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9.花姫は不器用な看病を試みる
ある朝、フロラワは、ここ数年で初めて、自力で目を覚ました。
窓から差し込む太陽はとっくに高く昇っている。いつもなら、ルイスが優しい声で起こしに来て、カーテンを開けてくれるはずなのに。
「……ルイス?」
屋敷は、しん、と静まり返っている。
不思議に思いながらパジャマのまま寝室を出て、とてとてと廊下を歩き、フロラワは執事室の扉をそっと開けた。
そこにいたのは、ベッドの縁に腰掛け、苦しそうに額を押さえるルイスの姿だった。顔は赤く、呼吸も少し荒い。
「……フロラワ様。申し訳ございません、少々、寝過ごしてしまいました。すぐに、朝食の準備を…」
「ルイス、お顔が真っ赤よ」
「いえ、これは…っ」
立ち上がろうとしたルイスの体が、ぐらり、と揺れる。フロラワは慌てて駆け寄り、その腕を支えた。触れた腕は、燃えるように熱い。
「熱があるじゃない!だめ!」
フロラワは、人生で初めてかもしれない真剣な顔つきで、ルイスをぐいっとベッドに押し戻した。
「ルイスは、今日はお休みです。これは、主人の命令よ」
その言葉に、ルイスは虚を突かれたように目を見開く。いつもは自分が言う側のセリフだ。
「しかし、あなた様のお世話が…」
「私のお世話は、私がするから。ルイスは、寝てること!」
そう一方的に宣言すると、フロラワは「何か、温かいものを取ってくるわ!」とくるりと背を向け、意気揚々と厨房へ向かった。
厨房では、フロワラ様の突然のご登場に、料理長以下、スタッフ全員が凍り付いた。
「わ、わたくしが何か作りますので、フロラワ様はお部屋で…!」
「いいの。私がやるの」
フロラワは、ルイスが病気の時に作ってくれる「蜂蜜入りの生姜湯」を思い出し、見よう見まねで挑戦を始めた。
しかし、生姜は皮ごと、蜂蜜は瓶の半分を投入。お湯を注げば、なぜか大爆発したかのように吹きこぼれる。阿鼻叫喚の厨房で、数十分後。
「……できたわ」
そこには、お世辞にも美味しそうとは言えない、どろりとした茶色の液体が完成していた。
フロラワがそれを執事室へ運ぶと、ルイスはベッドの上で呆然としていた。
「さあ、飲んで。特製よ」
「……」
ルイスは、目の前の「それ」と、得意げな主人の顔を交互に見つめた。そして、覚悟を決めると、それを一気に飲み干した。
「……大変、おいしゅうございます。体が、温まってまいりました」
「ほんと!よかったぁ」
(生姜の辛さと、喉が焼けるような蜂蜜の甘さで、熱がどうでもよくなっただけだ…)などとは、口が裂けても言えない。
ただ、自分のために一生懸命になってくれる主人の姿に、ルイスの胸は熱くなっていた。熱のせいだけではない。
「次は、おでこを冷やさないとね」
フロラワは、たらいの水をばしゃばしゃさせながら、タオルを絞る。しかし、絞り方が足りず、ベッドサイドは水浸しだ。
彼女が、びしょ濡れのタオルを自分の額に乗せた時、ルイスは思わず、その小さな手首を掴んだ。
「フロラワ様……」
見上げれば、心配そうに自分を覗き込む、潤んだ瞳。
いつもは眠たげなその瞳が、今はただ、自分のためだけに、不安に揺れている。
「……私がいないと、あなた、本当に何もできないのですね」
「う、うるさいわね。……ルイスがいないと、私、困るんだから。……だから、早く元気になってよね」
最後は、か細い声で。
それは、彼女なりの、最大級の甘えと、信頼の言葉だった。
「……はい。善処、いたします」
ルイスがそう答えると、フロラワは安心したように、ふわりと笑った。
そして、看病に疲れたのか、ベッドサイドの椅子に座ったまま、こくりこくりと船を漕ぎ始め、やがてすやすやと寝息を立て始めた。
熱で朦朧とする意識の中、ルイスはただ、自分のために奮闘してくれた不器用な主人を見つめる。
(ああ、本当に、敵わないな)
病人に看病され、挙句の果てに寝かしつけられている。執事としては失格だ。
だが、こんなにも満たされた気持ちで病床に就くのは、人生で初めてだった。
早く治して、最高級のパンケーキを焼いてあげよう。心に誓いながら、ルイスもまた、穏やかな眠りに落ちていった。
窓から差し込む太陽はとっくに高く昇っている。いつもなら、ルイスが優しい声で起こしに来て、カーテンを開けてくれるはずなのに。
「……ルイス?」
屋敷は、しん、と静まり返っている。
不思議に思いながらパジャマのまま寝室を出て、とてとてと廊下を歩き、フロラワは執事室の扉をそっと開けた。
そこにいたのは、ベッドの縁に腰掛け、苦しそうに額を押さえるルイスの姿だった。顔は赤く、呼吸も少し荒い。
「……フロラワ様。申し訳ございません、少々、寝過ごしてしまいました。すぐに、朝食の準備を…」
「ルイス、お顔が真っ赤よ」
「いえ、これは…っ」
立ち上がろうとしたルイスの体が、ぐらり、と揺れる。フロラワは慌てて駆け寄り、その腕を支えた。触れた腕は、燃えるように熱い。
「熱があるじゃない!だめ!」
フロラワは、人生で初めてかもしれない真剣な顔つきで、ルイスをぐいっとベッドに押し戻した。
「ルイスは、今日はお休みです。これは、主人の命令よ」
その言葉に、ルイスは虚を突かれたように目を見開く。いつもは自分が言う側のセリフだ。
「しかし、あなた様のお世話が…」
「私のお世話は、私がするから。ルイスは、寝てること!」
そう一方的に宣言すると、フロラワは「何か、温かいものを取ってくるわ!」とくるりと背を向け、意気揚々と厨房へ向かった。
厨房では、フロワラ様の突然のご登場に、料理長以下、スタッフ全員が凍り付いた。
「わ、わたくしが何か作りますので、フロラワ様はお部屋で…!」
「いいの。私がやるの」
フロラワは、ルイスが病気の時に作ってくれる「蜂蜜入りの生姜湯」を思い出し、見よう見まねで挑戦を始めた。
しかし、生姜は皮ごと、蜂蜜は瓶の半分を投入。お湯を注げば、なぜか大爆発したかのように吹きこぼれる。阿鼻叫喚の厨房で、数十分後。
「……できたわ」
そこには、お世辞にも美味しそうとは言えない、どろりとした茶色の液体が完成していた。
フロラワがそれを執事室へ運ぶと、ルイスはベッドの上で呆然としていた。
「さあ、飲んで。特製よ」
「……」
ルイスは、目の前の「それ」と、得意げな主人の顔を交互に見つめた。そして、覚悟を決めると、それを一気に飲み干した。
「……大変、おいしゅうございます。体が、温まってまいりました」
「ほんと!よかったぁ」
(生姜の辛さと、喉が焼けるような蜂蜜の甘さで、熱がどうでもよくなっただけだ…)などとは、口が裂けても言えない。
ただ、自分のために一生懸命になってくれる主人の姿に、ルイスの胸は熱くなっていた。熱のせいだけではない。
「次は、おでこを冷やさないとね」
フロラワは、たらいの水をばしゃばしゃさせながら、タオルを絞る。しかし、絞り方が足りず、ベッドサイドは水浸しだ。
彼女が、びしょ濡れのタオルを自分の額に乗せた時、ルイスは思わず、その小さな手首を掴んだ。
「フロラワ様……」
見上げれば、心配そうに自分を覗き込む、潤んだ瞳。
いつもは眠たげなその瞳が、今はただ、自分のためだけに、不安に揺れている。
「……私がいないと、あなた、本当に何もできないのですね」
「う、うるさいわね。……ルイスがいないと、私、困るんだから。……だから、早く元気になってよね」
最後は、か細い声で。
それは、彼女なりの、最大級の甘えと、信頼の言葉だった。
「……はい。善処、いたします」
ルイスがそう答えると、フロラワは安心したように、ふわりと笑った。
そして、看病に疲れたのか、ベッドサイドの椅子に座ったまま、こくりこくりと船を漕ぎ始め、やがてすやすやと寝息を立て始めた。
熱で朦朧とする意識の中、ルイスはただ、自分のために奮闘してくれた不器用な主人を見つめる。
(ああ、本当に、敵わないな)
病人に看病され、挙句の果てに寝かしつけられている。執事としては失格だ。
だが、こんなにも満たされた気持ちで病床に就くのは、人生で初めてだった。
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