69 / 86
69. 告白
しおりを挟む結論から言うと、ルーフェスに会いたいというアンナの願いは、翌日いとも簡単に叶った。
一夜明けてラディウス男爵位をかけた審問会当日の朝、アンナがいつもより気合を入れて身支度をし、不安な気持ちを落ち着かせるために目を閉じて一人で集中していると、そんな折に、彼が訪れて来たのだ。
「早い時間にごめんね。でもこの時間なら確実に会えると思って。」
「ルーフェス?!」
突然やってきたルーフェスに、アンナは驚きの声を上げるも、素直に彼の来訪を喜んだ。彼はいつもと同じローブに身を包んで穏やかに微笑んで立っていたのだ。
そう、いつもと同じ格好で。
「あれ?まだローブを被っているの?もうそれは必要ないんじゃ無いの?」
彼がローブを纏って顔を隠していた理由は一昨日解決したのに、何故まだ顔を隠すような格好をしているのかとアンナは首を傾げた。
「あぁ……。これは、一昨日の件で前とは違う意味で、この顔で外を歩きにくくなったからだね。」
そう言って彼は苦笑した。一昨日、大勢の人の前で情熱的な公開プロポーズを披露した双子の兄と同じ顔の為、外を歩けばどうしても人々の視線を集めてしまうのだ。
「……そうね。」
その演出を仕組んだ身として、アンナは少しバツが悪そうに目を逸らした。
「それにしても、貴方にこんなに早く会えるとは思ってなかったわ。国王陛下は許してくださったの?」
「その事なんだけどね、どうしても今日中に君に話さなくてはいけない事があってね。僕に時間を貰えないかな?」
ルーフェスは、少し緊張した面持ちでアンナの手を取ると彼女の目をじっと見つめた。
「えぇっと、今すぐじゃないとダメかしら?私これから行かなくてはいけない所があるの。」
アンナは彼の真剣な眼差しに頬を赤らめるも、少し困ったような顔をした。今すぐにでも彼に時間を作ってあげたい気持ちはあるのだが、アンナには今、何よりも優先しなくてはいけないことがあったのだ。
「あぁ。今直ぐじゃなくてもいいよ。そっか、アンナの都合も確認せずに押しかけてごめんね。その予定の後にでも話が出来るのならば、ここで待っててもいいかな?」
「それは構わないけど……」
アンナは、静かに座って本を読んでいる弟に目をやった。ルーフェスがここで待つと言うのならば、エヴァンの許可も必要であろうと弟の様子を伺ったのだ。
「一緒に行けば?」
エヴァンは読んでる本から顔を上げずに二人にそう告げると、淡々と言葉を続けた。
「俺とこの人が二人で留守番だなんて間が持たなそうだから嫌だよ。それならこの人も一緒に連れてってよ。」
「エヴァン、中々酷いこと言うね……」
ルーフェスがそう言いながら苦笑するも、アンナは少し考える素振りをみせて、そして弟の助言に従った。
「そうね……。お願い、ルーフェス一緒に来てくれないかしら?」
「それは構わないけど、一体どこへ?」
「裁判所。行く途中で、私が何しに行くかも全部話すわ。聞いて欲しいの。」
アンナは、真剣な目をルーフェスに向けると彼の手をぎゅっと握って懇願するようにそう言ったのだった。
***
「私の正式な名前はアンナ・ラディウス。西方にあるラディウス領の、前領主の娘なの。」
裁判所へ向かいながら、アンナはルーフェスに自分の身の上を打ち明けていた。
「私が十二歳の時に、父と母の乗った馬車が谷底に転落して二人を亡くしたの。当時未成年だった私やエヴァンでは爵位を継ぐことができなかったから、叔父が代わりに空位となったラディウス男爵位を継いだのだけれども……」
先を急ぎながらも、アンナは暗い顔で俯き気味に言葉を続けた。
「騎士だった父は、危険な任務で自分がいつ命を落としてもおかしく無いと考えている人だったので、万が一自分が死んだ時の為に、裁判所に遺言状を残していたの。そして父の遺言にはこう書かれていたわ。自分が亡くなったら、私かエヴァンに爵位を継がせること。もし、二人が未成年だった場合は、私が成人するまでの間、弟である私の叔父に男爵代理を任せ、私が成人した後は私に男爵位を引き渡すようにと。」
アンナはそこまで言うと、悔しげな表情で唇を噛み締めた。
「この遺言が発表されると、私たち二人は身の危険を感じる事が増えたの。上から植木鉢が降ってきたり、私とエヴァンの二人だけ食中毒になったり、部屋の中に毒蜂が放たれたり……。そんな中、決定的な事件が起きたわ。当時、情緒不安定になっていたエヴァンは私と一緒に寝起きしていたのだけども、それが良かった。そうでなければ、きっと私たちは二人で逃げ出す事は出来なかったから。」
辛い事を思い出すたびに、アンナの顔色はどんどん悪くなっていく。ルーフェスは心配そうに彼女を覗き込むも、それでも彼女は説明を止めなかった。
「あの晩、隣のエヴァンの部屋で大きな音がしたので私は目を覚した。声の感じから、どうもエヴァンを探してるような事を察して、私は急いで弟を起こすと二人で身を隠したの。そうこうしているうちに、私の部屋にも男達がやってきた。手には剣が握られていて、ゴロツキのようだったけど、彼らの口ぶりから私とエヴァンを殺すようにと依頼されているようだった。」
アンナは辛そうな顔をしながらも詳細に当時の様子を話した。そんな彼女の様子に心を痛めたが、ルーフェスは何も言わずに、ただ黙って彼女の話を聞いた。
「あの時、彼らに見つからなかったのは、本当に運が良かったとしか思えない。私たちは息を殺して、ただ潜んでこの悪夢が覚めるのを待っていた。すると、偶然部屋の前を通りかかったメイドが異変に気づいて叫んでくれたおかげで、使用人達が駆けつけて、侵入者達と彼らとで悶着が始まり、その隙に私とエヴァンは男爵家を逃げ出したの。」
アンナはここまで話すと、足を止めて一旦言葉を切った。そして目を瞑って深呼吸をすると、ルーフェスの目を、力強い瞳で見つめて言った。
「そして今日、十八歳になった私は、父の遺言通り爵位を受け継ぐ為に、審議会で叔父と闘うの。」
アンナは決意に満ちた表情でルーフェスを見つめたが、その表情は直ぐに不安そうな顔に変わり、それから彼のローブの端をぎゅっと掴むと、少し俯きながら小さな声で呟いた。
「それで……心細いから、一緒に居てくれないかしら……」
気丈に振る舞っていたが、これが彼女の本心だった。
「アンナ……その、今の話を聞いて、かけたい言葉は色々あるんだけど……」
ルーフェスはローブに添えられたアンナの手の上に自分の手を包み込むように添えて、それからゆっくりとローブから彼女の手を離させると、その手を自身の両の手でしっかりと握った。
「大丈夫、一緒に居るよ。」
ルーフェスは優しい笑みを浮かべると、アンナにそう言った。
「うん……」
アンナは涙目になりながら、ルーフェスの手をぎゅっと握り返すと、「有難う」と呟いたのだった。
ルーフェスは、もう一度「大丈夫だよ」と囁いて彼女の背中をさすると、アンナの手を握ったまま裁判所へ向かって再び歩き出した。
繋いだ手の温もりが、アンナの心を強く支えてくれたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています
鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」
そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。
お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。
「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」
あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。
戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」
――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。
彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。
「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」
「……本当に、離婚したいのか?」
最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。
やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。
【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】これは紛うことなき政略結婚である
七瀬菜々
恋愛
没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。
金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。
互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。
アンリエッタはそう思っていた。
けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?
*この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。
ーーーーーーーーーー
*主要な登場人物*
○アンリエッタ・ペリゴール
いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。
○クロード・ウェルズリー
一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。
○ニコル
アンリエッタの侍女。
アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。
○ミゲル
クロードの秘書。
優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる