剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

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49. 最後の一人

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「それじゃあ、ルーフェスが冒険者ギルドに登録して仕事をしていたのは、家を出る下準備だったの?」

「そうだよ。十八歳の誕生日を迎えたら出て行くつもりで準備していた。」

 先程より柔らかい、いつもの柔和な表情でルーフェスは自身の説明を続けてくれた。

「僕の戸籍は、ジェフが作ってくれたんだ。赤ん坊の頃、ジェフが捨てられていた子供として孤児院に僕を連れ込んで、そこで孤児ルーフェスとして、僕と言う人間の戸籍を作ってもらったんだ。」

 だから一応戸籍はあるんだと、彼は一枚の書類を見せてくれたので、アンナは少しホッとした。生まれた時から居ないものとされてきたと聞いて心を痛めていたが、ちゃんとルーフェスという人間の存在を肯定するものが有ると分かって、少し安心したのであった。

「未成年のうちは僕が居なくなったら、身元保証人であるその孤児院に迷惑がかかる可能性があったから動けなかった。だから成人して孤児院が僕の責任を負う必要が無くなる時まで我慢していたんだよ。」

 やっと自由になれる……

 かろうじで聞き取れるくらいの小さな声で彼が呟いたのをアンナは聞き逃さなかった。

「貴方が家を出るつもりでいる事、お兄様は知ってるの?今までルーフェスが代わりを務めていた事どうするつもりだったの?」
「リチャードとは話してあるよ。加齢とともに魔力が衰えるって事はよくある話だから、単純に、成人したら攻撃魔法が使えなくなった。そういう筋書きで行こうって。」

 それから彼は自分がどうやって公爵家から抜け出そうとしているかも教えてくれた。

 彼は、自分自身は公爵家から逃れてしまえば後はどうとでも出来るのだが、彼の親しい人、親身に世話を焼いてくれた使用人であるジェフとニーナを盾にして公爵が自分を連れ戻そうとするであろう事が予測出来たので、まずは理由を付けて二人を解雇して公爵から遠くへ逃した後で、自身は目立つ様に川へと飛び込んでわざと溺れて見せて、ルーフェスは死んだと印象付けてから平民として暮らしていこうと考えていると、その計画を話してくれたのだった。

「冒険者ギルドでは一年位前から仕事をしていた。手っ取り早く生計を立てれるからね。そのつもりで、子供の頃からジェフに色々教えてもらっていたんだ。」
「あぁ、だから剣も、体術も、何でも出来るって言っていたのね。」

 アンナの相槌にルーフェスはゆっくりと頷いた。

「そう。僕が幸運だったのは、僕の世話をしてくれる人がジェフだった事だ。彼は、本当に色んな事を僕に教えてくれたんだ。」
「良かった……。一人でも貴方を守ってくれる大人が側に居て、本当に良かった……」

 彼の過酷な身の上に、アンナは心底心を痛めたが、ジェフと言う、彼に寄り添ってくれた大人がいた事に心の底から感謝していた。

「けれど公爵家から出て、市井で暮らすとしても貴方の顔はお兄様と瓜二つなのよ。それは大丈夫なの?」

「それは……顔を半分くらい焼こうと思っていた。」

 平然と言ってのけるルーフェスと対照的に、それを聞いたアンナは驚愕した。

「何でそんなっ!!貴方が傷付かなきゃいけないの?!自分の顔なのに!!」

 余りの理不尽さに、思わず椅子から立ち上がると、大きな声を出してその考えを否定したのだった。

「物理的に顔を変えるには、そうするしかないと思ってたんだよ。けど……」

 立ち上がったアンナを宥めて、椅子に座り直す様に勧めながら彼は続けた。

「ここ一年、市井でギルドの仕事してみて、意外とバレない物だなって分かったから、まぁ、このままの顔でも何とかなるかなって今は思ってる。貴族と平民とでは、接点が無くって誰も気にしないんだよね。」
「そうよ、だって貴方の顔なのよ?何で変えなきゃいけないのよ。なんだか腹が立ってきたわ。」
「ふふっ、怒ってくれてありがとう。」

 目の前で自分の事を本気で心配し、憤慨してくれるアンナに、彼は目を細めた。

「そうだね。流石に王都は避けるけれども、どこか地方でならばこの顔でも平民として生きていけるかなって今は思ってるよ。」

 そこまで言うと彼女を安心させる様に、悪戯っぽく笑いかけた。

「西側なんていいかもな。あそこは魔の森があるから魔物も多いし冒険者の仕事にも困らなそうだ。」
「それは良い考えね、地方で暮らせばきっと分かりっこ無いわよ。だから、顔を自ら傷つけるなんて馬鹿な真似はやめてね?」

 心配そうに顔を覗き込むアンナに、ルーフェスは大丈夫だよと笑って頷いた。

 彼の様子に、今はもう顔を焼くなどと言う無茶を考えていない事が窺えたので、アンナはほっと胸を撫で下ろすと、続きの質問を投げかけたのだった。

「ギルドの仕事を始めたのが一年前って、それまでの間は貴方はずっとここで一人で過ごしていたの?」

 ジェフとニーナという、親身に世話をしてくれる人が2人居たことは分かったが、それ以外に本当に彼の周りには誰もいなかったのか気になっていたのだ。

「うん。時々、ジェフがバレないように外に連れ出して街の様子を見させてくれたりはしたけども、基本的にはそうだね。あぁ、後はリチャードの替え玉やらされる時も外には出てたな。」

 またしてもルーフェスは平然と言ってのけるが、それがどんなに異常な事なのかはアンナでも分かる。これは軟禁ではないのか。

「この小屋と狭い庭の中が僕の世界だった。ジェフとニーナ、それからこっそりと時々遊びにやって来てたリチャード。僕に好意的に接してくれるのは、僕が心から信頼出来たのはその人達だけだった。」

「それから……」

 その先を言いかけてルーフェスは一度視線を外してからチラリとアンナの方を見た。

「……何?どうしたの?」
「……いや、何でも無い。」

 彼はアンナから視線を外すと何か言い淀む様な素振りを見せたが、結局何も言わずに開きかけた口を閉じると、一呼吸置いてから再び口を開いた。

「五年前にリチャードがリリアナと婚約して、それからはリチャードと一緒に時々彼女も僕を訪ねて来てくれるようになった。そして君と出会って、君と一緒に仕事をして、観劇をして、君を通じてエヴァンやエミリアとも知り合って、少しずつ僕の世界は広がって、この三ヶ月はとても楽しかったよ。」

 そう言ってルーフェスは照れ臭そうに微笑むと床に膝をつき、座ってるアンナの手を取って、彼女の目を見つめながら自分の想いを伝えたのだった。

「だから、君には本当に感謝してるんだ。」

 その態度はまるで物語の王子様がお姫様に愛を囁くかの様にとても誠実で、彼が向ける真っ直ぐな眼差しに、アンナの身体は熱くなり、鼓動は早鐘を打つように踊った。

「そ……そうだ。五十年前のルオーレ家の魔力爆発事故について調べてたのも、双子の呪いについて確かめたかったからなの?」

 恥ずかしさに耐えられず、アンナは目を逸らすと、話題を変えたくて咄嵯に思いついた事を彼に訊ねた。

「うん。双子は呪われてなんかいない。ルオーレ家の魔力爆発事故だって、きっと何か原因があって、起こるべきして起きた事故だったんだと思うんだ。それが解明できたら、僕達も双子として生きていける道もあるんじゃないかって。リチャードと手分けして調べてたんだけど……。結局、有力な情報を得られなかったから、だからこのまま僕はこの家から抜けて、一般市民のルーフェスとなるよ。」
「けれどもそうなったら、貴方達兄弟は、もう二度と会えなくなるのでは?」

 それはあまりにも寂しいのではないだろうかと、心配するアンナだったが、彼はそんな彼女に何かを諦めた様な笑顔を向けたのだった。

「そうだね。……でもそうするしか無いんだよ。僕が自由に生きるには。」

 話を聞く限り、ルーフェスとリチャードの兄弟仲は良好そうだし、何よりルーフェスがリチャードの事を信頼していると言っている。

 それなのに、このような理不尽な噂のせいで仲の良い双子が、訣別しなくてはならない事が腑に落ちなかった。

 アンナにとって、弟のエヴァンはたった一人の肉親であり、とても大切な存在なのだ。

 だから、分かる。
 大切な兄弟と二度と会えなくなる事がどれほど辛い決断だったのか。

「貴方は、本当にそれで良いの?」
「えっ……?」

 アンナの問いかけに、ルーフェスは虚を突かれたような表情をした。

「諦めるのはまだ早いと思うの。……ルーフェス、今から私と一緒に来て?」

 アンナは凛とした表情で彼の腕を掴んで立ち上がらせると、そのまま腕を引っ張ってドアへと向かったのだった。

「待ってアンナ。一体どこに行くつもりなの?」
「最後の一人に話を聞きに行くよ。」
「最後の一人って……?」

 ルーフェスは事情が分からず、アンナの急な行動に戸惑った。

「私見つけたのよ。ルオーレ家に当時勤めていた使用人で生き残った人を。だから、今から会いに行きましょう!」

「本当に?!!」

 ルーフェスはアンナの言葉に驚きの声を上げると、彼女の両腕をがっしりと掴み詰め寄った。

「う……うん。貴方と会っていなかった間に、聞き込んで探したのよ。」

 少し事実を誤魔化したが、嘘は言っていない。

「有難う!!」

 ルーフェスはアンナの話を聞くと、感極まって思わず彼女の腕を掴む手に力を込めてしまったのだが、彼女が痛そうにしているのに気づき、慌てて手を離した。

「ごめん、痛かったよね。」
「気にしないで、これ位なら大丈夫よ。」
「けれど、そっか……。そうなのか……。まだ可能性はあるのか……。」

 ルーフェスは嬉しそうに呟くと、噛み締める様に何度も繰り返した。

「そうよ。まだ可能性はあるのよ。だから、最良の結末を最後まで諦めないでね。」

 アンナは彼の手を取りながら微笑むと、励ますように握ったのだった。
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