剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

文字の大きさ
54 / 86

54. 庭園での出会い

しおりを挟む

 あまりにも情報量の多い一日だったので、アンナはいつもより疲弊してベッドに入ると、そのまま瞬く間に深い眠りへと落ちて懐かしい夢へと誘われていた。

 それはアンナが十歳の時に、クライトゥール公爵家のガーデンパーティーに招かれた時の記憶で、夢となってアンナに蘇って来たのだった。





 その日アンナは公爵家のガーデンパーティーに招待されていたのだが、お手洗いに行くために会場から離れたら、そのままパーティー会場とは別の庭園に迷い込んでしまったのだった。

 先程までの華やかで騒がしいパーティー会場とは違い、しんとしてそれでいて四季の花が美しく咲き乱れているその庭は、まるで幻想の世界に入り込んだ様であったが、先程までいた会場と違い賑やかさが完全に消え失せた人気のない静寂のこの場所に、アンナは少し怖くなっていた。

 ふと、生垣の向こうに、人の気配を感じて覗き込むと、そこには自分と同じくらいの年頃の銀髪の男の子が剣の素振りを行っていたのだった。

「あのっ……!!」

 人が居たことに安堵して、アンナは迷わず男の子に声を掛けると、男の子はびっくりした顔でこちらを見た。

「誰……?」
「怪しいものじゃないです、招待客です。アンナ・ラディウスと言います。お手洗いからパーティー会場に戻る時に道を間違えてしまったみたいで、ここに辿り着いたの。」

 アンナが慌てて説明をすると、少年は困った様に彼女を眺めた。

「君はアンナって言うの?」
「はい。」
「僕は……」
「リチャード様よね。先ほどお見かけしたわ。この公爵家の嫡男様の。」

 アンナは目の前の少年の姿を先程ガーデンパーティーの中心で見かけていたので、得意げに笑うと彼が名乗る前に名前を言い当てて見せたのだった。

 するとその男の子は酷く困惑した顔で一瞬押し黙ったが、直ぐに真面目な顔になってアンナに優しく語りかけた。

「パーティー会場はここから反対側ですよ。真反対。誰かに案内させましょう。」
「貴方は戻らないの?」
「僕はあそこには居てはいけないので。」

 主賓側なのにパーティー会場に居てはいけないとはどういう事だろう?子供ながらに疑問に思ったが、しかし彼女の興味は直ぐに別のものに奪われたのだった。

「ねぇ、それは貴方の剣なの?」

 アンナは男の子の手の中にある、細身の剣を見ると、まるで宝物でも見つけたかのように目を輝かせたのだ。

「うん。練習用の模造刀だよ。本物の剣は危ないからってまだ持たせてもらえない。君は剣に興味があるの?」
「うん、剣術は好きよ。お父様が直々に教えてくれるから。うちは騎士上がりの男爵だし、娘の私も小さい時から剣を持たされているんだ。」

 そう言うとアンナは抜刀する仕草をしてみせた。

「それって親にやらされてるの?嫌じゃないの?」
「全然?剣の練習楽しいよ。そもそも、私身体を動かすのが好きだから。貴方は違うの?熱心に一人で素振りしてた位だから、好きなんじゃないの?」
「僕の場合は好き……とはちょっと違うかな。これは訓練。絶対に必要な訓練だからね。必死にやってるよ。でも、僕も身体を動かすのは好きだな。」

 そう言うと少年は、やっとアンナに対して笑顔を見せたのだった。

「ねぇ、私、貴方と手合わせしてみたいわ!!」
「えっ?!今?!!」

 唐突な彼女からの申し出に、少年は思わず大きな声を上げて驚いた。まさかドレスを着た令嬢から模擬戦を申し込まれるなどとは思ってもみなかったからだ。

「うん。駄目かな?私自分と同じくらいの子供と手合わせしてみたいのよ。」
「残念だけど無理だよ。剣が一本しか無いからね。」

 アンナは縋るような目でお願いしてみたが、彼は冷静にそれを断ったのだった。

 アンナはしょんぼりと肩を落とすも、直ぐに気持ちを切り替えて、別の提案を彼に持ちかけた。

「よし、じゃあ他の事で遊びましょう。」
「は?!なんでそうなるの?!」

 さっきから突飛な事ばかり言う彼女に、少年は振り回されっぱなしだった。

「だって、パーティー会場にいてもつまらなかったんだもん。貴方だって退屈だからぬけだしてきたんじゃないの?」
「けど、君遊ぶって……その格好で外遊びをするつもりなの?」
「あっ……」

 彼に指摘されて、アンナは今、自分がパーティー用のドレスを着飾っている事を思い出した。

「……大丈夫、きっと大丈夫!!」
「僕は全然大丈夫じゃないと思うよ?だめだよ、折角綺麗な格好してるんだから。ドレスを汚したら怒られるんじゃないの?」

 呆れたように彼女を諭すと、アンナは少し悲しそうな顔をした。

「あー……。実は既に汚れてるんだよね……」

 そう言って、彼女は先ほどかけられたジュースの染みを彼に見せたのだった。

「飲み物こぼしたの?」
「違うわよ、全然知らない子に意地悪な事を言われてジュースをかけられたの。爵位が低いから、こういった身分が高い人のパーティーだと、意地悪されること多いの。だから向こうにあまり戻りたくないのよね……」

 アンナはそう言うと、悲しそうな表情のままそれを押し隠すかのように笑ってみせた。

「意地悪されること、親には言ったの?」

 少年はそんなアンナの様子を見て、心配になったのか優しい口調でそう問いかけると、アンナは首を横に振った。

「言えないよ。爵位が低い者が上の者に抗議なんて出来るわけないから言ってもお父様を困らせるだけだもの。私がちょっと嫌な思いをするだけで、収まるんだからそれでいいのよ。」
「でも、君がそのちょっとの嫌な思いでも傷付くよ。」
「気遣ってくれて、有難う。でも、私が我慢すれば解決する事なら我慢できるよ。周りのみんなを困らせたくないんだ。」

 そう言ってアンナは、若干十歳の子供とは思えない憂いを帯びた物悲しい顔で微笑んだのだった。

「……そっか。じゃあ、既に汚れてるんならもっと汚れても良いよね。何して遊ぼうか?」

 いじらしく話す彼女に、少年は思わず心を動かされた。そして本当はいけない事なのに、彼女が元気になれるのならばと一緒に遊ぶ事を承諾したのだった。

「本当?!それならこのお庭を案内して!ここはとても素敵な庭園ね。」

 彼の言葉に嬉しくなって、アンナは顔を綻ばせながらお願いをした。

「あれ?そんなことで良いの?」

 今までの彼女の言動から、彼はもっと体を動かす遊びを要求されると思っていたので、この要望は些か拍子抜けだったのだが、けれども彼女は、悪戯っぽく笑うと彼の手を取って追加で注文を付け加えたのだった。

「案内してもらった後で、ここでかくれんぼをしましょう!」
「分かった。おいで、先ず庭を案内してあげるよ。」

 そう言うと少年も笑って、彼女の手を引いて庭のお気に入りの場所へ案内したのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々
恋愛
 没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。  金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。  互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。  アンリエッタはそう思っていた。  けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?   *この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。   ーーーーーーーーーー *主要な登場人物* ○アンリエッタ・ペリゴール いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。 ○クロード・ウェルズリー 一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。 ○ニコル アンリエッタの侍女。 アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。 ○ミゲル クロードの秘書。 優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...