電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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3章 第1部 姫のもとへ

125話 結月の手助け

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 レイジは森羅と別れてから、エデンのメインエリアに来ていた。
 まず出てきたのは、大通りのスクランブル交差点のど真ん中。周りを見渡せば、建物に取り付けられた超大型モニターに映る映像を見ている人や、グループで楽しそうにおしゃべりしている人。待ち合わせなどで時間をつぶしているのか、宙に自身の選択画面を出してターミナルデバイスを操作するかのごとくいじっている人などなど。その光景はもはや現実の大都会の様子と同じような感じだ。
 そんなガヤガヤとした賑わいを見せるスクランブル交差点の行きかう人々の流れから少し離れ、レイジは操作パネルを開いた。

「えーと、結月から教えてもらったコードはと」

 そして結月から教わったコードを入力する。
 なぜエデンに来たかというと、結月に呼ばれたからだ。なんでもエデンで会いたいから来てほしいとのこと。会う場所はというと、なんとエデンにある結月の一室だ。これはメインエリア内にある居住きょじゅうスペース。マンションなどの建物から一室借りるというシステムのおかげ。エデン内で自身のマイルームをもうけるのは、現実と比べ比較的格安の値段で実現可能なのだ。ゆえに一般の学生でも気軽に用意できるのだ。そして今レイジがやっているのは、そんな結月のマイルームに入室するためのパスを使っているところ。これは結月から事前に入室の権限、いわば許可書をもらっていたので、あとはそれを使えば座標移動で内部にすぐ移動できるのであった。

「これでよし、座標移動開始っと」

 設定をおえるとすぐさま周りの景色が変わり始め、結月の部屋内部の光景が。
 今回は中に直接通してくれたみたいが、向こうの設定次第では借りている部屋の扉前から来させることもできた。
 広々とした部屋の中はというと、あちこちピンク色をメインとしたコーディネートがほどこされ、かわいらしいぬいぐるみや小物、家具がいろいろ置かれている。実に女の子らしいメルヘンチックな部屋である。借りられる居住スペースは、独立した別の空間とつながっている。そのため契約金を上げれば、いくらでも広くできるのであった。

「いらっしゃい、久遠くおんくん。今お茶とか用意するから、席に着いて待ってて」

 レイジが来たことに気付き、片桐結月かたぎりゆづきが歓迎してくれる。
 うながされるままにテーブル席に座り、結月がお茶の用意をするまで待つことに。

「はい、お待ちどうさま。今日は急に呼び出してごめんね」

 結月はテーブルに入れてきたコーヒーを置き、向かいの席に座った。
 軽い飲食はエデンという電子の中でも行えるのだ。ただこれは現実で摂取せっしゅしたものではないので、当然腹は膨れない。気分を味わうためのものである。

「別に大丈夫だよ。それにしてもまさかこんなに早く、結月の部屋に入れることになるとは。――ははは……、さすがに女の子の部屋だけあって、緊張するな」

 緊張のあまりか、頭の後ろをかきながら思わず本音をもらしてしまう。

「――あはは……、私も男の子を自分の部屋に呼んだことないから、ちょっと落ち着かないかな。はずかしいから、あまりじろじろ見ないでね。」

 すると結月はほおを染めながら、うつむいてしまう。
 もはや二人して、ドギマギしてしまっていた。

「――でも少し以外。久遠くん、アリスのお世話係みたいなことしてたんでしょ? 朝とか起こして身支度みじたくを手伝ってたって聞いたし、アリスの部屋に何度も入ってたのよね? その分慣れてたりとかは?」

 ふと結月がアゴに指を当て、首をかしげてくる。

「ははは、アリスはあの性格上、女の子の部類にあまり入らないからな。だから結月みたいな本当にかわいらしい女の子と、こうやって二人でいるのは正直あまり慣れてないんだ。那由他やゆきとも割と付き合いは長いが、あれも女の子としてはどうかという部分があるし」
「――か、かわいらしいって!? ――も、もう、久遠くんったら……、あはは……。……そんなうれしいことさらっと言われちゃうと、変な勘違いをしちゃいそうになるよ……」

 レイジの正直な感想に、かぁぁーと顔を真っ赤にする結月。そして手をモジモジしながら、レイジに聞こえないぐらいの小声でつぶやいた。

「ははは、それと一つ訂正ていせいだが、アリスの部屋はいわばオレの部屋だったからな。あいつオレの部屋に居座いすわっていつまでも帰らないから、用意するだけ無駄って話になったんだ」
「え? それって同じ部屋で寝てたってこと!? 血のつながりがない思春期の男女が同じ部屋で……。あわわ、なんだかいけないことが起こってそうな!?」

 両ほおに手を当てながらなにやら妄想し、あたふたしだす結月。

「なにを想像してるか知らないが、なにもなかったからな。というかそもそもその話どこで耳にしたんだ? オレアリスについて、結月にそこまで話してなかっただろ?」
「もちろん当の本人から聞いたよ。連絡先交換してるしね! だから昨日の夜なんて、アリスと夜遅くまで盛り上がったんだ! おかげで久遠くんの小さい頃のエピソード、たくさん知れちゃった!」

 結月は胸元で両腕をブンブン振りながら、楽しそうに伝えてくる。

「なっ!? アリスの奴……」

 二人で仲良く話すのはいいが、レイジの昔のことで盛り上がられるのはさすがに気恥ずかしい。これは早いうちにアリスへ釘を刺しておかないと、どんどん暴露されるはめになってしまうだろう。

「あはは、今度アリスもここに呼んで、三人でお茶会でもしよっか!」

 結月は目を輝かせながら提案してくる。
 すごく楽しみにしているといった感じなので、かなりことわりづらい雰囲気が。

「――いや、オレはいいよ。アリスの奴がオレの反応をおもしろがって、結月の前でなに話すかわかったもんじゃないからな。それなら代わりに、ゆきでも呼んでやれ。那由他だとアリスとケンカしだすかもしれないし」
「うーん、ゆきか……。実はゆきには一回断られてるのよね。なんでも身の危険を感じるんだって。一度入ったらそのまま拉致らちられそうとか」

 結月はがっくり肩を落として、説明してくれる。
 これまでの結月に抱き付かれてきた経験から、いろいろ察したのだろう。

「なるほど。ゆきのやつ事前に察したというわけか。ははは、でもいくら結月でも、さすがにそこまではしないだろ?」
「――あはは……、ゆきのかわいらしさときたら、思わずお持ち帰りしたくなるほどだから自重できないかも」

 さすがにと笑い飛ばしていると、結月がおずおず本音を告げてきた。

「――結月のかわいいものスイッチ、恐るべし……」
「――ご、ゴホン。それはそうと。――ねぇ、久遠くん。聞きたいことがあるんだけど、カノンを怒らせるようなことした? 問答無用で追い出されるなんて、よっぽどのことがない限りないと思うんだけど」

 レイジが若干じゃっかん引いているのを察したのか、結月は気を取り直し真剣なおもむきで用件をたずねてきた。

「心当たりがないわけでもないか。あるとするならたぶん、九年前のちかいのことだろうな」

 アリスにかかわった分、カノンのところへたどり着くのが遅れたのだ。しかも待たせすぎたあげく、彼女との誓いを果たせそうにないときた。レイジとしては申しわけない気持ちで一杯であり、そのことが関係しているのかもしれない。

「そういえば久遠くんが会いたかった人って、カノンのことだったのよね。まさか同じ人のために戦ってたなんて、すごい偶然というか、世間はせまいというか。あはは、驚きを隠せないよ」
「ははは、オレみたいな一般人とアポルオンの巫女様につながりがあるなんて、誰も思わないさ」

 結月と二人で、世間のせまさに驚きながら笑い合う。
 同じこころざしを持っていただけでなく、その相手も同じだったとは。本当によくできた偶然であった。

「まあ、そういうわけでたぶん、今回の件はオレがわるいんだと思う。あの誓いに関していえば、カノンに文句を言われるようなことが結構あるからさ。だから謝るためにも、もう一度カノンに会って話をつけないといけないんだ」
 目をふせながら、拳をにぎりしめる。

「そっか、じゃあ、まずは話し合いの舞台を整えないといけないのね。でもちょっと難しいかも。今のカノンに久遠くんのことで話すと、まったく取り合ってくれないんだ。いくら食い下がっても、その件については決定事項だってね」

 どうやら結月も那由他と同じく抗議してくれたみたいだ。だが親友の結月の言葉も、カノンには届かなかったらしい。

「実はこんなこと始めてなの。カノンは普段からすごく大人びてて、誰に対しても分けへだてなく親身に接する優しい女の子。もう慈愛に満ちた天使様と言っていいぐらい温厚なのに、あそこまで話を聞かずかたくなな態度を見せるなんて……」

 結月は信じられないと、動揺を隠せない様子。
 それほどまでにいつものカノンとかけ離れているのだろう。そんな一面があったのかと親友の結月が驚くほどなので、相当なことに違いない。

「つまりそれほどまでにオレに対して、怒ってるということなのか?」
「うーん、どうなんだろう。今回の件なんだか私が見た限り、わるいのはカノンの気がする。変な意地を張ってるみたいな、素直になれない子供的な感じで……。うん、やっぱり二人で話会うべきね。久遠くん、少しばかり強引なやり方になるけど、それでもカノンと会いたい?」

 結月はなにやら思考をめぐらせだす。そして考えた結果答えがでたのか、レイジをまっすぐに見つめ覚悟を問うてきた。

「ああ、さすがにこんな形でサヨナラは嫌だからな。会って話しを、いや、せめて一言だけでもいいから謝りたいんだ。それさえできればどんな結果になろうと、納得できると思う。アイギスを出ていって、別の形でカノンの力になれる道を探すさ」
「――ありがとう、そこまでカノンの力になってくれようとしてくれて……」

 レイジの想いを聞いて、結月はまるで自分のことのようにうれしがる。
 それほど結月はカノンのことを想っているのだろう。二人の間にはレイジの想像を超えるほどのきずながあるみたいだ。

「よし、久遠くんの気持ちを確認できたし、あとは全部私に任せて! なんとしてでも、話し合いの場をつくるから!」

 結月は満足のいく答えを得たことで、自身も覚悟を決めたらしい。バッと席を立ち上がり、頼もしさ全開でレイジのために動くと宣言してくれた。
 もはや彼女の心意気に心打たれるしかない。

「――結月……。助かるよ。この借りはいつか必ず返すから」
「あはは、そんなに気にしなくていいよ! 同じ志を持つ仲間のためだもの! じゃあ、少し待っててくれる? 今からカノンを拉致らちしてくるから!」
「え? 拉致るって、あの……、結月さん……?」

 結月の満面の笑顔で口にするとんでもない発言に、困惑せざるを得ないレイジなのであった。
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