仕返返し

七星北斗

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プロローグ 吸血鬼狩り

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 夜は静かすぎた。
 町は眠っているというより、死んでいるようだった。

 その死骸の中を、二つの足音が進む。
 先を行く男と、影のように付き従う少女。

 男が立ち止まる。
 少女も止まる。

 それは偶然ではない。
 狩りの距離だった。

「……いつまでついてくるつもりですか」

 男は振り返り、少女を見下ろす。
 吸血鬼特有の赤い瞳が、獲物を値踏みするように細められた。

「信仰派、ですよね? じゃなきゃ、こんな時間に私を尾行する理由がない」

 吸血鬼は少女の腕を掴む。
 骨の細さに、嘲るように口角を上げた。

「正直に言えば、血を吸うだけで済ませてあげますよ。抵抗しなければ、痛くもしない」

 少女は答えない。
 恐怖も、怒りも、命乞いもない。

 ただ――底の抜けた眼で、吸血鬼を見ていた。

(……空っぽ?)

 吸血鬼は思考を読むため、視線を重ねる。
 次の瞬間、脳を殴られたような衝撃が走った。

 そこにあったのは、感情ではない。
 殺意だけで形成された、異常な意思。

「っ……!」

 吸血鬼は思わず身を引く。
 だが、すぐに自分を嘲笑した。

(馬鹿な。吸血鬼わたしが、人間に怯えるわけがない)

「……黙秘ですか。それとも、声を出せない?」

 吸血鬼は少女のシャツのボタンを外す。
 支配の証のように、ゆっくりと。

 次の瞬間――

 少女は、吸血鬼の手を叩き落とした。

 そして、口を開く。

 ――吹きかけられたのは、透明な液体。

「ぎ、あああああああああ!!」

 肉が焼ける音。
 魂が腐る感覚。

「せ、聖水……!」

 吸血鬼はのたうち回る。
 少女は、その様子を無感情に見下ろしていた。

 彼女は喋らないのではない。
 喋る必要がなかった。

 サイホルスターから銃を抜く。
 迷いはない。祈りもない。

「触るな。吸血鬼」

 冷たい声が、夜を裂く。

「お前に触れられた時点で、不快だ」

 銃口が額に当てられる。

「死ね。吸血鬼くそやろー

 銃声。
 頭部が弾け飛ぶ。

 それでも吸血鬼は、まだ死なない。
 少女は理解している。

 だから――心臓を撃ち抜いた。

 吸血鬼の身体は崩れ、灰になり、意味もなく風に散った。

 少女はその中で、微笑った。

 それは勝利の笑みではない。
 復讐を果たしても、何も埋まらない人間の顔だった。

 スマホを取り出し、通話を繋ぐ。

「……ナノフ。終わった」

 声が、微かに震える。

「吸血鬼を殺した。でも……身体が、言うことを聞かない」

『初任務、成功だ』

 受話器越しの声は、淡々としていた。

『君が殺したのは怪物だ。人じゃない。救われた命の方が多い』

「……それでも」

 少女は、呟く。

「寒い。手が、震える」

『今日は休め。戻ってきなさい』

 通話が切れる。

 少女は歩き出す。
 ふらつきながら、それでも止まらず。

 彼女の目は、もう次の獲物を見ていた。

 進むことしか許されない。
 立ち止まることは、許されない。

 これは――
 血を浴びても救われなかった少女が、怪物を殺し続ける物語。
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