淡雪の子守唄

雪桜 モノ

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邂逅

紅月色と紅月色

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 吹雪のやんだ白の中、小さな灰色が駆ける。その度に近くに白が舞うがそれでも速さは落ちない。
 
 
 「ウォン」
 
 紅月の目は一点を見る。紅月の目の前を走り抜ける大きな生き物。足は細く首は少し長く、ツノはとても雄々しい。
 
 それは紅月から逃げていた。長いその足で駆け抜け、逃げようと足掻いていた。
 
 「ガゥ!」

 だがそれはすぐに押さえ付けられる。紅月の一鳴きで、どこからともなく現れた青い炎に穿たれて。
 
 勢いのままに倒れ込むその生き物の首に紅月は噛み付く。小さいながらもその様は正しく獲物を狩った狼だった。強く気高い狼の牙の前では雄々しい角をもつ生き物でもすぐに息絶えた。
 
 
 それをずるずると引き摺り、紅月は白に灰色に赤が滲んだ線を引いていく。吹雪くことなくまた降り出した白が、その線をゆっくりと消していく。
 
 
 
  □■□■□■□■□■□■□
 
 
 男が目を覚ますと何かが燃やされていた。どおりで暖かいわけだとどこかズレたことを考えるが、目の前に燃えるものがトロッコの破片ではないかとうっすらと思う。やけに手入れされた岩肌には少しだけ人の手の跡があり、近くにトロッコがいくつか置いてあったからだ。
 
 そしてすぐに男は異常性には気づく。燃える箱の向こうでは雪が降っていて距離感が取れなくなっていた。
 
 荷物取りにあったのではと荷物を確認するが高価な首飾りも取られておらず、荷物は何一つ無くなっていなかった。もともと多くを持つ性格ではなかったのだが。
 
 現状に困惑しつつも革手袋を外し火へと手を翳す、悴んだ指先は少し赤くなっていて、もう少しすれば凍傷になっていたのではないかと男をゾッとさせた。
 
 
 洞窟の主が帰ってきたのはそれから幾らも経たぬ頃だった。
 
 
 犬にしては大きく、狼にしては小さい。灰色の毛並みに紅い目をもつそれは子狼のようだった。
 
 そしてその子狼は大きな牡鹿の首に噛み付いている。それに気づいた男は困惑した。普通の子狼ならばその牡鹿を狩るための速さなど出すことは出来ない。狼でも子供なのだ、筋肉は未発達で、発達しきった草食動物の速さに追いつけるものでは無い。
 
 
 だがその紅い目には力が篭もり、知性も感じられる。ただの子狼ではないのだとすぐに感じられた。そしてその子狼は牡鹿を引き摺ったままに自らの目の前に来る、次に狩られるのは自分では無いかという恐怖が過ぎり手が震える。
 
 
 悴んだ手では素早く剣を抜くことは難しく、牡鹿を狩れる速さを持つ子狼に勝てるなど思ってはいない。通常ならば勝つことは出来たかもしれないが、弱った体では無理だと男は自覚していた。
 
 思わず硬直し、震える男の前で子狼は牡鹿の首を離す。どさりと離された牡鹿が音を立てるが、それでも男は子狼から目を離すことは無かった。
 
 
 《腹は減ってはいないか》
 そして静かに高い声が男へとかけられ、男は気づいた。
 
 その声が目の前の子狼から発さられるものだと。
 
 
 「は、腹は減っている…これをくれるのか…?」
 「ウォン《全てはやらない、内蔵と肉を少しは返せ》」
 
 
 全てではなくとも立派な牡鹿だ。それだけでも男の腹を膨らませるには十分である。男は唖然と目を牡鹿に落とし、慌てて懐からナイフを取り出して捌き出す。
 
 
 良くは分からないが自分に恵んでくれるのだ。この子狼は。腹が減りこの雪の中で獲物を狩る方法を持たない男にとっては願ってもないことだった。
 
 
 
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