誰にも愛されず生涯を終えると思っていた冷遇王女ですが、暗殺にきた侯爵様が私を救ってくれるようです。

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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 それにしても、名前で呼び合える人は生まれて初めてだ。

 城の人は誰も彼も、『捨てられた孤児姫』だとか『物置小屋の野良猫』みたいなあだ名で私を呼んでくるから。


「……ヴィクター様?」
「え? あ、あぁ。申し訳ない、少しボーッとしていました」

 ヴィクター様は何かを考えているご様子。

 私のことを見極めようとしているのか、それともこの境遇を見てあわれんでいるのか。

 お出ししたお茶にも手を付けず、小さく唸っていた。


「すみません。大したおもてなしもできず……」
「いえ……というより、ここではニーナ様が家事を?」

 そう言ってヴィクター様はテーブルの上のお茶を手に取り、ひと口。

 目を少しだけ大きくさせ、さらにもうひと口。

 良かったわ。庭で採れたハーブで調合したブレンドティーだったんだけど、彼のお口に合ったみたい。


「ふふふ、意外でしたか? 掃除や洗濯、料理なんかも得意なんですよ!……あっ、そうだ。実は今日、アップルパイを焼いたんです。ヴィクター様も良かったら食べてみませんか?」
「姫が自らアップルパイを!?」
「はい! 大好きなんです、アップルパイ!」

 先日に王城の食糧庫から失敬した林檎を使って、アップルパイを作っていた。

 丁度今日はお母様の命日ということもあり、思い出に浸りながら食べようと思ったのだ。


「ヴィクター様のお口に合えば良いのですが……」
「これは……」

 キッチンのオーブンから熱々のアップルパイを取り出し、テーブルの上に置く。

 上手に焼き目がついて、甘くて香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。

 食器を渡してあげると、ヴィクター様はおそるおそる手を付け始めた。


(あ、あれ? なにか失敗したかしら……?)

 上品に一口サイズにパイをカットしてから、もぐもぐと味わうように食べるヴィクター様。

 だけど特に感想を口にするでもなく、無言で咀嚼そしゃくを続けている。

 レシピ通りに作ったはずなのに……と、そこである事に気が付いた。


「すみません……林檎のパイなんて、ヴィクター様は食べ飽きてましたよね……?」

 やってしまった。

 相手は林檎農園を経営している、林檎のプロだ。

 王家に献上するほどの林檎を食べている相手に、私はなんてことを。


「――申し訳ありません。とても美味しくて、夢中で食べてしまいました。幼い頃に母が作ってくれた味に、何だかよく似ています」

 ヴィクター様は少し頬を染めて、嬉しそうに次のパイへと手を伸ばす。


「良かった……実はこのパイ、私の母から教えてもらったレシピなんです」
「王妃様……あ、いえ。お母様が……?」

 このパイはお母様がまだお元気だった頃、この家のキッチンで一緒に作っていたものだ。

 私の誕生日だけに食べられる、特別なデザート。

 だけどまさか、ヴィクター様もお母様に作ってもらった思い出があったなんて。


「そういえば、ヴィクター様はどうして我が家へ?」
「あー……、そういえば」

 彼とは不思議な共通点もあり、話に花が咲いてしまった。

 だけどヴィクター様はあの暗殺依頼を実行するために、ここへとやって来たはず。

 すっかりくつろいだ様子のヴィクター様は眉を下げ、再び頭を掻いた。

 どうやら、困ったら頭を掻くのがこの人の癖のようだ。


「実は、ご依頼の林檎に少々お時間が掛かりそうでして。そのご連絡のためにうかがわせていただきました」

 ――嘘ね。

 いっそ、正直に事情を話してしまおうかしら。

 ……いいえ。取り敢えずここは、話を合わせておきましょう。


「まぁ、それはご丁寧にありがとうございます! 平気ですよ。ただ、またアップルパイが食べたいので……」
「おっと、それは大変だ。至急、ご用意させていただきますね」
「ふふっ、ヴィクター様ったら……」

 暗殺の注文書にあった『アップルパイ』の単語を出すと、ヴィクター様の口元が一瞬だけヒクッとした。

 誤魔化したということは、彼は依頼について何か迷いがあるのかもしれない。


「さて、今日のところはこの辺で……」
「えっ!? もう帰ってしまわれるのですか……?」

 どうやら、今日はシードル家のお仕事はなさそう。

 だけど私は殺されなかったという安心感よりも、寂しさをより強く感じてしまっていた。

 こんなにも楽しい時間を過ごせたのは、お母様が亡くなってから初めてのことだったから。


「ヴィクター様……我儘なお願いなのは、重々承知なのですが……」
「……はい。どうしました?」

 駄目だと頭では分かっていた。彼の困った可愛い顔が見たかっただけかもしれない。

 他にも理由はいくつかあった。

 気が付いたら私は、とんでもないことを口走っていた。


「私と……お友達になってくれませんでしょうか」

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