剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

文字の大きさ
82 / 86

閑話 大団円のその後に2

しおりを挟む
「あら、こんな時間に二人揃って来るなんて珍しいじゃないか。」

 いつもならもっと早い時間にギルドの中で待ち合わせをしている二人が、今日は遅い時間に二人で連れ立ってギルドにやってきたので、ギルドの受付のネーヴェは珍しい物でも見たかのような顔で、カウンター越しにアンナとルーフェスに声をかけたのだった。

「そうそう、あんたって公子様だったんだねぇ。ただ者じゃないとは思ってたけど。あ、お貴族様にあんたなんて言っちゃダメか。」

 先日の劇のおかげで、ルーフェスが貴族である事は既にギルドの中にも広まっていた。
 けれども、身分の差など全く気にしない様子のネーヴェは、以前と変わらず気さくに話しかけてくれたので、ルーフェスも変わらず彼女に笑いかけたのだった。

「あんたでいいですよ。今まで通りで、煩わしい事は気にしないで。」
「そうかい?じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうよ。それで、今日はどうしたんだい?二人して改まって。」

 そう言ってネーヴェは受付の前に並び立つ二人を不思議そうに眺めるので、アンナとルーフェスはお互いの顔を見合わせると、代表してアンナが来訪の目的を告げたのだった。

「実は、私たち王都を離れることになって、それで今までお世話になった人に挨拶をして回ってるんです。だから、お姉さんにもお別れの挨拶をしにきたんです。今まで、本当に有難うございました。」
 それを伝えるとアンナは感謝の意を込めて深くお辞儀をした。その隣では同様にルーフェスも、頭を下げている。
 突然の二人の挨拶にネーヴェは驚いた様だったが、直ぐにニッコリと笑うと、その二人の心遣いに返答したのだった。

「あら、そうなのか。わざわざありがとうね。あんた達は腕が良かったから居なくなるのは残念だわ。それで、二人で一緒に行くのかい?」
「えっ、えぇ……そうです……」

 照れた様にそう答えるアンナと、そんな彼女を優しい眼差しで見つめているルーフェスを見て、受付のお姉さんは何かを納得したかのように大きく何度もうなずいて、目を細めたのだった。

「そっか、そっか。まぁ、この世界じゃよくある事だしね。新しい土地でも仲良くやるんだよ。」

「はい、有難うございます。」

 一体何がよくある事なのだろう?とアンナは疑問に思ったが、それについては口には出さなかった。

「それじゃあ、私からの選別だよ。これを持って行きな。」
 彼女はそう言うと、カウンターの引き出しの中から小さな羽根を取り出して、それをアンナとルーフェスのそれぞれに手渡したのだった。

「……これは?」
 手渡された羽根をアンナは不思議そうに眺めた。日にかざすと薄く透けるその羽根は、真っ赤にキラキラと輝いて、とても綺麗だった。

「これは、火花鳥の羽根だよ。今のあんた達にはぴったりのお守りだと思ってね。」
「へぇ、お守りですか。綺麗ですね、有難うございます。」
「どういたしまして。これからの二人の旅路に幸多きことを祈っとくよ。」

 そう言ってネーヴェはルーフェスの方をチラリと見てニヤリと笑いかけたので、お守りの意味を知っているルーフェスは彼女の意図を察して
「お心遣い有難うございます。」
と柔かに返したのだった。

 一人この羽根の意味を知らないアンナは、不思議そうに二人のやりとりを眺めていたが、きっと旅の安全祈願か何かの御守りなのだろうと、深く考えずに、貰ったばかりの美しい羽根を大事にポケットへとしまった。

 それから二人は改めて受付嬢のネーヴェに深々と一礼してから、ギルドを後にしたのだった。


***


 次にアンナ達は、元乳母のマチルダの元を訪ねた。

「アンナお嬢様!!……あっ、いえ、その……」
 来訪したアンナの姿を見るとマチルダは嬉しそうに声を上げたのだが、アンナの隣にルーフェスがいる事に気づくと、言葉に詰まった。以前アンナが彼には自分が男爵令嬢である事を知られたくないと言っていた事を思い出して様付で呼んでしまったことを慌てて誤魔化そうとしたのだ。

「いいのよ、マチルダ。彼はもう全部知っているわ。」
「あっ、そうなのですね。」
 アンナの言葉にマチルダはホッとした表情を見せたものの、ルーフェスの方にちらちらと視線を送っては、どこか落ち着かない様子だった。
 そんな彼女の様子を見かねたのか、ルーフェスが自分からマチルダへと話しかけたのだった。

「こんにちは、マチルダさん。その節はお世話になりました。改めて挨拶しますが、僕はクライトゥール伯爵の弟でルーフェス・クライトゥールと言います。身元については保証されているから、怪しい者じゃないですよ。だからアンナの隣に立っていてもそんなに警戒しないで欲しいな。」
 そう言ってルーフェスは爽やかな笑顔を見せると、彼女を安心させるように笑いかけたのだった。

「こ……これは失礼しました。決してそう言うつもりで見ていた訳じゃないんです。ただ……」
「ただ?どうしたの?」
 平謝りしながら言い淀むマチルダをアンナは不思議そうに眺めてその先を促した。するとマチルダは二人の顔を交互に見ると、観念したかの様におそるおそる思っている事を口にしたのだった。

「いえ……お二人の関係性に変化があったのかなと思ったのです……。あぁ、すみません!私なんかがこんな事を申してすみません!!」
 そう言って彼女は大慌てで頭を下げた。

「か……関係性って、い、一体何を言って……」
 彼女からの思ってもみない発言に、アンナは顔を赤くしてわかりやすく動揺したのだったが、横に立っていたルーフェスは、顔色ひとつ変えずに
「そうですね、友人からは先に進めたと思います。」と言ったのだった。

「ルーフェス!?何を言って……」
 まさか彼がその話に乗ってくるとは思わずに、アンナは更に狼乱した。
「何をって、本当のことだろう?」
「それは、そうだけども……でもそれ、今言う?!」
「だって聞かれたんだから、ちゃんと答えないとね。」
 そんな二人の様子を、マチルダは微笑ましく見守っていたのだが、ふと我に返ると、慌てて二人を家の中へと招き入れたのだった。



「カーラさんのお加減はどうかしら?」
「はい。お陰様で母はだいぶ良くなりました。本当に、有難うございました。お嬢様には感謝してもしきれません。」
 出されたお茶を頂きながらアンナが尋ねると、マチルダは目に涙を浮かべてそう答えたのだった

「そう、良かったわ……。それならばマチルダ、貴女にひとつお願いがあるの。」

 そう言ってアンナは深呼吸すると、マチルダの手を取って、彼女の目を真っ直ぐ見つめながら、自分の気持ちを伝えたのであった。

「私はラディウス領に領主として帰還するわ。それで、貴女にも着いてきて欲しいのよ。私の侍女として、またうちで働いて貰えないかしら?もちろん、カーラさんの面倒も見るわ。」

 アンナの言葉を聞いたマチルダは驚きのあまり固まってしまった。それから我に返ると、涙を流しながらも満面の笑みをうかべて、アンナに額ずいたのだった。

「あぁ…有難うございます……。このマチルダ、アンナお嬢様に一生仕えさせて頂きます。」
「こちらこそ有難う。引き受けてくれて嬉しいわ。良かった。昔馴染みがそばに居てくれると心強いの。」

 アンナはそう言ってマチルダに微笑むと、泣いている彼女をそっと抱きしめたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々
恋愛
 没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。  金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。  互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。  アンリエッタはそう思っていた。  けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?   *この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。   ーーーーーーーーーー *主要な登場人物* ○アンリエッタ・ペリゴール いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。 ○クロード・ウェルズリー 一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。 ○ニコル アンリエッタの侍女。 アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。 ○ミゲル クロードの秘書。 優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...