4 / 5
第4話 影を抱く光
しおりを挟む王都の夜。静かだった街は、突如としてざわめきに包まれた。舞踏会の最中、城門近くで火の手が上がり、続いて悲鳴が響き渡る。
「何事だ!?」
「襲撃か!」
闇に紛れて現れたのは、王国を狙う悪名高い盗賊団。王都で流れていた不穏な噂が現実となった瞬間だった。奴らは火を放ち、混乱に乗じて貴族や富裕商人を標的に襲撃を開始していた。
「賊だ!」
「早く避難を!」
煌びやかな舞踏会場で笑みを浮かべていた貴族たちも、一瞬で蒼白になり、裾を引きずりながら右往左往する。あれほど誇らしげに身につけていたドレスや宝石も、今やただの重荷。誰ひとりとして立ち向かおうとはせず、無様に転びながら場を離れていく姿が、皮肉にも滑稽に見えた。
そんな混乱の渦中で、ただ一人、静かに立ち向かう影があった。
ノクス——誰にも見えない存在が、今まさに剣を抜き、無音の誓いを胸に賊の前に立ちはだかっていた。
「ここは、俺が守る」
その声は小さくても、夜風に乗って鋭く響くように感じた。
賊のひとりが狂気じみた笑みを浮かべ、剣を振り下ろす。しかしノクスは冷静に受け止め、瞬時に体を捻って相手を地面に伏せさせる。その動きは鋭く、美しさすら感じさせた。
剣戟が鳴り響き、金属音と悲鳴が混じり合う。ノクスは無駄のない動きで次々と敵を制圧していくが、相手の数は多く、押し寄せる波のように次々と襲いかかってくる。傷が増え、血が地面に染みを作り、その足元は赤く濡れていった。
「ノクス……!」
遠くで見つめる私の胸は張り裂けそうだった。足はすくみ、恐怖が全身を覆う。しかし、もう見ているだけではいられない。彼にすべてを背負わせるわけにはいかない。
「もういい……もう、独りで戦わないで!」
気づけば、私はスカートの裾を摘み、無我夢中で走り出していた。剣が交わる音、賊の叫び声が耳をつんざく中、ただ彼の背中を目指して駆け寄る。誰も気づかない彼の存在。でも私だけは、見えている。
賊の刃が振り下ろされる寸前、私は思わずその背中に飛び込み、両腕で強く抱きしめた。
「私だけは、あなたをちゃんと見ている。誰にも気づかれなくても、私には見えているから!」
その体が小さく震えた。冷たく硬い影だと思っていた背中は、温かく脈打ち、生きていることを確かに感じさせた。涙が頬を伝い落ちても、私は決して腕を離さなかった。
「リリア……なぜ……こんなことを……」
その声は震えていた。驚きと戸惑い、そして恐れが混じっている。
「短い時間でも、私はあなたを愛している。あなたのすべてを愛してるから! 」
その瞬間、柔らかな光が私たちを優しく包み込んだ。
ノクスの体を覆っていた影が、夜明けの霧が晴れていくように薄れていく。彼自身も息を呑み、胸に震える手を置いた。
「呪いが……解けた……?」
目を瞬かせ、呼吸を忘れたような表情で私を見つめてくる。その表情は幼さを帯び、不器用で、けれど無防備で愛おしかった。
「もう影じゃないわ。あなたは——私にとって世界で一番誇らしい人」
その言葉を聞いた瞬間、彼の頬に一筋の涙が伝った。
賊たちは次第に押さえ込まれ、駆けつけた兵士たちによって鎮圧されていった。混乱の収束が近づく中、私たちの周囲だけが静かで、柔らかい光に満ちていた。
「ありがとう……俺を、見ていてくれて」
ノクスは、不器用ながらも優しい笑みを浮かべ、そっと私の髪に触れた。その手は信じられないほど温かく、安心感を与えてくれた。
「これからは隣にいてくれるか?」
「もちろん。あなたが望むなら、これからも、ずっと」
その瞬間、彼の頬に赤みが差し、不器用で心からの笑みが咲いた。
夜空には、いつの間にか無数の星が輝き、静かに私たちを見守っていた。私は心の奥底で、これからも共に歩む未来を誓い、そっと彼の手を握り返した。
23
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
【完結】泉に落ちた婚約者が雑草役令嬢になりたいと言い出した件
雨宮羽那
恋愛
王太子ルーカスの婚約者・エリシェラは、容姿端麗・才色兼備で非の打ち所のない、女神のような公爵令嬢。……のはずだった。デート中に、エリシェラが泉に落ちてしまうまでは。
「殿下ってあのルーカス様……っ!? 推し……人生の推しが目の前にいる!」と奇妙な叫びを上げて気絶したかと思えば、後日には「婚約を破棄してくださいませ」と告げてくる始末。
突然別人のようになったエリシェラに振り回されるルーカスだが、エリシェラの変化はルーカスの気持ちも変えはじめて――。
転生に気づいちゃった暴走令嬢に振り回される王太子のラブコメディ!
※全6話
※一応完結にはしてますが、もしかしたらエリシェラ視点バージョンを書くかも。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる