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林檎農園の死神侯爵
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「林檎農園を経営するシードル家、ね……」
この用紙は、私が帰宅してすぐに、先ほどの使用人がこの家へ持ってきたものだ。
『お喜びください。王妃様がニーナ殿下のために、林檎を注文してくださるようですよ。寛大な王妃様のご厚意に、感謝してくださいね!!』
そう言って下手な愛想笑いを顔に貼りつけながら渡してきたのが、この注文書だった。
注文する内容はすでに王妃様が決めたから、あとは私がサインをして提出すれば良いらしい。
彼女はそれだけ伝えてさっさと帰っていった。普段はこの家には近寄りもしないから、ここにいるのが相当嫌だったみたい。
「本当に寛大なら、義理の娘に対して冷遇なんてしないでしょうに。まったく……」
テーブルに腕を伸ばし、注文用紙を手に取ってみる。すると、紙からふわりと林檎の香りが漂ってきた。
紙の材料に林檎の木でも使っているのかもしれない。上質な手触りで、使いきりにしてしまうのは勿体ない気がした。
「いっそ恋文にでもしたいぐらいね。……で、これが使用人が言っていた、暗殺の依頼ってことなのかしら?」
注文の内容は、『最高級の林檎を使用したアップルパイを希望』と書いてある。
宛先は私で、依頼人も私になっている。つまり、傍から見たら私が個人的に注文したようにも見える。
「シードル侯爵といえば、権力に興味のない日和見な貴族って言われていたけれど……裏では暗殺家業をしていたってことなのかしら」
そういえば数ヵ月前、使用人の誰かが口にしていた。
いわく、違法な商売を繰り返していた貴族が、自分の屋敷で不審な死を遂げていたとか。
他にも不自然な事故に遭って息子に家督を譲った貴族や、誤って毒のある山菜を口にして亡くなった大手の商家の話とか。
『この国には、陰から正義を守り続けている番犬がいるって伝説があるのよ!』
噂話好きなその使用人は、楽しそうにそう語っていたっけ。
彼女の話がもし本当なら、その番犬の正体はおそらく、シードル侯爵家なのでしょう。
この注文書ひとつで、この国に潜む悪人を懲らしめている。
いったいどんな人物なのかは知らないけれど……きっと義理人情に厚い、高潔な人物のはずだ。
「……よし、これでサインは大丈夫ね」
それならば、私の命をシードル侯爵に委ねてみましょうか。
王妃様は私が邪魔だから、暗殺対象になるとでも思ったのでしょうけれど。
もし本当に私がこの国にとって“害悪”だというのならば、別に死んでも構わない。大人しく、殺されて差し上げましょう。
なにより私はもう、こんな生活に疲れ切っていた。愛する人も、愛してくれる人もいない。楽しみも希望もなく、何のために生きているのかも分からない。
私が唯一持っているのは、お母様との思い出だけ。
「そうだわ。明後日はお母様の命日だし、お母様に習ったアップルパイを焼こうかしら」
林檎の香りを嗅いでいたら、ふとそんなことを思い付いた。
それに死ぬ覚悟ができると、吹っ切れてなんだか楽しくなってくる。
「ふふ。暗殺者さんが久しぶりのお客様になるのかしら。キチンとお迎えしなくっちゃね……」
まだ見ぬ暗殺者を夢想しながら、なぜか私は少しだけワクワクし始めていた。
この用紙は、私が帰宅してすぐに、先ほどの使用人がこの家へ持ってきたものだ。
『お喜びください。王妃様がニーナ殿下のために、林檎を注文してくださるようですよ。寛大な王妃様のご厚意に、感謝してくださいね!!』
そう言って下手な愛想笑いを顔に貼りつけながら渡してきたのが、この注文書だった。
注文する内容はすでに王妃様が決めたから、あとは私がサインをして提出すれば良いらしい。
彼女はそれだけ伝えてさっさと帰っていった。普段はこの家には近寄りもしないから、ここにいるのが相当嫌だったみたい。
「本当に寛大なら、義理の娘に対して冷遇なんてしないでしょうに。まったく……」
テーブルに腕を伸ばし、注文用紙を手に取ってみる。すると、紙からふわりと林檎の香りが漂ってきた。
紙の材料に林檎の木でも使っているのかもしれない。上質な手触りで、使いきりにしてしまうのは勿体ない気がした。
「いっそ恋文にでもしたいぐらいね。……で、これが使用人が言っていた、暗殺の依頼ってことなのかしら?」
注文の内容は、『最高級の林檎を使用したアップルパイを希望』と書いてある。
宛先は私で、依頼人も私になっている。つまり、傍から見たら私が個人的に注文したようにも見える。
「シードル侯爵といえば、権力に興味のない日和見な貴族って言われていたけれど……裏では暗殺家業をしていたってことなのかしら」
そういえば数ヵ月前、使用人の誰かが口にしていた。
いわく、違法な商売を繰り返していた貴族が、自分の屋敷で不審な死を遂げていたとか。
他にも不自然な事故に遭って息子に家督を譲った貴族や、誤って毒のある山菜を口にして亡くなった大手の商家の話とか。
『この国には、陰から正義を守り続けている番犬がいるって伝説があるのよ!』
噂話好きなその使用人は、楽しそうにそう語っていたっけ。
彼女の話がもし本当なら、その番犬の正体はおそらく、シードル侯爵家なのでしょう。
この注文書ひとつで、この国に潜む悪人を懲らしめている。
いったいどんな人物なのかは知らないけれど……きっと義理人情に厚い、高潔な人物のはずだ。
「……よし、これでサインは大丈夫ね」
それならば、私の命をシードル侯爵に委ねてみましょうか。
王妃様は私が邪魔だから、暗殺対象になるとでも思ったのでしょうけれど。
もし本当に私がこの国にとって“害悪”だというのならば、別に死んでも構わない。大人しく、殺されて差し上げましょう。
なにより私はもう、こんな生活に疲れ切っていた。愛する人も、愛してくれる人もいない。楽しみも希望もなく、何のために生きているのかも分からない。
私が唯一持っているのは、お母様との思い出だけ。
「そうだわ。明後日はお母様の命日だし、お母様に習ったアップルパイを焼こうかしら」
林檎の香りを嗅いでいたら、ふとそんなことを思い付いた。
それに死ぬ覚悟ができると、吹っ切れてなんだか楽しくなってくる。
「ふふ。暗殺者さんが久しぶりのお客様になるのかしら。キチンとお迎えしなくっちゃね……」
まだ見ぬ暗殺者を夢想しながら、なぜか私は少しだけワクワクし始めていた。
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