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継母と義理の娘
しおりを挟むヴィクター様が帰った後、私は独りで余ったアップルパイを食べていた。
少し冷めてしまったアップルパイは、なんだか味気なく感じてしまう。
それは一緒に食べる人がいないからか、それとも一緒に食べていたのがあの人だからなのか……。
こんなにも孤独が辛いと思ったのは、お母様が亡くなって以来かもしれない。
私は冷えた心を慰めるかのように、少しだけ泣いていた。
「……誰かしら」
もう日はすっかり落ちているというのに、誰かが家の扉をドンドンと激しく叩いている。
最近はどうも来客が多い。
だけどあの遠慮のない叩き方は、きっと好ましくない人物の予感がする。
「あら、なによその酷い顔は。不細工だった顔がもっと不細工になっているじゃない……あはははっ!!」
扉を開けた瞬間、来客の女性は人の泣き顔を見て嬉しそうに笑った。
そして来室の許可を得ずに、無断で家の中へと入っていく。
派手なメイクに、臭い香水。月明かりでも分かるような、煌びやかな衣服と宝飾品の数々。
彼女は、私がこの世で最も会いたくない人物だった。
「なによ。このアタシが直々に来てやったんだから、ちゃんともてなしなさいよ」
私がすぐに後を追い掛けると、彼女は殺風景な家の中を眺めて大きな溜め息を吐いた。
尊大な態度だけど、彼女はそうするだけの地位を持っている。
――私の目の前にいるのは、この国の王妃様だった。
「何も気が利かずに申し訳ありません、王妃陛下。しかし、突然どうして……?」
私の記憶が間違いでなければ、王妃様がこの家に来たことなんて一度もない。
家ではなく、家畜の小屋だと思っていたはずだから。
「んふふふっ。そうね、いろいろと言いたいところだけど……今日は貴方に良い話を持って来たの」
「……良い話、ですか?」
王妃様は私の問いには答えず、手をパンパンと叩いた。
すると家の外に控えていた侍女たちがゾロゾロとやってきた。どの侍女も、両手に大荷物を抱えている。
「これは……」
「喜んでちょうだい。可哀想な貴方に、優しい方から縁談が来たのよ~?」
「え、縁談ですかっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
なにしろ、縁談なんて私には一生縁のない話だと思っていたから。他の貴族の令嬢だったら、他家との縁を結ぶための駒に使われることはある。
だけど私にそんな価値がないのは、自分が一番分かっていた。
そもそも、私なんて存在しない王女の扱いだったのに……。
一瞬だけ、あの困ったように笑うヴィクター様の顔が脳裏に浮かんだ。
いや、だけどまさか、そんなはずは……。
王妃様は驚く私の顔を見て、ニタニタと笑う。
「お相手は、隣りにあるトリノ共和国のアンドレア王子よ。是非とも貴方が欲しいんですって。うふふ、随分と熱烈な御方ねぇ~」
「アンドレア王子……まさか、あの女殺しで有名な!?」
「あらあら、そんなはしたない言葉遣いをするものじゃないわよ? それに良いじゃないの。たとえ慰み者でも、使い道があったんだから。もっと喜んだらどう?」
トリノ共和国のアンドレア王子といえば、使用人たちの噂にも上がるほどの人でなしだ。
何人もの女性を無理やり手籠めにした後、飽きたら殺すか廃人になるまで虐待を行なうと言われている。
彼にとって、女とは性欲処理のための玩具でしかない。
それをこの王妃様が知らないはずがない。
「嘘です……お父様が、そんな事を許すはずが――」
「あら、貴方の言うお父様って誰のことかしら? 少なくとも陛下は、貴方を娘だとは思っていないみたいよ?」
「そ、そんな……どうして……」
そんな会話をしている間にも、私の家には次々と荷物が運ばれてきている。
いやに煽情的な胸元のあいたドレス。使い古した靴やアクセサリー。
いかにも間に合わせで用意したというのが、すぐに分かってしまうものばかり。
「来週、トリノ共和国で貴方とアンドレア王子の婚約パーティがあるから。精々それまでに、この小屋とお別れを済ませておきなさい?」
「来週!? ちょ、ちょっと待ってください!」
「それじゃあ、貴方と会うことは二度と無いだろうけれど……お元気でねぇ~」
こちらの話は一切聞かず、王妃様は手をヒラヒラとさせながら、お付きの侍女に見送られて去っていった。
その侍女たちも用が済むと、一礼だけしてから家をあとにする。同じ女として同情心が湧いたのか、少しだけ憐憫の表情を浮かべながら。
「どうして私が……お父様、どうして……」
誰もいなくなった部屋で、私はその場に崩れ落ちた。
頬から雫が伝い、雨のようにポツポツと床を濡らしていく。
お父様に、私への愛情が少しでも残っていると信じたかった。
だけどそれは、私の独りよがりな甘い希望だった。
「なにがドレスよ! なにが王子との理想的な結婚!! こんな……こんな結末なんてあんまりだわ!!」
本当はずっと我慢してきた。王城に住む他の家族が、とても羨ましかった。
義理の姉みたいに、華やかなパーティで素敵な殿方と踊ってみたかった。
綺麗なドレスに、宝石のついたネックレス。お腹いっぱいの食事に美味しいワイン。
頑張って生きていれば、いつかそんな日が来るって信じて頑張ってきた。
毎日朝から晩まで土まみれになって、畑を耕して。
したくもない変装で忍び込んだり、使用人たちの心無い嫌がらせや悪口にも耐えてきた。
だけど、全部無駄だった。
もう、何もかもが嫌になった。
静かな部屋に、嗚咽がいつまでも響いていた。
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