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閑話. リチャード・クライトゥールという人物3
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「リリィごめんね、怖い思いをさせたね。」
「いいえ、大丈夫ですわ。貴方なら直ぐに助けてくれるって分かってましたから。」
リチャードは盗賊から助け出したリリアナを抱きしめると、彼女の頬に触れて、その身の無事を確かめていた。
そんな二人から少し離れた所で、アンナは唖然としながら、動かなくなった盗賊を眺めていた。
まるで彫刻にでもなってしまったように微動だにしない盗賊を見て、アンナはポツリと疑問を漏らした。
「……これも魔法なの……?」
「そうだよ。催眠魔法とでもいうのかな。まぁ、一種の洗脳だよ。」
リチャードはサラリと言ってのけたのだが、洗脳魔法だなんて、かなり危険な魔法では無いだろうか。
全て目の前で起こった出来事なのに、アンナはどこか信じられないでいた。アンナの持っている常識の範疇を完全に超えているのだ。ただ、リチャードという人物が凄いのだということは分かった。
リチャード・クライトゥールは、確かに攻撃魔法が一切使えなかった。しかし、その反面それ以外の魔法は何でも使えたのだ。
大抵のことは何でも出来たのだった。
しかしそうなると、アンナはどうしても納得がいかない事が出てきてしまった。
「……リチャード様はこんなにお強いのに、何でルーフェスに身代わりなんかをやらせたのですか……」
そうなのだ。攻撃魔法が使えなくたってこんだけ強いのならば、ルーフェスが身代わりになる必要が分からないのだ。
アンナが腑に落ちないという顔をしていると、その問いにリチャードは淡々と堪えたのだった。
「それは、公爵にルーフェスを始末させない為だよ。役目が無かったら、あの人はきっとルーフェスを殺していたと思うよ。」
恐ろしい事をあっさりと言うリチャードにアンナはぎょっとしてしまった。ルーフェスからも似たような話は聞いていたとはいえ、彼が殺されてたかも知れないと聞かされるのは心臓に悪かった。
「じゃあ、リチャード様のその魔法で公爵を操れないんですか?」
「残念ながらね。公爵は私の魔法の事もよく知っているから、魔力を拒絶するアクセサリーを常に身に付けているんだよ。」
話を聞けば聞くほど、双子は公爵の手の中に囚われているのがありありと分かって、アンナは何とも言えない怒りが込み上げてきたのだった。
「……理不尽……」
「本当に、そうだね。」
リチャードはアンナの零した言葉に、どこか悲しげな笑顔で同意した。
「こんな理不尽な状況だからこそ、君のその突飛なアイディアで、私たち兄弟が公爵から解放されることを願うよ。」
それは、彼の心からの願いであった。
「そうだ、どうせなら観劇に来た人たちに、双子は不吉なんかじゃ無くて吉兆だって暗示をかけて、変な噂を上書きしちゃえば?」
ふと、アンナは思いついてそんな事を言ってみた。これだけ凄い魔法なんだから、周りくどく芝居を打つよりも人々の常識を上書きしてしまえば、それだけでは済むと思ったのだ。
しかし、リチャードはアンナのその提案に困ったような顔をして首を横に振ったのだった。
「君は凄いことを思い付くね。バレたら国家転覆罪に問われかねないから止めておくよ。
でもそうだな……代わりに良いことを思い付いたよ。」
「良いこと……ですか?」
「うん。洗脳は良くないけども、劇の演出として、ちょっとばかり観に来た人が感動しやすくなるようなお膳立てをするのは良いかなと思ってね。」
洗脳はダメだけどそれは良いのか。彼の中の基準がアンナにはイマイチ分からなかったけど、大人しく話を聞いた。
「それって涙腺を弱めるとか、そんな感じですか?」
「まぁ、そんな感じだね。ちょっとだけ感受性を豊かにさせて貰おうかなって。」
そう言ってリチャードは悪戯っぽく笑ってみせたのだった。
それから彼は周囲を見渡して他に危険が無いことを確認すると、アンナとリリアナに馬車の中に戻るようにと促した。
「さて、足止めを食らってしまったけど、王都へ向けて再出発しようか。御者がまだ目覚めないから、私が馬を操ろう。二人は車内に戻ってくれ。」
そして彼は進行方向に横たわる盗賊をどかすと、馬車を動かすべく御者台に座ったのだった。
「リチャード様が、馬車の手綱を操るんですか?」
「いや、馬自身に歩いてもらうよ。」
馬が自分で歩くのは当たり前のことではないのかと疑問に思いながらも、アンナは深く確認せずにリリアナと一緒に車内へと戻った。すると、直ぐにリチャードが言っていた事の意味が分かったのだった。
「ほら、絶対命令。王都まで馬車を安全に引っ張りなさい。」
そうリチャードが命令する声が聞こえたかと思うと、二頭の馬車馬は、言われた通りに大人しく馬車を引いて歩き出したのだった。
動物さえも意のままに操れる。本当に何でもありだなとアンナは思った。
ルーフェスの魔法も破壊力が凄かったが、リチャードの魔法の万能感は、それ以上に恐ろしかった。
この人は多分、この国で一番怒らせてはいけない人なのだと、この短時間でアンナは悟ったのだった。
「いいえ、大丈夫ですわ。貴方なら直ぐに助けてくれるって分かってましたから。」
リチャードは盗賊から助け出したリリアナを抱きしめると、彼女の頬に触れて、その身の無事を確かめていた。
そんな二人から少し離れた所で、アンナは唖然としながら、動かなくなった盗賊を眺めていた。
まるで彫刻にでもなってしまったように微動だにしない盗賊を見て、アンナはポツリと疑問を漏らした。
「……これも魔法なの……?」
「そうだよ。催眠魔法とでもいうのかな。まぁ、一種の洗脳だよ。」
リチャードはサラリと言ってのけたのだが、洗脳魔法だなんて、かなり危険な魔法では無いだろうか。
全て目の前で起こった出来事なのに、アンナはどこか信じられないでいた。アンナの持っている常識の範疇を完全に超えているのだ。ただ、リチャードという人物が凄いのだということは分かった。
リチャード・クライトゥールは、確かに攻撃魔法が一切使えなかった。しかし、その反面それ以外の魔法は何でも使えたのだ。
大抵のことは何でも出来たのだった。
しかしそうなると、アンナはどうしても納得がいかない事が出てきてしまった。
「……リチャード様はこんなにお強いのに、何でルーフェスに身代わりなんかをやらせたのですか……」
そうなのだ。攻撃魔法が使えなくたってこんだけ強いのならば、ルーフェスが身代わりになる必要が分からないのだ。
アンナが腑に落ちないという顔をしていると、その問いにリチャードは淡々と堪えたのだった。
「それは、公爵にルーフェスを始末させない為だよ。役目が無かったら、あの人はきっとルーフェスを殺していたと思うよ。」
恐ろしい事をあっさりと言うリチャードにアンナはぎょっとしてしまった。ルーフェスからも似たような話は聞いていたとはいえ、彼が殺されてたかも知れないと聞かされるのは心臓に悪かった。
「じゃあ、リチャード様のその魔法で公爵を操れないんですか?」
「残念ながらね。公爵は私の魔法の事もよく知っているから、魔力を拒絶するアクセサリーを常に身に付けているんだよ。」
話を聞けば聞くほど、双子は公爵の手の中に囚われているのがありありと分かって、アンナは何とも言えない怒りが込み上げてきたのだった。
「……理不尽……」
「本当に、そうだね。」
リチャードはアンナの零した言葉に、どこか悲しげな笑顔で同意した。
「こんな理不尽な状況だからこそ、君のその突飛なアイディアで、私たち兄弟が公爵から解放されることを願うよ。」
それは、彼の心からの願いであった。
「そうだ、どうせなら観劇に来た人たちに、双子は不吉なんかじゃ無くて吉兆だって暗示をかけて、変な噂を上書きしちゃえば?」
ふと、アンナは思いついてそんな事を言ってみた。これだけ凄い魔法なんだから、周りくどく芝居を打つよりも人々の常識を上書きしてしまえば、それだけでは済むと思ったのだ。
しかし、リチャードはアンナのその提案に困ったような顔をして首を横に振ったのだった。
「君は凄いことを思い付くね。バレたら国家転覆罪に問われかねないから止めておくよ。
でもそうだな……代わりに良いことを思い付いたよ。」
「良いこと……ですか?」
「うん。洗脳は良くないけども、劇の演出として、ちょっとばかり観に来た人が感動しやすくなるようなお膳立てをするのは良いかなと思ってね。」
洗脳はダメだけどそれは良いのか。彼の中の基準がアンナにはイマイチ分からなかったけど、大人しく話を聞いた。
「それって涙腺を弱めるとか、そんな感じですか?」
「まぁ、そんな感じだね。ちょっとだけ感受性を豊かにさせて貰おうかなって。」
そう言ってリチャードは悪戯っぽく笑ってみせたのだった。
それから彼は周囲を見渡して他に危険が無いことを確認すると、アンナとリリアナに馬車の中に戻るようにと促した。
「さて、足止めを食らってしまったけど、王都へ向けて再出発しようか。御者がまだ目覚めないから、私が馬を操ろう。二人は車内に戻ってくれ。」
そして彼は進行方向に横たわる盗賊をどかすと、馬車を動かすべく御者台に座ったのだった。
「リチャード様が、馬車の手綱を操るんですか?」
「いや、馬自身に歩いてもらうよ。」
馬が自分で歩くのは当たり前のことではないのかと疑問に思いながらも、アンナは深く確認せずにリリアナと一緒に車内へと戻った。すると、直ぐにリチャードが言っていた事の意味が分かったのだった。
「ほら、絶対命令。王都まで馬車を安全に引っ張りなさい。」
そうリチャードが命令する声が聞こえたかと思うと、二頭の馬車馬は、言われた通りに大人しく馬車を引いて歩き出したのだった。
動物さえも意のままに操れる。本当に何でもありだなとアンナは思った。
ルーフェスの魔法も破壊力が凄かったが、リチャードの魔法の万能感は、それ以上に恐ろしかった。
この人は多分、この国で一番怒らせてはいけない人なのだと、この短時間でアンナは悟ったのだった。
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