそもその解放者と言うのは一体、民達に何をしてくれたと言うのです?」
彼女は村長にかざしていた手を下ろすと、あっという間に四肢の黒ずみが消えてしまった。それはまるで、俺たち全員が最初から幻想を見せられていたかのようだった。
「ゔうっ……か、解放者様は……神から授けられた知識をお使いになり……うぐっ……悪魔を払う『聖母の涙』という薬をお作りになられたのだ。だ、だから彼らが女神の遣いだと……」
「聖母? なんですか、それは」
能面の顔のまま目をクワッと見開いたプロクシーが、村長に詰め寄る。その勢いに、さっきまで騒いでいた村長も思わず慄いてしまう。
彼女は女神に仕える者ゆえに、神を騙った怪しいシロモノは気に入らないのかもしれない。
「く、詳しくは知らん。だが、突然暴れ出した者に飲ませると、驚くほど症状が鎮まったのだ」
「では本物の治療薬だと?」
「……だが解放者の代表様が言うには、その薬も飲み続けねば悪魔はまた戻ってくると仰っておった。だからワシ達は、薬を貰うために彼らに従っておったのだ……」
彼らがまだこの村にいた頃を思い出したのだろう。
村長という役目柄、村人達の為に奔走していたのかもしれない。
まぁこの人が思う村人っていうのは、ジャン君たち一家の獣人は含められていないんだろうけどな。
「……彼らに従わなければ、悪魔に殺されると?」
「そうだ。……彼らを疑っていた妻は最期まで薬を飲むのを拒否し、悪魔の呪いであるエルゴーの火に焼かれて死んでしまった」
村長は家の片隅で黒い塊となってしまった妻を見て、悲し気に目を伏せた。
「妻のあまりに酷い有様を見てしまった息子は、解放者様に同行し、目的を果たすと言って出て行ってしまったんだ……もう、どうしようもなかったんだよ」
「ところでそのエルゴーの火ってなんなんです? 悪魔が使う魔法です?」
「なっ!! なんでこの村に獣人が居るんだ!!」
今になって周囲に気を回せるようになったのだろう。
彼はここに獣人であるリタが居ることに気が付いた。
元々、この村に居たジャン君の家族を悪魔だと断罪し、死に追いやるような人間だ。
そして長年連れ添ったであろう妻を悪魔に殺されたと思い込んでいる彼にとっては、同じ獣人の彼女が仇のように憎いのであろう。
「村長、リタは俺達の仲間です。彼女は神官だし、悪魔なんか崇拝しません。それに彼女は、倒れていた貴方の介抱もしていたんですよ?」
村長は獣人であるリタを忌々しく睨みつけたが、周囲に味方がいないことに気付いたのか、リタの問いに渋々と答えた。
「悪魔に火で燃やされるんじゃない。……奴らはまさに呪いのように、姿が見えないところからジワジワと、腕や足を炙るように焼いていくんだ。たとえ屋内に隠れていても水を被っても、ヤツらはどこに逃げようともワシらを追い詰めていくんだ……」
見えない相手にゆっくりと身体を焼かれていく恐怖は、筆舌に尽くしがたいだろう。
ちなみに聞いた話では、街の神官も、治療魔法の使い手でも完全に治すことは出来なかったらしい。
「領主や役人達は、どうしたんです? 支援とかは……?」
「……詳しくは知らん。だが、貴族達は平民達より悪魔に呪われている者が多いという噂を聞いた。だから解放者に援助したり、裏で兵を貸している大物が居ると、解放者の一人が自慢しておったよ。実際に大物貴族はワシ達国民よりも、解放者達に優先して支援をやっておるようだ」
マズいな。
どうやら解放者達は着実に国の中枢へと根を張り始めているらしい。
このままじゃ例え解放者達をこの国から取り除いても、腐り始めてしまった国の土台ごと崩壊しかねない。
タラリと汗が頬を流れたその時、それまでずっと無言だったプロクシーが口を開いた。
「神と信仰を見失いし者よ。貴方達が行っていることは、籠の中にある腐った果実を、ただ取り除いているだけに過ぎません。腐る原因を排除しなければ、いずれ容れ物さえも腐らせるでしょう。そんな状態で解放者達が民を扇動し、例え王位を奪えたとしても……国と民そのものが亡くなってしまえば無意味。それこそ悪魔の思う壺となりますよ」
プロクシーの神のお告げのような台詞に、俺達は言葉を失ってしまった。
いや、ただ一人は違った。これまで良かれと思って獣人の弾劾をしてきてしまった男だ。
「じゃあ……ワシ達はどうすれば良かったのだ……女神様も領主様も、誰もワシらをお救いしてくださらんかった。なら、誰に救いを願えば……」
「残念ながら、女神様に全ての民を救う力はありません。かの方が出来るのは、天より導きの光を地に注ぐのみ。……でも、安心して下さい。この者は女神様がこの世界を救うために遣わせた勇者です。きっと悪魔など討ち払ってくれますよ」
「だ、代行者様……い、今勇者と……!?」
――いやいやいや、ちょっと待って待って!?
そこで俺なの!? そんな大事な所で俺を出すの!?
プロクシーさん凄い事言ってやったぜ的な雰囲気でドヤ顔してるけど、それって結局俺任せじゃないか!!
ねぇ、俺には救いはないの!? 俺に導きの光は!?
「さぁ、勇者アキラよ。私に代わり、王都に向かっている解放者達を抑え、この国の安寧を取り戻すのです!!」
――何かの魔法なのか?
プロクシーが両手を天に掲げると、周囲から光が溢れ出した。
やがて一面を光が覆い尽くすほどに一際輝くと、彼女は一瞬でその場から消え去ってしまった。
その場にいた面々は、神の御業を目の当たりにしたことでしばらく呆けていたが、話題の中心になっていた俺に次々と目線を集まっていった。
「「「勇者……」」」
「いやいやいや、待ってくれよ。どうしてこうなった……?」
勝手にこの世界に俺を呼んでおいて、勝手に救世主のように仕立て上げられ、更には代行者の代行者にまで任命されてしまった。
神のあまりの他人任せっぷりに、前世界の職場の上司に仕事を突然無茶振りされた記憶を思い出した。
まだ面倒事に巻き込まれたという事実に、俺は「コレって特別手当てつくのかなぁ……」と見当違いなこと言いながら渇いた笑いを放つのであった。
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