告白

ナカムラ

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三年生

さいごの告白

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 私は、彼女の目を見ずに、顔を伏せて、思い切って言った。
「あの……あの……私ね……進行性の病でね……治らないみたいなの……」

 しばらく、沈黙が続いた。
彼女が、口を開いた。
「わかってたよ……結構、前から」
私は、驚いて目を丸くした。
「えっ? どうして……わかったの? 前からって、いつ……頃から?」
「うん。初めての彼氏の石野君と別れた後ぐらいかな? さっちゃんとさ、家庭科の時間に発表されたクラスで2人だけ受けられる手縫いの大会みたいなのあったでしょ」
「うん……」

 そう言いながら、私は、その頃の事を思い返していた。
そういえば、手縫いの大会が1年の時にあった。
クラスの中で裁縫ができる人が選ばれて、彼女は、即決で選ばれた。
私は、彼女に頼まれたんだっけ。
「さっちゃん。私1人だと不安なんだけど、付き合ってくれるかな」
「うーん。……わかった。いいよ。私も結構、裁縫は、得意なんだ」
「あー。良かった。さっちゃんと一緒なら、心強いよ」

 でも、いざ大会になると、彼女が綺麗に縫っていくのに対して、私は、全然、上手く出来なかった。
大会の担当の先生が、私の下手さを見て、驚いてゆっくり歩いていた足を止めたほどだった。

 私自身も謎だった。
手縫い得意だったはずなのに、縫ったところがガタガタになっていた。
でも、その時は、久し振りに手縫いしたし、深く気にも留めなかった。
「その時から、少し不思議に思ってたんだ。確かに、裁縫得意って言ってたのに、上手く出来てなかったから。あ、ごめんね」
「ううん……」

「その後から、段々、細かい事じゃなくても手元が狂ったり、歩き辛そうになってきて、でも、さっちゃんがどこまで自分で気づいてるのかもわからなかったし、気づいていたとしても、私が話したことでさっちゃんと気まずくなったりしたら嫌だったから」

 私は、変に感心していた。
私よりも早く、彼女は、私の異変に気づいていたのか。
さすが、親友だな。
彼女も私に話せなくて、辛い思いさせてしまったかも。
「なんか……ごめん……ね……」
「なんで、さっちゃんが謝るのさ。さっちゃん、何にも悪くないのに……シクッ……シクッ……」
彼女は、静かに泣き始めてしまった。
私と彼女は、車椅子のせいで不器用に抱き合って、泣いた。

 彼女が大学に入学すると、彼女から連絡が来たり、うちに来ることが、めっきり減った。
論文とか提出物が沢山あって、勉強しないと単位を落とすらしかった。

 でも、たまに来てくれると彼女の新しい彼氏の事で盛り上がった。

 彼の名前は、富澤豊(とみざわゆたか)。
同じ国立の大学で、彼は、工学部らしい。
将来は、大手の電機メーカーを目指してるらしくて、彼女から聞いた話だととても、優しそうだ。
ちなみに、弓ちゃんは、法学部で将来は、弁護士を目指ししているらしかった。

 私達が卒業した後は、ルーズソックスというものが流行り、今は、女子大生が注目を集めているらしい。
私は、ルーズソックスの流行ってる時期とは、外れたし、花の女子大生にもなれなかった。

 彼女も勉強が忙しくて、サークルに入ったりすることは、なく、大学の剣道部に入ったらしい。
彼女の大学の女子は、地味な子が多くて、彼女も特に大学生らしく、洋服や髪型をお洒落にしているわけでは、なかった。

 でも、少し、前の彼女と変わったのは、ブランドの流行りのすずらんの香水をかけていることだった。
どうやら、彼氏にプレゼントされたらしい。

 私は、グルメや観光地のガイドブックを買い漁った。
彼女が来た時に、彼氏とデートで行く場所を調べておくためだった。

 私の目の状態は、徐々に悪化していた。
目の前が、更に暗く見えるようになり、ガイドブックの写真や細かい文字は、余計見辛かった。
でも、彼女のために一生懸命に読んだ。

 それだけが彼女に私がしてあげられることだから。

 彼女は、来る度に私が探したデートスポットで撮った写真を私に見せてくれた。
それで、レストランで食べた物とかどんな話をしたかとかそんな話題で盛り上がった。
 
 彼女が来てくれたある日、私は、ふと疑問に思ったことを訊いてしまった。
「そういえば……私、弓ちゃんの……彼氏に実際に……会ったこと……ないな?」
彼女は、急に顔を曇らせた。
「う、うん。それは、ちょっとね……さっちゃんの事、見せるのは、ちょっと……」
彼女は、慌てて自分の口を覆った。
私は、酷くショックを受けた。
「それって……私みたいなの……彼氏には、見せ……られないって……こと?」
彼女は、対応に困ったのかいきなり、怒りだした。
「そ、そんなことないってば。そもそも、さっちゃんの事、彼氏に話してないし。だって、話せないでしょ」

 私は、茫然自失となった。
「えっ……どういう……」

 彼女は、今まで溜まっていた気持ちを吐き出すように、勢いよく話し出した。
「私は、昔とは、違うの! 新しい友達も出来たし、あなたみたいな友達がいるって話したら、私の友達が私から離れちゃうでしょ。それに、あなたのためにデートに行って写真まで撮りに行く身にもなってよ。そんなことしてたら、単位危ないんだって!!」

「もう……いいや……帰って……」

 彼女は、我に返ったらしく、ひたすら、今度は、私に謝った。
「ごめん。ごめんなさい。さっちゃん。言い過ぎた。ごめんね」

「いいから……帰ってってば……」

 彼女は、項垂れて、帰っていった。
 
 私のショックは、大きかった。

 私のこと、弓ちゃんは、彼氏にも友達にも話してなかったんだ。
ガイドブックで色々調べたことも、彼女にとっては、迷惑だったんだ。
そうだよ。
考えてみれば、高校の時も、あんな大切な時期に学校での私の世話も迷惑だったかもしれない。
私って彼女にとって、もう、お荷物なんだ……

 そんな事を思っていると、能天気に他の部屋にいたお母さんが現れた。
「もう帰ったみたいね。弓ちゃん。あれっ? 華恋泣いてるの?」
私は、軽く頷いた。
「まぁ、大丈夫よ。友達なんだから、すぐ仲直りするって」
私は、お母さんに心配をかけないように無理矢理、笑って見せた。

 彼女は、それ以来、私に連絡することもなく、家に来ることもなくなった。

 彼女が大学2年生になって、しばらく経った頃、私は、お母さんと先生との話し合いで、入院することになった。
もう、私の体の状態は、お母さんが面倒をみる状況では、ないらしい。

 とうとう、私が入院する時が来た。
私は、産まれてから、ずっといた自分の部屋を見回した。
もう、ここには、戻って来れないかもしれない。
私が感慨に浸っていると、弓ちゃんが写真の中でしか見たことがない男性を連れてきた。

 私は、あまりに急なことに、幻を見ているのかと思った。

 彼女は、私にお構い無しに喋り始めた。
「あのね。彼と結婚することになったの。実は、子供が出来たの。しばらく、休学して、私、弁護士ちゃんと目指すからね。……さっちゃんの事、あの後、反省してすぐに話したんだよ。友達にも、豊(ゆたか)にも。豊は、特に、さっちゃんに会いたがってね。でも、私のつわりが酷くなっちゃって、なかなか会いに来れなかったの。連絡も直接、さっちゃんに話したかったから、出来なかったの。ごめんね」

 彼女が私に話している間、弓ちゃんの彼氏は、居心地悪そうにしていた。

 私は、静かに彼女に言った。
「あの……悪いんだけど……これから……私……入院で……もう……行かなくちゃ……」

 彼女は、私の様子で、もう彼女に会いたくないことを察したようで、自分で自分を納得させた。
「そ、そうだね。うんうん。そうそう。大変な時になんかごめんね。結婚式には……まぁ、いいや……またね」
「うん……」
私は、適当に返事をした。
彼女達は、そそくさと帰っていった。

 病院へは、お父さんが運転する車に乗って行った。
お父さんが、少し涙声になってポツリと言った。
「何でお前が……」

 私は、病室に着くと、お父さんは、仕事に戻って、お母さんは、入院手続きに行った。
私は、ベッドに横になりながら、彼女について色々、頭を巡らせていた。

 私は、彼女が相変わらず付けてくるすずらんの香りが苦手になった。
その香りから、彼女の充実した大学生ライフが窺われるからだ。

 彼女は、友達と毎日、大学で会って、彼氏と楽しく過ごして、彼女のことだから、将来は、きっと、弁護士になって、これからも人生は、進んでいく。

 それに比べて、私は、今、恐ろしいスピードで症状が悪化してきて、ただただ、毎日、苦しくて辛いだけだ。
そして、最後は……。

とにかく、彼女のことが妬ましい。

 嫌だ。嫌だ。
私は、いつから、こんなにひねくれてしまったのだろう。
前は、彼女のこと、いつも応援していたのに……。
なんだか、とても、眠い……。

 目を覚ますと、お母さんが心配そうに、私の顔を覗き込んでいた。
お母さんは、ホッとした表情で言った。
「良かったー。1週間くらい眠ってたわよ。今、先生呼ぶからね」

 お医者さんは、私のことをしばらく診察すると、病室の外にお母さんを呼んだ。
戻ってきたお母さんの顔は、明らかに強ばっていた。
「華恋。今は、とにかく、ゆっくり休んで、大丈夫だからね」
私は、もう頷くことも出来なかった。
お母さんは、慌てて病室の外に出た。
しばらくの間、お母さんのすすり泣く声が病室に漏れ聞こえた。

 私は、眠っては、数日後に起きることを繰り返すようになった。
段々と、眠っている間隔も長くなってきた。
起きている間も、ほとんど頭が働くなっていた。

 私は、また久し振りに目を覚ました。
お母さんが、また、心配そうに私を覗き込み、私が薄目を開けた事を確認すると、ナースコールですぐに、お医者さんを呼んだ。
いつもは、仕事でいないお父さんが部屋の端っこの方でチョコンと座っているのが見れた。

 私には、きっと、もうすぐで人生の終わりが訪れる。

 早足で、カツカツとヒールの音が近づいてくる音が私の病室に響いた。
「さっちゃん……来たよ……わかる?」
お母さんが彼女が来た理由を話してくれた。
「お母さんね。弓ちゃんのこと呼んだの。華恋の大切な友達だから。弓ちゃんね。ウェディングドレスの試着中だったんだけど、華恋のところに飛んで来てくれたのよ」

 私にも、うっすらと彼女の姿が見れた。
もう、暗くしか見えないはずなのに、その時だけは、彼女の着ている純白のウェディングドレスが眩しく見えた。
その純白が私のひねくれていた心を浄化してくれた。

 私が右手をモゾモゾと動かしている様子を見て、お母さんが、私の酸素マスクを外してくれた。

 私は、弓ちゃんに人生で最期の言葉をかけた。


    「あり……が……と……う」


         了
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