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第5話 魔王様、ご到着です

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 暗転した視界に光が戻ると、そこは室内ではなく、自然あふれる森の中だった。

 お城から一緒に連れてきたリディカ姫は、俺の腕の中で目をクルクルと回している。


「あ、あの……ストラゼス様っ、い、いまのはいったい……?」
「ああごめん、驚かせちゃったな」

 どうやら転移魔法特有の激しい眩暈めまいにやられたらしい。謝りつつ、何をしたのか説明した。

「転移魔法、ですか? ……ってぇえええぇえ!? ホントに!? ここ100年は成功させた者が居ないという、あの伝説の?」
「大丈夫、ちゃんと成功してるから」

 俺はそう言ったのだが、リディカ姫は信じられないといったご様子。彼女は抱きかかえられたまま、辺りをきょろきょろと見渡し始めた。

 たしかに魔法が得意な魔族の中でも、転移魔法を使えるほどの実力者は、先代の魔王か俺ぐらいだったしなぁ。しまったな、人族の前で迂闊うかつに使うと怪しまれてしまうか。


「ところで、ここはどこなのですか?」
「プルア村の近くにある森だよ。多分人族の地図には載っていない」

 一度訪れたことのある場所なら、ピンポイントで転移することができる。だけど俺自身は来たことがないので、近くに行くことしかできなかった。

「さて、森を抜けて村へ向かおう。もうすぐ日が暮れる時間だ」
「……」
「ん、どうした?」
「……ストラゼス様って、実はもの凄い方だったんですね」

 リディカ姫が感心した様子ではぁ~と口を開けた直後。腕の中から「きゅるるる」と、可愛らしい音が聞こえてきた。

「……す、すみません」

 互いに顔を見合わせていると、リディカ姫の顔はみるみる赤くなっていった。

 城で夕飯を食べ損ねたし、お腹が空いちゃったんだろうなぁ。
 うん俺も実はお腹空いてる。でも今はまずは村へ行くのが優先だ。


「よーし、それじゃあ急ぎで向かいますか」
「えっ、待ってくださいストラゼス様。私は重いのでもう降ろして……きゃああっ!」

 俺は問答無用で再び彼女を抱きかかえると、そのまま村の方角へ向けて森の中を駆けだしたのだった。



「ぜぇ……はぁ、もう、強引な男性は嫌われますよ!?」

 叫びすぎて息も絶え絶えなリディカ姫が、親の仇を見るような目で俺を睨みつけてきた。そんな彼女を俺はゆっくりと地面に立たせながら、思わず苦笑する。

「でもお陰で早く着いただろ?」
「まぁ……はい」

 リディカ姫は照れくさそうに頷くと、小さく微笑んだ。

 一国のお姫様なら、城から出ることもあまりないだろうし。そんな人が、整備がされていない森の中を歩けるわけがないもんな。

 それは本人も分かっているから、あんまり怒らなかったんだろう。なにより、早くしないとお腹の虫がもっとうるさくなるだろうしね。


「さぁ、もう少しで村に着くはずだ」

 俺が指差す方向、木々の間から森の外がチラリと見えた。

 そうして俺たちは一緒に歩いて森を抜ける。
 視界には一面に自然が広がる、長閑のどかな田舎の風景が広がっている――はずだった。


「あの、ここが本当にプルア村なのですか?」
「そのはずなんだが……様子がおかしいな」

 そばを流れる川の水は紫色だし、田畑には何も植えられていない。
 村にある建物もまばらで、人の気配が全くなかった。

「あの、ストラゼス様……あれはいったい?」

 さらに何かに気が付いたリディカ姫が、指を差した。
 その先には、村の外周に沿うように作られた木製の柵が見えるが――その全てが無残なまでに破壊されている。


「ちょっと村の中心の方へ行ってみよう」

 リディカ姫の手を握り、早足で進む。
 村の中心部にやってくると小さな広場があり、そこには大きな鐘が転がっていた。
 それは王都にあるような立派なものではないけれど、村の人達が集まる目印としては十分だったのだろう。

 だが今は――その鐘さえも壊されていた。鐘の表面には深々と爪痕がハッキリと残っている。やはり魔物がこの村を襲ってきたのだろう。


「酷い……」

 リディカ姫は今にも泣きそうな顔で俺を見上げてくる。俺はそんな彼女の背中をさすりながら、村の様子を見て回ることにした。

「ストラゼス様……村の方々は……」
「……おそらく、魔物が来る前に慌てて逃げ出したんだろう」

 どの家も荒らされた形跡があったものの、幸か不幸か人が襲われた様子はなかった。

 だが彼らはどこへ行ったんだろうか。何か情報がないか、領主が住んでいた館に行ってみることにした。


「おいおい、領主は役目も果たさずトンズラかよ……」

 館からは、家財道具や金目の物が一切無くなっていた。
 さらにメイドが残したと思しき日記には、領主一家が村と民を捨てて逃げ出したと書き殴ってあった。

「そんな! 領主でありながら、民を守るどころか真っ先に逃げるなんて!」

 あるじの居なくなった執務室で、リディカ姫は悔しそうに唇を噛んだ。
 他にも領主の悪行が日記帳に書かれており、領民は相当な苦労を負わされていたことが分かった。

「まったくだが、居ない奴のことを考えても仕方ない。今は俺たち二人でどうにかするしか――」

 そのとき、部屋の外でゴトンと何かが落ちる音が聞こえた。


「リディカ姫、こっちに隠れろ」
「きゃっ!?」

 俺はリディカ姫をテーブルの下に押し込み、自身もその影に隠れた。

「……誰かいるんですか?」
「分からない。もしたしたら魔物が残っていたのかもしれないが」

 俺はリディカ姫をその場に残し、息を殺して物陰から音のした方をそっと窺う。


「おいおい、マジかよ……」

 するとそこには――三人の幼い獣人たちが床でうずくまっていた。
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