剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

文字の大きさ
8 / 86

8. 三ヶ月間の協定

しおりを挟む
「さぁ、この調子で次の群れを探しに行きましょう!」

 とてもスムーズに最初の群れを殲滅させられた事に気を良くしたアンナは、気持ちが高揚したまま次の群れを探そうと意気込み、周囲を見渡していた。

 けれども、直ぐにでもこの場から歩き出して行きそうなアンナの様子に、ルーフェスは後ろから冷静に釘を刺したのだった。

「待ってアンナ。まず先にツノの回収しないとこの場から移動出来ないよ。」

 解体作業という、この討伐で一番重要な納品物の回収がまだ残っていたのだが、それが彼女の頭の中から抜け落ちていたのだ。

「……そうだったわね……」
 ルーフェスの指摘を受けると、アンナは改めて周囲に横たわっているニードルラビットの死体を見回した。

 八本の角を回収するのに、一体どの位時間がかかるだろうか……

 ギルドから借りていた、解体用の糸鋸を取り出し、二人は身を屈めて一人一匹づつツノの切り落とし作業に取りかかった。

 キコキコキコ…

 キコキコキコキコ…

 黙々と作業をする事十分。やっと一本を切り落とす事に成功した。一人一本なので、この時点で手に入れられた角はニ本である。

「群れを倒すのは一瞬なのに、一匹のツノを解体するのに十分もかかるの……?!」
 頬に張り付いた髪を拭いながら、アンナはその効率の悪さに、愕然とした。

「だから僕、ギルドでそう言ったじゃないか。まぁ、慣れればもう少し早く解体できると思うけど……」
 ルーフェスは呆れつつも、作業の手を止めないでくれている。

 そんな彼の姿に、申し訳ない気持ちが押し寄せた。
「ごめんなさい……」
 自分の考えが甘かった事でまた面倒な依頼に巻き込んでしまったと、アンナは小さな声で謝った。

 すると申し訳なさそうに謝罪する彼女を見て、ルーフェスは軽く微笑むと「ま、頑張ろうか。」と言っての背中をポンっと叩いて励ましたのだった。

 どこまでも良い人である。

 それから二人はニードルラビットの群れを求めて場所を移動しながら、討伐と解体を繰り返し、すっかり日が暮れた頃になんとか目標の三十本を達成する事が出来たのだった。

「やった……。やっと三十本揃ったわ!!」
 腰を屈めて角を解体するという思ってた以上の重労働を成し遂げた開放感で、アンナは両腕を挙げてその達成を喜んだ。

「うん。お疲れ様。」
 そう言って彼女を労うルーフェスにも、疲労の色が見て取れる。汗を拭うと、少し休息する為にその場に腰を下ろしたのだった。

「ルーフェス本当に有難う。私一人だったらこれ……今日中に終わらせるのきっと無理だったわ……」
 彼に合わせて、アンナも屈み込みルーフェスの目を見て改めてお礼を言った。

「昨日も思ったけど、君って少し向こう見ずみたいだよね。ちょっと見てて心配だったよ。」
「……なんか、すみません……」
 やんわりと諭されて、アンナは身を小さくした。自分でも若干自覚があるからだ。

「君の調子で、今まで一人で無事にやってこれたのかも知れないけれども、でも、あんまり無茶はしないようにね。この仕事は本当に危険なんだから。」
 柔らかく笑ってはいるが、アンナの身を案じるルーフェスの目は真剣だった。

 そんな彼の様子に、アンナは話を切り出すなら今しかないと、昨日から考えていた提案を彼に持ちかけたのだった。

「あの……。私の事心配してくれるのならば、貴方さえ良ければなんだけども……暫く私と組んで一緒に仕事してみない?昨日と今日一緒に仕事をしてみて、二人の方が受けられる依頼の幅も広がるし、お金が稼ぎやすいって分かったのよ。それに、貴方との仕事はとてもやりやすかったの。だから、その……」

 また一緒に仕事をしたい。

 そう伝えようとしたのだが、彼女の言葉はルーフェスからの問い掛けによって遮られてしまった。

「それは、いつまで?」
「えっ……?えっと……?」

 イエスかノーでしか回答が返ってこないと思い込んでいたアンナは、いきなりの問いに戸惑った。具体的なことは了承を得てから決めれば良いと思っていたからだ。

(……とりあえず一ヶ月?いや、でもこんな腕の良い人を一ヶ月で逃すのは惜しいわ。それならば二ヶ月?ううん……いっそ……)

「三ヶ月……、三ヶ月間でどうかしら?」

 どうせなら自分が十八歳になる迄の間、なるだけ安全に、それでいて実入りの良い仕事をこなしたいと、指を三本立てて突き出し、思い切って三ヶ月を提案したのだった。

 そんなアンナからの提案に、ルーフェスは神妙な顔つきで「三ヶ月……」と呟き、そして押し黙った。それは、何かを憂慮し、思い悩んでいる様子だった。

(どうしよう、失敗したかも……)

 悩む彼の様子に、まだ二回しか会っていないのに、いきなりこの提案はあまりにも厚かましかったかと、アンナは後悔をし始めていた。

(断られるかもしれないとは、あまり考えて居なかった。軽率だったわ……。折角知り合ったのに、ここで縁が切れてしまうのならば、言わなければよかったかも……)

 黙って彼の返事を待っているが、アンナの胸の内は不安で一杯だった。彼が口を開くまでは、わずか数秒だったのに、その間がとても長く感じられたのだ。



「……分かった、三ヶ月間だね。いいよ、一緒にやってみようか。」
 暫くの沈黙の後、穏やかな声でルーフェスは答えた。
 先程までの硬い表情ではなく、柔らかい笑みを浮かべて、彼はアンナの提案を了承したのだ。

 彼の考え込む様子が気になって、きっと良い返事を貰えないと思っていたアンナにとって、それはこの上ない程の嬉しい返答であった。

「有難う!!」
 アンナは思わずルーフェスの両手を取ると、心からの感謝を伝えた。

 心強い味方を手に入れられたことに、彼女は心の底から安堵したのだが、この想いは厳密にはそれだけではなかった。
 ルーフェスとの縁がここで切れなかった事への安堵が、少なからず混ざっていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々
恋愛
 没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。  金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。  互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。  アンリエッタはそう思っていた。  けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?   *この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。   ーーーーーーーーーー *主要な登場人物* ○アンリエッタ・ペリゴール いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。 ○クロード・ウェルズリー 一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。 ○ニコル アンリエッタの侍女。 アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。 ○ミゲル クロードの秘書。 優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...