剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

文字の大きさ
86 / 86

閑話. リチャード・クライトゥールという人物3

しおりを挟む
「リリィごめんね、怖い思いをさせたね。」
「いいえ、大丈夫ですわ。貴方なら直ぐに助けてくれるって分かってましたから。」

 リチャードは盗賊から助け出したリリアナを抱きしめると、彼女の頬に触れて、その身の無事を確かめていた。

 そんな二人から少し離れた所で、アンナは唖然としながら、動かなくなった盗賊を眺めていた。
 まるで彫刻にでもなってしまったように微動だにしない盗賊を見て、アンナはポツリと疑問を漏らした。

「……これも魔法なの……?」
「そうだよ。催眠魔法とでもいうのかな。まぁ、一種の洗脳だよ。」

 リチャードはサラリと言ってのけたのだが、洗脳魔法だなんて、かなり危険な魔法では無いだろうか。

 全て目の前で起こった出来事なのに、アンナはどこか信じられないでいた。アンナの持っている常識の範疇を完全に超えているのだ。ただ、リチャードという人物が凄いのだということは分かった。

 リチャード・クライトゥールは、確かに攻撃魔法が一切使えなかった。しかし、その反面それ以外の魔法は何でも使えたのだ。

 大抵のことは何でも出来たのだった。

 しかしそうなると、アンナはどうしても納得がいかない事が出てきてしまった。

「……リチャード様はこんなにお強いのに、何でルーフェスに身代わりなんかをやらせたのですか……」

 そうなのだ。攻撃魔法が使えなくたってこんだけ強いのならば、ルーフェスが身代わりになる必要が分からないのだ。

 アンナが腑に落ちないという顔をしていると、その問いにリチャードは淡々と堪えたのだった。

「それは、公爵にルーフェスを始末させない為だよ。役目が無かったら、あの人はきっとルーフェスを殺していたと思うよ。」
 
 恐ろしい事をあっさりと言うリチャードにアンナはぎょっとしてしまった。ルーフェスからも似たような話は聞いていたとはいえ、彼が殺されてたかも知れないと聞かされるのは心臓に悪かった。

「じゃあ、リチャード様のその魔法で公爵を操れないんですか?」
「残念ながらね。公爵は私の魔法の事もよく知っているから、魔力を拒絶するアクセサリーを常に身に付けているんだよ。」

 話を聞けば聞くほど、双子は公爵の手の中に囚われているのがありありと分かって、アンナは何とも言えない怒りが込み上げてきたのだった。

「……理不尽……」
「本当に、そうだね。」

 リチャードはアンナの零した言葉に、どこか悲しげな笑顔で同意した。

「こんな理不尽な状況だからこそ、君のその突飛なアイディアで、私たち兄弟が公爵から解放されることを願うよ。」

 それは、彼の心からの願いであった。

「そうだ、どうせなら観劇に来た人たちに、双子は不吉なんかじゃ無くて吉兆だって暗示をかけて、変な噂を上書きしちゃえば?」

 ふと、アンナは思いついてそんな事を言ってみた。これだけ凄い魔法なんだから、周りくどく芝居を打つよりも人々の常識を上書きしてしまえば、それだけでは済むと思ったのだ。

 しかし、リチャードはアンナのその提案に困ったような顔をして首を横に振ったのだった。

「君は凄いことを思い付くね。バレたら国家転覆罪に問われかねないから止めておくよ。
でもそうだな……代わりに良いことを思い付いたよ。」
「良いこと……ですか?」
「うん。洗脳は良くないけども、劇の演出として、ちょっとばかり観に来た人が感動しやすくなるようなお膳立てをするのは良いかなと思ってね。」

 洗脳はダメだけどそれは良いのか。彼の中の基準がアンナにはイマイチ分からなかったけど、大人しく話を聞いた。

「それって涙腺を弱めるとか、そんな感じですか?」
「まぁ、そんな感じだね。ちょっとだけ感受性を豊かにさせて貰おうかなって。」

 そう言ってリチャードは悪戯っぽく笑ってみせたのだった。

 それから彼は周囲を見渡して他に危険が無いことを確認すると、アンナとリリアナに馬車の中に戻るようにと促した。

「さて、足止めを食らってしまったけど、王都へ向けて再出発しようか。御者がまだ目覚めないから、私が馬を操ろう。二人は車内に戻ってくれ。」

 そして彼は進行方向に横たわる盗賊をどかすと、馬車を動かすべく御者台に座ったのだった。

「リチャード様が、馬車の手綱を操るんですか?」
「いや、馬自身に歩いてもらうよ。」

 馬が自分で歩くのは当たり前のことではないのかと疑問に思いながらも、アンナは深く確認せずにリリアナと一緒に車内へと戻った。すると、直ぐにリチャードが言っていた事の意味が分かったのだった。

「ほら、絶対命令アブソルフィア。王都まで馬車を安全に引っ張りなさい。」

 そうリチャードが命令する声が聞こえたかと思うと、二頭の馬車馬は、言われた通りに大人しく馬車を引いて歩き出したのだった。

 動物さえも意のままに操れる。本当に何でもありだなとアンナは思った。

 ルーフェスの魔法も破壊力が凄かったが、リチャードの魔法の万能感は、それ以上に恐ろしかった。

 この人は多分、この国で一番怒らせてはいけない人なのだと、この短時間でアンナは悟ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々
恋愛
 没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。  金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。  互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。  アンリエッタはそう思っていた。  けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?   *この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。   ーーーーーーーーーー *主要な登場人物* ○アンリエッタ・ペリゴール いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。 ○クロード・ウェルズリー 一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。 ○ニコル アンリエッタの侍女。 アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。 ○ミゲル クロードの秘書。 優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...