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5. 涙のお茶会
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ロキシード殿下が「こちらの席が見晴らしがいいよ」と勧めてくださった特等席に着席し、私は庭園の美しさをウットリと眺めていた。すると、目の前にはあっという間に暖かい紅茶と数々の焼き菓子が用意されていたのだった。
(この一瞬で完璧にお茶の用意をするなんて、流石、王宮の侍女はレベルが違いますわね)
私は手際の良さに慄いたが、殿下にとって当たり前の事らしく、とても平然と私にお茶を進めた。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ。この茶葉は隣国から取り寄せた特別な品でね、渋みが少なくて飲みやすいんだよ」
「まぁ、そんな特別な品を有難うございます。楽しみですわ」
勧められるままに一口飲むと、ふわりと広がる香りに私は目を見開いた。
そのお茶は、少し変わった風味をしていたが、殿下の言う通り、渋みが少なくとても飲みやすく、好みの味だったのだ。
「殿下!このお茶とても美味しいです!」
「うん。気に入ってもらえると思ってたよ」
「はい!これなら何杯でも飲めちゃいます!」
「それは良かった」
こんな語彙力の無い感想にも、殿下は優しく合わせてくれる。
その微笑みに胸がきゅっとなり、私は幸せでいっぱいになった。
――けれど、その幸福感の裏で、胸の奥に小さな違和感が芽生え始めていた。
殿下は、十一歳とは思えないほど洗練されていて、受け答えに一切の隙がないのだ。
本当に、完璧すぎるほどに。
まるでマナー講義の“模範解答”をそのまま口にしているようで……
会話を重ねるほど、その違和感は積み重なっていった。
「私、今日という日をとても楽しみにしていましたのよ。殿下とこうして一緒にお茶が頂けるなんて夢のようですわ」
「楽しみに思っていてくれて有難う。私もアディナ嬢と会えて嬉しいよ」
「私、殿下の婚約者候補に選ばれて、本当に良かったと思っています。殿下の隣に立てるよう、これから一層努力に励みますわ」
「アディルナ嬢はそのままでも十分に素敵なレディだと私は思うよ」
「あ、あの黄色いお花、ホワホワしていてとても可愛いですわね」
「そうだね。君みたいに可愛いね」
にこやかに、淀みなく、スラスラと言葉を返すロキシード殿下に、私はどんどん居心地の悪さを感じていった。
なんていうか、こう……全く心が籠っていないのだ。
殿下は常に穏やかな笑みを浮かべている。
けれどその笑みは一ミリも揺らがず、まるで仮面のようだった。
そのせいか、彼の口から出てくる優しい言葉も予め用意されてあったセリフのように感じてしまい、ついに私は気づいてしまった。
(……そうか、殿下は建前で話しているだけで、私と仲良くする気なんて、最初から無いのだわ……)
そう悟った瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。
確かにロキシード殿下の応対は、紳士的でとてもお優しい。
でもそれは、私アディルナ個人に対してではなく、単に、婚約者候補の令嬢に対して模範的な振舞いをしているだけなのだ。
それに気づいて、さっきまで「殿下の婚約者に選ばれたい!」なんて浮かれていた自分が恥ずかしくて、悔しくて、気が付けば私は、殿下の御前でポロポロと泣きだしていた。
「アディルナ嬢、どうしたの?!」
流石のロキシード殿下も、ここで私が泣き出すことは予測できていなかったみたいで、とても驚いた声を上げられた。
侯爵令嬢がこんなことで泣くなんて有り得ない。
それは分かっていたけれど、子供の私は感情を抑えられず、そのまましばらく、殿下の前で泣き続けてしまった。
「うぅ……殿下、申し訳ございません……」
「私が何か、君を傷つける事を言ってしまったのかな?」
「そういう訳では……」
私は、殿下に自分の気持ちをどう伝えたらいいのか分からなかった。
だから必死に泣き止もうと頑張ったのだが、どうしても涙を止めることが出来なくて、結局は殿下に胸の内を打ち明けてしまった。
「……殿下が、私にはちっとも興味が無いと分かってしまったら、涙を止められませんでした。」
「……何故私が、君に興味が無いだなんて、そう思ったんだい?」
心底意外だといった顔でロキシード殿下はこちらを見ている。それもそうだろう。殿下は完璧に装っていたのだから、こんな令嬢にそんなことを言われるだなんて思っても見なかったに違いないのだ。
そんな彼の表情に、私は涙を拭って向き合うと、恐れ多くも言葉を続けた。
「だって……殿下は先ほどから表情が全く変わりませんわ。受け答えだって当たり障りのない社交辞令ばかりで……」
もしこの場に立場のある大人がいたならば、私の発言は咎められていただろう。
けれどもこの場には、使用人が居るだけで私たちの発言に口出し出来る大人は居なかったし、殿下自身も不敬だとは感じていないようで、そのまま私との会話は続いた。
「それは、泣くほどの事なの?社交辞令や上辺だけの会話なんて、貴族社会では当たり前の事じゃないか」
「泣くほどの事なのかは分かりません。でも……私は悲しいと思ってしまいました」
「別に君に興味がない訳ではないよ。一般的に考えて、最適だと思われる態度を取っただけだから」
「ですが、その結果がコレですよ。殿下の態度は最適解だったとは思いません」
「……そうみたいだね」
私の言葉を否定せずにロキシード殿下は頷いた。そして何か考え込むような素振りを見せると、ぽつりと呟いたのだった。
「ちょっと予想外だなぁ……」
「えっ??」
「私としては、君が喜ぶと思う言動をしたつもりだったんだけどね。実際他の二人は喜んでたし。まさか泣くとは思わなかったよ」
そう言ってロキシード殿下は、心底不思議そうな顔でこちらを見つめた。彼は、本当に自分の言動のどこが間違っていたかを分かっていないのだ。
だから私は、烏滸がましいと思いながらも自分が感じたことを素直に殿下へと申し伝えた。
「”君が喜ぶ”ではありませんわ。殿下がとったのは、一般的な傾向から普通の令嬢が喜びそうな言動をしただけですわ。私に対してではありませんわ」
「……手厳しいなぁ」
「出過ぎた真似を、申し訳ございません」
王族の言動に口を出すだなんて、不敬にもほどがある。
私は自分が言ってしまった事の重大さに気付いて、直ぐに深く頭を下げて、彼に許しを乞うた。
しかし、ロキシード殿下は無礼な言葉に気分を害した様子もなく、それどころか楽しそうに笑っていらっしゃったのだった。
(この一瞬で完璧にお茶の用意をするなんて、流石、王宮の侍女はレベルが違いますわね)
私は手際の良さに慄いたが、殿下にとって当たり前の事らしく、とても平然と私にお茶を進めた。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ。この茶葉は隣国から取り寄せた特別な品でね、渋みが少なくて飲みやすいんだよ」
「まぁ、そんな特別な品を有難うございます。楽しみですわ」
勧められるままに一口飲むと、ふわりと広がる香りに私は目を見開いた。
そのお茶は、少し変わった風味をしていたが、殿下の言う通り、渋みが少なくとても飲みやすく、好みの味だったのだ。
「殿下!このお茶とても美味しいです!」
「うん。気に入ってもらえると思ってたよ」
「はい!これなら何杯でも飲めちゃいます!」
「それは良かった」
こんな語彙力の無い感想にも、殿下は優しく合わせてくれる。
その微笑みに胸がきゅっとなり、私は幸せでいっぱいになった。
――けれど、その幸福感の裏で、胸の奥に小さな違和感が芽生え始めていた。
殿下は、十一歳とは思えないほど洗練されていて、受け答えに一切の隙がないのだ。
本当に、完璧すぎるほどに。
まるでマナー講義の“模範解答”をそのまま口にしているようで……
会話を重ねるほど、その違和感は積み重なっていった。
「私、今日という日をとても楽しみにしていましたのよ。殿下とこうして一緒にお茶が頂けるなんて夢のようですわ」
「楽しみに思っていてくれて有難う。私もアディナ嬢と会えて嬉しいよ」
「私、殿下の婚約者候補に選ばれて、本当に良かったと思っています。殿下の隣に立てるよう、これから一層努力に励みますわ」
「アディルナ嬢はそのままでも十分に素敵なレディだと私は思うよ」
「あ、あの黄色いお花、ホワホワしていてとても可愛いですわね」
「そうだね。君みたいに可愛いね」
にこやかに、淀みなく、スラスラと言葉を返すロキシード殿下に、私はどんどん居心地の悪さを感じていった。
なんていうか、こう……全く心が籠っていないのだ。
殿下は常に穏やかな笑みを浮かべている。
けれどその笑みは一ミリも揺らがず、まるで仮面のようだった。
そのせいか、彼の口から出てくる優しい言葉も予め用意されてあったセリフのように感じてしまい、ついに私は気づいてしまった。
(……そうか、殿下は建前で話しているだけで、私と仲良くする気なんて、最初から無いのだわ……)
そう悟った瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。
確かにロキシード殿下の応対は、紳士的でとてもお優しい。
でもそれは、私アディルナ個人に対してではなく、単に、婚約者候補の令嬢に対して模範的な振舞いをしているだけなのだ。
それに気づいて、さっきまで「殿下の婚約者に選ばれたい!」なんて浮かれていた自分が恥ずかしくて、悔しくて、気が付けば私は、殿下の御前でポロポロと泣きだしていた。
「アディルナ嬢、どうしたの?!」
流石のロキシード殿下も、ここで私が泣き出すことは予測できていなかったみたいで、とても驚いた声を上げられた。
侯爵令嬢がこんなことで泣くなんて有り得ない。
それは分かっていたけれど、子供の私は感情を抑えられず、そのまましばらく、殿下の前で泣き続けてしまった。
「うぅ……殿下、申し訳ございません……」
「私が何か、君を傷つける事を言ってしまったのかな?」
「そういう訳では……」
私は、殿下に自分の気持ちをどう伝えたらいいのか分からなかった。
だから必死に泣き止もうと頑張ったのだが、どうしても涙を止めることが出来なくて、結局は殿下に胸の内を打ち明けてしまった。
「……殿下が、私にはちっとも興味が無いと分かってしまったら、涙を止められませんでした。」
「……何故私が、君に興味が無いだなんて、そう思ったんだい?」
心底意外だといった顔でロキシード殿下はこちらを見ている。それもそうだろう。殿下は完璧に装っていたのだから、こんな令嬢にそんなことを言われるだなんて思っても見なかったに違いないのだ。
そんな彼の表情に、私は涙を拭って向き合うと、恐れ多くも言葉を続けた。
「だって……殿下は先ほどから表情が全く変わりませんわ。受け答えだって当たり障りのない社交辞令ばかりで……」
もしこの場に立場のある大人がいたならば、私の発言は咎められていただろう。
けれどもこの場には、使用人が居るだけで私たちの発言に口出し出来る大人は居なかったし、殿下自身も不敬だとは感じていないようで、そのまま私との会話は続いた。
「それは、泣くほどの事なの?社交辞令や上辺だけの会話なんて、貴族社会では当たり前の事じゃないか」
「泣くほどの事なのかは分かりません。でも……私は悲しいと思ってしまいました」
「別に君に興味がない訳ではないよ。一般的に考えて、最適だと思われる態度を取っただけだから」
「ですが、その結果がコレですよ。殿下の態度は最適解だったとは思いません」
「……そうみたいだね」
私の言葉を否定せずにロキシード殿下は頷いた。そして何か考え込むような素振りを見せると、ぽつりと呟いたのだった。
「ちょっと予想外だなぁ……」
「えっ??」
「私としては、君が喜ぶと思う言動をしたつもりだったんだけどね。実際他の二人は喜んでたし。まさか泣くとは思わなかったよ」
そう言ってロキシード殿下は、心底不思議そうな顔でこちらを見つめた。彼は、本当に自分の言動のどこが間違っていたかを分かっていないのだ。
だから私は、烏滸がましいと思いながらも自分が感じたことを素直に殿下へと申し伝えた。
「”君が喜ぶ”ではありませんわ。殿下がとったのは、一般的な傾向から普通の令嬢が喜びそうな言動をしただけですわ。私に対してではありませんわ」
「……手厳しいなぁ」
「出過ぎた真似を、申し訳ございません」
王族の言動に口を出すだなんて、不敬にもほどがある。
私は自分が言ってしまった事の重大さに気付いて、直ぐに深く頭を下げて、彼に許しを乞うた。
しかし、ロキシード殿下は無礼な言葉に気分を害した様子もなく、それどころか楽しそうに笑っていらっしゃったのだった。
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