怪しいおまじないに頼った結果好きな人の前でだけ声が出なくなってしまったけれども、何故か上手くいきました

石月 和花

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第1話

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「セシリア!……どうして何も言ってくれないんだ!!」
「……」

 悲しそうな彼の視線が胸に突き刺さって痛かった。
 けれども、私は何も言うことが出来ないのだ。
 なぜなら、物理的に声が出ないから。

 ……どうしてこうなった。

 私は、一週間前の自分の軽率な行動を心の底から恨んだ。

 そう、私が一週間前にあんなお願いを頼まなければ、こんなことにはならなかったのに……


◇◇◇


 私、セシリア・イレーザーは 特段なにか秀でているモノがある訳でもないごくごく普通の令嬢であった。

 この国の貴族の子息令嬢が通うアカデミーでの成績も中の中だし、お父様の爵位だって伯爵という、本当にごくごく普通の量産型貴族令嬢なのだ。

 けれども、そんな私にも一つだけ人に自慢できることがあった。

 それは、アカデミーに通うご令嬢の憧れの的であるドラグニア侯爵家の嫡男カラーラス様と幼馴染である事だ。

 一歳年上のカラーラス様とは、私のお母様が侯爵家の奥様とお茶会で仲良くなったことがきっかけで、幼少期の頃よりまるで兄妹のように仲良が良かった。

 子供の頃はよく一緒に手をつないでお庭を散策したり、並んで座って一緒の本を読んだり、とにかく私はカラーラスお兄様にべったりであったし、カラーラス様の方も、それはもう、甲斐甲斐しく私を可愛がってくれていた。
 それは、妹に対する愛情のような物であったと思うけれども、私は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれるカラーラス様の事が大好きだった。

『ラスお兄様。おおきくなったら、セシリアをお嫁さんにしてください。』
『あぁ。勿論だよ。約束するよ。』

 子供の頃の口約束であったが、そんな約束をしたくらい、私たちは仲が良かった。

 格好良くって、優しくて、頭も良くて、武術にも優れているカラーラスお兄様。

 私は皆に慕われているお兄様の事が大好きで、そしてそんな人と幼馴染であることが私の自慢だった。

 けれども、私がアカデミーに入学して暫くすると、カラーラス様は私の事を避けるようになってしまったのだった。

 初めの頃は気のせいかなと思ったけれども、しかし、この頃は他のご令嬢方が居る前で、とても分かりやすくカラーラス様は私の事を拒絶するようになっていたのだ。

 私は、そのことについて、近頃ずっと悩んでいるのであった。


(……どうしてお兄様は、急に冷たい態度を取るようになったのかしら……)

 そんなことを悩みながらも、それでも決まって足は、カラーラス様の居るアカデミーの鍛錬場へと向かっていた。
 これはもう、身に沁みついてしまった習慣である。カラーラス様から近づくなと注意を受けてもこれだけは止められなかった。

「お兄様、頑張ってください!!!」

 そして私は、今日もアカデミーの鍛錬場でカラーラス様がご学友と日課である剣の鍛錬をする様子を他のご令嬢たちと一緒に見学をしていた。

 カラーラス様はとにかく人気が高いので、彼に黄色い声援を贈るご令嬢は他にも沢山いたが、私は誰よりも大きな声で毎日声援を送った。
 いくら声援を送っても、カラーラス様が反応してくださることは無かったが、それでも、彼に声援を送ることが私の日課だった。

「お兄様、負けないでください!!!」

 しかし、今日はいつもと違った。

 なんと、私の声に気付いてくださったのか、珍しいことに鍛錬を終えたカラーラス様が私の方へ寄ってきてくださったのだ。

 こんなに、嬉しいことは無かった。

「お兄様、お疲れさまです!今日も素敵でしたわ!!」

 私は、カラーラス様が久しぶりに自分から私に会いに来てくれたことに嬉しくなって、喜んでいるのがだだ漏れの満面の笑みで彼を労わった。

 けれども、そんな私の浮かれた表情とは反対に、カラーラス様は口をぎゅっと堅く結んで難しい顔のままニコリともしてくれなかったのだった。

 そう、彼は昔の様に笑いかけてくれないのだ。

 その現実が突きつけられて、浮かれていた私の気持ちは急速にしぼんでしまった。

「……セシリア、そのお兄様というのは止めてくれないか。僕は君の兄ではないのだから。」
「ご……ごめんなさい。おにいさ……あっ……」

 カラーラス様に注意されて私は慌てて改めようとしたが、長年言いなれた呼び方はこの身に沁みついていて、注意を受けた側からまたお兄様と呼んでしまった。

 すると、そんな私のことをカラーラス様は、表情を変えずに冷ややかな目で見つめると、私への注意を続けたのだった。

「それから、何度も言っているようにアカデミーでは僕に親しげに話しかけないでくれ。ここは家とは違うのだから。」
「あ……ごめんなさい……」
「いいかい、セシリア。僕に近寄るんじゃないよ、絶対にね。」

 それだけ言うと、カラーラス様は直ぐにそっぽを向いて去って行ってしまった。

 他のご令嬢たちは、構わずにカラーラス様を追いかけて行ったが、そんな風に言われてしまった以上、私は彼を追いかけることが出来なかった。

 そう、学園に入ってからカラーラス様はいつもこのような感じで、そっけない態度を取って私を遠ざけるようになってしまったのだ。

(どうして、お兄様は私の事を遠ざけるのかしら……私、お兄様に嫌われてしまったのかしら……)

 最近はこの事でずっと、ずっと悩んでいた。

(私はお兄様をお慕いしているのに、どうしたらお兄様は、昔のように笑いかけてくださるのかしら……)

 彼から冷たい視線を向けられると、胸が痛んだ。

(やっぱり、彼が迷惑だと言うのならば、もうこれ以上はつきまとうのは止めるべきなのかしら……)

 そんなことも考えはしたが、けれども私はめげなかった。

(ううん。せめてお兄様が何故私の事を遠ざけるのか、その理由をちゃんと聞かないと。理由さえ分かれば、改善できるかもしれませんもの!)

 そう、とにかく私はカラーラス様に、態度の変化について理由を聞くことにしたのだ。

 けれども、実際問題私はカラーラス様に避けられているので、お話しする事自体が難しかった。

 鍛錬場に行っても相手にされず、彼が通る廊下で待ち伏せをしても、こちらの姿が見えると直ぐにカラーラス様は踵を返して逃げてしまうのだ。

(うぅ……これではいつまで経ってもカラーラス様のお考えを聞くことが出来ませんわ……)

 そこで私は、藁にも縋る想いであるご令嬢を訪ねる事にしたのだった。

 エルレイン・フローティア侯爵令嬢。

 彼女は、代々まじないで国の政を支えているフローティア家のご令嬢で、このアカデミーでも有名な人物であった。

 なにせ彼女は、”好きな人と両想いになれるおまじない”だとか、”素敵な婚約者が見つかるおまじない”だとか、はたまた、”望まぬ婚約を破棄できるおまじない”等といった怪しいおまじないで、ここアカデミーに通う令息令嬢の悩みを次々に解決していると噂の人物なのだ。

(エルレイン・フローディア様。黒魔術を使うだとか、法外な謝礼を要求するだとか、良くない噂もお聞きするけれども……でも、彼女にお願いしたら願いが叶ったっていう噂も沢山聞くもの。何であれ、試してみる価値は有りますわ。)

 こうして私は、アカデミーの昼休みに、彼女が居ると噂の裏庭へと一人で向かったのだった。

 この判断が、とんでもない事態を引き起こすとは露にも思わずに。
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