電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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4章 第4部 それぞれの想い

189話 ルナの想い

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 ビルの屋上から投げ出されたカノンであったが、風をうまく操りほぼ無傷で着地。そして現在は追撃を仕掛けてきたルナと、森林に浸食された廃墟の街中で交戦中。
 大気に乗っての高速移動で、ルナの周りを疾走する。なぜなら少しでも足を止めれば、すぐさま狙い撃ちが待っているのだから。

「そこです!」
「やらせないんだよ!」

 地面に着地した瞬間、大気を圧縮した風の衝撃波が襲来。
 完璧なタイミングゆえ、回避は間に合わない。よってカノンは剣で受け止めようと。まるで巨大な鈍器どんきぎ払われたような衝撃が襲うが、踏ん張りはじき返す。

「まだまだ私の風はやみませんよ!」
「キャッ!?」

 しかし一撃を防いだのもつかの間、第二、第三の風の衝撃波が次々に襲いかかる。
 そう、ルナは先程から一撃重視ではなく、数の暴力でカノンを圧倒しているのだ。風のアビリティで常に自身の周りに大気を集め、それらを次々に圧縮。標的目掛け、連続で撃ち放っているのであった。
 その様はまるで達人のむちさばきのごとく。止めどない鞭撃が、へびのように標的目掛けて飛んでくるのだ。一撃、一撃ならまだ対応できるが、積み重って襲くるため受け止め続けるなど不可能。もはや一度はまってしまうと、そのままなすすべもなく蹂躙じゅうりんされてもおかしくはなかった。ゆえにカノンは一撃を防いだあと、すぐさま回避行動を。普通に走るだけでは追いつかれてしまうため、大気に乗っての高速移動でだ。

「――うぅ、このままだとらちが明かないんだよ。なんとか打って出ないと……」

 ルナの猛攻をすんでのところでかわし続け、ビルの物陰まで逃げのびた。そしていったん隠れながら、どうするか思考をめぐらせる。

「カノン、私の風の前にその程度の遮蔽物しゃへいぶつ、壁にもなりませんよ」
「――風――? ハッ!?」

 一筋ひとすじの風が吹いたと思うと、突如今いるビルの周りを取り囲むように大気が荒れ始めた。危険を察知し逃げようとするが、もう遅い。大気はまたたく間に荒れ狂う暴風の渦に。そして恐ろしいうなりをあげ、竜巻へ変化。ビルを飲み込み、容赦ようしゃなく粉砕ふんさいしていった。

「手ごたえありです。これで……」
「ルナ、この程度じゃ、まだやられないんだよ」
「カノンの声? どこから!?」
「くす、下だよ!」
「下!?」

 カノンはいたずらっぽく告げ、力を込める。
 刹那せつな、ルナのいた地面一帯が陥落かんらく。そして落下するルナとすれ違いざまに、カノンが地面の下から。
 実は竜巻に飲み込まれる間ぎわ、アビリティを使い地面を操ったのだ。これは土のアビリティが可能な技で、限度があるが地中を簡単にり進めることができるというもの。そう、カノンはこの方法で竜巻をやり過ごし、ルナの足元まで。そして出力を全開まで上げ、一帯を崩落ほうらくさせたのであった。

「さっきまでのお返しなんだよ。炎よ!」

 カノンは大気に乗って上空へ。
 そして五メートルほど落ちたルナに、燃えさか業火ごうかを放った。
 炎の波は一気に地面のクレータを飲み込み、そのまま火柱へと。中にいる者を焼き尽くす勢いで、猛威を振るう。

「風の防壁よ」

 だが突如火柱の中から、荒れ狂う暴風の渦が。結果、炎は内部から吹き消されてしまった。
 そしてクレータからは、さほどダメージを食らっていないルナの姿が。彼女はとっさに風のアビリティを起動し、炎が届く前に防御しきったようだ。そんなルナであったが、大気に乗って一気に跳躍ちょうやく。カノンからの狙い撃ちを避けるため、空へと逃げる。

「逃がさないんだよ! 氷杭ひょうこうよ!」

 自身の周囲に剣サイズのつららを無数に展開。氷杭の雨で追撃を。
 氷杭は得物目掛けて飛翔ひしょうし、次々とルナへと降りそそぐ。

「風よ、ぎ払え!」

 対してルナは大気を圧縮。巨大な剣を振りかざすかのように、前方を薙ぎ払う。
 その一撃はビルをたたき斬るほどの暴力の塊。よって氷杭の雨はなす術もなくたたき落とされ、くだかれてしまった。

「足が止まったところで一発、特大をお見舞いするんだよ」

 砕かれた氷杭たちが破片となって舞い散る中、カノンは剣を天へとかかげる。
 すると剣には紫電がほとばしり。

「紫電? まさか!?」

 ルナは上空を見上げた。
 彼女の視線の先には、先程までなかったはずの黒い雷雲が。

「撃ち落とせ! 雷よ!」

 カノンはそのまま剣を振り下ろす。
 すると雷雲から轟音ごうおんと共に、高電流の落雷がルナへと。
 今さっき氷杭を打ち落としたため、彼女はその場にとどまったまま。その隙に狙いをさだめた雷撃の強襲だ。もはやルナはかわす間もなく、撃ち落とされていった。
 



「さすがはカノン、ここまでの力を持っているとは……」

 ひざを突いていたルナは立ち上がる。
 どうやら雷撃をエストックで受け止め、ガードしたのだろう。そのためダメージは受けたが、致命傷は避けたようだ。

「ルナ、考えなおしてくれないかな? エデン財団上層部は、なにか恐ろしいことをたくらんでる可能性があるんだよ」

 カノンも地面に降り、今だ戦意をむき出しにするルナに説得の言葉を投げ掛ける。

「カノン、私は保守派の人間です。お父様が彼らに協力関係を築いている以上、それがどんな計画だろうと守らなければなりません」

 ルナはきっぱりと言い放つ。
 彼女は保守派をまとめるサージェンフォード側の人間。ゆえにエデン財団上層部を狙うカノンたちは、明確な敵になってしまうのだ。

「ッ!?」
「――といいたいところなんですが本音を言うと、私自身どうすればいいのかわからないんですよね。ここで足止めするのは、我々の未来にとって本当に正しいことなのか……」

 そんな敵対関係をつらぬいていたルナであったが、目をふせ迷いをあらわに。
 どうやら彼女も今の保守派に、思うところがあるらしい。

「じゃあ!」
「すみません、カノン。そんな迷いのある私ですが、一つだけ確かな想いがあるんです」
「――それはなんなのかな?」
「ふふ、カノン、あなたのようになりたいというあこがれですよ」

 彼女は尊敬のまなざしを向け、みずからの想いを告白してきた。

「え? 私?」
「はい、お恥ずかしい話なのですが、私はずっとお父様の言う通りに生きてきたんです。自分の意思など関係なく、ただ盲目的もうもくてきに信じて。それはまるでお人形のようにね……」

 ルナは悲しみをおびた遠い目でかたっていく。

「――ルナ……」
「そんな私だからこそ、カノンの生き方はまぶしくて仕方ないんです。家がらや役目に縛られず、自分の信じた道をひたむきに突き進むその姿。かつて抱いていたあなたへのイメージなど、かすむぐらい凛とされていた。ええ、自分と比べるのも、おこがましいほどに……」

 彼女はまるでまぶしいものを見るかのように、目を細めた。そして憧れの対象のすごさを、誇らしげにつむぐ。

「だから私はカノンのようになりたいと、心から想うんです。ずっと尊敬し、憧れていたからこそ、近づきたいと願ってしまう。――ですが今の私ではまだ一歩を踏み出したばかりで、決心も揺らいでしまうほど。これより前へ進むには、まだ答えが足りないみたいなんです。だからそれを見い出すためにも、カノン……、私は……」

 ルナはエストックをかまえ、信念のこもったひとみでカノンを見すえる。それは目指すべき壁に挑むかのように。

「――そっか……、そういう事情だったんだね……。もうなにも言わなくていいんだよ。ルナの気が済むまで、かかってくればいい」

 その想いにこたえるように、カノンも剣をかまえた。

「――カノン、いいですか?」
「申しわけないけど、あとのことはレージくんにお任せするんだよ。今はきっと、こっちの方が大事だと思うから……」

 本来なら上層部の人間を追うべきだ。しかし答えがほしい迷い子のようなルナを、放っておくことができなかったのである。おそらくこの一戦は、ルナの今後の生き方を大きく変えるであろう出来事。ルナ・サージェンフォードという少女が人形でなく、自分の意思で歩いていくための。そんな彼女の成長を手助けせずにして、なにが友達だ。

「じゃあ、始めようかな。こんな私で、なにを教えてあげられるかはわからない。でもそうルナが望むなら、いくらでもむねを貸すんだよ!」
「――カノン、あなたに最大限の感謝を……。――では、ルナ・サージェンフォード! これより目指すべき壁に、挑ませてもらいます!」

 カノンの心意気に、心の底から感謝の意を示すルナ。そしてエストックを振るい、宣言を。

「うん! ドンと来いなんだよ! こっちもルナのあこがれに恥じないよう、全力でいくから!」

 ルナにとってカノンは憧れの象徴しょうちょうゆえ、無様な姿を見せるわけにはいかない。よって気合いをいれ、こちらも負けじと剣を振りかざす。
 こうして二人の姫君ひめぎみの戦いが、幕を開けるのであった。

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