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10. 市場で始まる、新たな勝負
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「それにしてもアディルナ嬢、君は本当に突拍子もないことを思いつくね」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
殿下との約束の日。私はいつものドレス姿ではなく、麻のワンピースに三つ編みという簡素な恰好をして、待ち合わせ場所である貴族街の外れの広場でロキシード様と落ち合った。
殿下の恰好も、いつもの貴族服ではなく私と同じ平民のような簡素な装いだったけど、元来の気品はそんなものでは誤魔化せる訳もなく、既に周囲から視線を集めていた。
「殿下は、どんなお召し物でもお似合いになりますわね。先ほどから人々が注目しておりますわ。」
「そうかな?僕ではなくて君を見ているんじゃないかな?今日の恰好とても良く似合っていて、可愛らしいからね。」
相変わらず一ミリの狂いのない完璧な笑みを浮かべて、ロキシード様はそつなく私を褒めてくださった。
きっと以前の私だったら、「心が籠っていませんわ!」と言ってしまっていただろう。けれども、成長した……もといお兄様にこっぴどく叱られた私は、以前とは違うのだ。こちらも淑女の笑みを浮かべて、余裕を持って言葉を返した。
「まぁ、殿下ってばお上手ですこと」
最初のお茶会から三か月、私は立派に淑女を演じることが出来るようになっていたのだ。
この誇らしい変化に、私は胸を張ってロキシード様を見た。きっと彼も、私の事を見直したに違いない。
……と思ったのに。殿下の反応は思っていたのと違った。
(あれ?なんか……反応が薄い?むしろ、ちょっとがっかりしてません?)
殿下のその反応に私は戸惑ったが、こんな戸惑いは些細なものだった。
何故なら、殿下はいつも通り柔らかく微笑みながら、とんでもないこと言い出したのだ。
「ところで一ついいかな?」
「なんでしょう?」
「ここからは、僕のことはロキと呼んでくれ。」
「えぇっ??!」
ロキ――それは殿下の愛称だった。
突然の呼び名指定に、私は思わず固まってしまった。
「そんな!殿下を愛称で呼ぶなんて恐れ多いですわ!」
今まで散々お兄様から「無礼な振る舞いはするな」と注意されていたのだ。
だから私は間違えまいと、最善の受け答えを選択した。
否、選択したつもりだった。
けれども、どうやら私は間違えたらしい。
ロキシード様は、私のこの応対に何とも不服そうな目を向けていらっしゃるのだ。
そして殿下は一つため息を吐くと、呆れた様な声で私に皮肉を返されたのだった。
「……今更?僕の前で何度も自由な言動を繰り返してる君が、今更それを気にする訳?」
「それは……お兄様に何度も叱られましたから……私成長しましたの!」
「そうか。でもね、今日は僕たちは身分を隠しているんだから、”殿下”はおかしいだろう?これは命令だ。僕の事はロキと呼ぶように」
(確かに。街中で殿下と呼ぶわけにいかないし、ロキシード様も目立ちますわね……)
殿下の言うことはもっともだし、命令と言われてしまったら従わざるを得なかった。
「分かりました……ロキ……様」
「様もおかしいんだけど……まぁ、仕方ないか。」
呼び捨ては無理だったので、せめてもの抵抗で“様”をつけた。
殿下は少し不満そうだったが、最終的には受け入れてくれた……のだが、問題はまだ続いた。
「じゃあ行こうか、アディ。」
そう言って殿下がサラリと手を差し伸べられたのだ。
私はもの凄く自然にアディと愛称で呼ばれたことにドキドキしてしまった。
(これはお忍びなんだから、私も本名を名乗る訳にはいかないものね。うん……他意はないわ!!)
勘違いしないように自分に言い聞かせて、それでもちょっとだけソワソワしながら、私は殿下が差し出した手に自身の手を重ねた。
そして私たちは、手をつないで貴族街から平民の商業街へと歩いて向かった。
今日の私たちは、裕福な商家の子供たちという設定だった。なので私の侍女と殿下の従者が一人づつ使用人として側に付き、その他の護衛は遠巻きについてきている。
そんな大人の気苦労など構わずに、私たちは無邪気な子供として歳相応にはしゃいで、物珍しい市井の市場を目移りしながら歩き回った。
「ロキ様、見てください、綺麗な水晶ですわ!」
「あれはパルディア国の岩塩だね。鉱石じゃないんだよ、塩なんだ」
「まぁ、そうなのですね。あ、ロキ様、あっちにはとても大きな貝がありますわ!」
「本当だ。ここまで大きく育つものなのか。凄いね」
殿下と市場を見て回るのがとても楽しくて、勝負のことなど忘れてしまいそうだった。
……実際本当に忘れてたけど、市場を一周したところでロキシード様が足を止め、私に問いかけてくださったお陰で、本来の目的を思い出す事が出来たのだった。
「それで、今日はどういった勝負を用意しているのかな?まさか、ただ市場を散歩するだけじゃないだろうね?」
実は、”今日の勝負は市井の市場で行いたい”とだけしか手紙に書いておらず、勝負の詳細な内容は、まだロキシード殿下には伝えていなかったのだ。
だって、勝負の内容を事前に知らせてしまっては、色々と調べられてしまうかもしれないし、そうなると殿下の知らない事で勝負を仕掛けるという私の目論見が外れてしまうから。
だからちょっとずるいとは思ったが、私は今日まで秘密にしていた。
(ごめんなさい殿下……でもこれも、勝負の駆け引きですからね!)
私は少し勿体ぶりながら、今日の勝負について説明を始めた。
「ロキ様、今日の勝負はですね、ずばり、お買い物競争ですわ!」
お兄様に大変不評だった為、”どちらがお買い物上手でしょうか!”という勝負名は渋々改名していた。何故かお兄様は、勝負の内容にも不満そうであったが、けれどもそこはどうしても譲れなかったのでそのままである。
「買い物競争?具体的にはどういったことで競うんだい?」
ロキシード様は、私が高らかに宣言したその勝負名に、疑問符を浮かべながら首を捻っているが、感触は良さそうなので、私は気を良くして説明を続けた。
「ルールは、とても簡単ですわ。私たちは今、市場を一通り見て回ったでしょう?その中で、この、銅貨一枚で多くの物を買った方が勝ちですわ!」
「多くの物……というのは、品数?それとも個数?」
「個数ですわ!」
私が説明を終えると、殿下はふむと顎に手を当てて思案し始めた。
かと思えばすぐに何か思いついたようで、私の顔をみると、まるで挑発するようにニコリと笑ったのだった。
「いいよ、分かった。受けて立つよ。」
その笑みには余裕さえも感じられて、なんだか嫌な予感もしたけども、私はにっこりと微笑み返して堂々と宣言した。
「まぁ、それでは両者この勝負に合意したということで……始めさせて頂きますわ!!」
こうして、私たちの新たな勝負は始まったのだった。
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
殿下との約束の日。私はいつものドレス姿ではなく、麻のワンピースに三つ編みという簡素な恰好をして、待ち合わせ場所である貴族街の外れの広場でロキシード様と落ち合った。
殿下の恰好も、いつもの貴族服ではなく私と同じ平民のような簡素な装いだったけど、元来の気品はそんなものでは誤魔化せる訳もなく、既に周囲から視線を集めていた。
「殿下は、どんなお召し物でもお似合いになりますわね。先ほどから人々が注目しておりますわ。」
「そうかな?僕ではなくて君を見ているんじゃないかな?今日の恰好とても良く似合っていて、可愛らしいからね。」
相変わらず一ミリの狂いのない完璧な笑みを浮かべて、ロキシード様はそつなく私を褒めてくださった。
きっと以前の私だったら、「心が籠っていませんわ!」と言ってしまっていただろう。けれども、成長した……もといお兄様にこっぴどく叱られた私は、以前とは違うのだ。こちらも淑女の笑みを浮かべて、余裕を持って言葉を返した。
「まぁ、殿下ってばお上手ですこと」
最初のお茶会から三か月、私は立派に淑女を演じることが出来るようになっていたのだ。
この誇らしい変化に、私は胸を張ってロキシード様を見た。きっと彼も、私の事を見直したに違いない。
……と思ったのに。殿下の反応は思っていたのと違った。
(あれ?なんか……反応が薄い?むしろ、ちょっとがっかりしてません?)
殿下のその反応に私は戸惑ったが、こんな戸惑いは些細なものだった。
何故なら、殿下はいつも通り柔らかく微笑みながら、とんでもないこと言い出したのだ。
「ところで一ついいかな?」
「なんでしょう?」
「ここからは、僕のことはロキと呼んでくれ。」
「えぇっ??!」
ロキ――それは殿下の愛称だった。
突然の呼び名指定に、私は思わず固まってしまった。
「そんな!殿下を愛称で呼ぶなんて恐れ多いですわ!」
今まで散々お兄様から「無礼な振る舞いはするな」と注意されていたのだ。
だから私は間違えまいと、最善の受け答えを選択した。
否、選択したつもりだった。
けれども、どうやら私は間違えたらしい。
ロキシード様は、私のこの応対に何とも不服そうな目を向けていらっしゃるのだ。
そして殿下は一つため息を吐くと、呆れた様な声で私に皮肉を返されたのだった。
「……今更?僕の前で何度も自由な言動を繰り返してる君が、今更それを気にする訳?」
「それは……お兄様に何度も叱られましたから……私成長しましたの!」
「そうか。でもね、今日は僕たちは身分を隠しているんだから、”殿下”はおかしいだろう?これは命令だ。僕の事はロキと呼ぶように」
(確かに。街中で殿下と呼ぶわけにいかないし、ロキシード様も目立ちますわね……)
殿下の言うことはもっともだし、命令と言われてしまったら従わざるを得なかった。
「分かりました……ロキ……様」
「様もおかしいんだけど……まぁ、仕方ないか。」
呼び捨ては無理だったので、せめてもの抵抗で“様”をつけた。
殿下は少し不満そうだったが、最終的には受け入れてくれた……のだが、問題はまだ続いた。
「じゃあ行こうか、アディ。」
そう言って殿下がサラリと手を差し伸べられたのだ。
私はもの凄く自然にアディと愛称で呼ばれたことにドキドキしてしまった。
(これはお忍びなんだから、私も本名を名乗る訳にはいかないものね。うん……他意はないわ!!)
勘違いしないように自分に言い聞かせて、それでもちょっとだけソワソワしながら、私は殿下が差し出した手に自身の手を重ねた。
そして私たちは、手をつないで貴族街から平民の商業街へと歩いて向かった。
今日の私たちは、裕福な商家の子供たちという設定だった。なので私の侍女と殿下の従者が一人づつ使用人として側に付き、その他の護衛は遠巻きについてきている。
そんな大人の気苦労など構わずに、私たちは無邪気な子供として歳相応にはしゃいで、物珍しい市井の市場を目移りしながら歩き回った。
「ロキ様、見てください、綺麗な水晶ですわ!」
「あれはパルディア国の岩塩だね。鉱石じゃないんだよ、塩なんだ」
「まぁ、そうなのですね。あ、ロキ様、あっちにはとても大きな貝がありますわ!」
「本当だ。ここまで大きく育つものなのか。凄いね」
殿下と市場を見て回るのがとても楽しくて、勝負のことなど忘れてしまいそうだった。
……実際本当に忘れてたけど、市場を一周したところでロキシード様が足を止め、私に問いかけてくださったお陰で、本来の目的を思い出す事が出来たのだった。
「それで、今日はどういった勝負を用意しているのかな?まさか、ただ市場を散歩するだけじゃないだろうね?」
実は、”今日の勝負は市井の市場で行いたい”とだけしか手紙に書いておらず、勝負の詳細な内容は、まだロキシード殿下には伝えていなかったのだ。
だって、勝負の内容を事前に知らせてしまっては、色々と調べられてしまうかもしれないし、そうなると殿下の知らない事で勝負を仕掛けるという私の目論見が外れてしまうから。
だからちょっとずるいとは思ったが、私は今日まで秘密にしていた。
(ごめんなさい殿下……でもこれも、勝負の駆け引きですからね!)
私は少し勿体ぶりながら、今日の勝負について説明を始めた。
「ロキ様、今日の勝負はですね、ずばり、お買い物競争ですわ!」
お兄様に大変不評だった為、”どちらがお買い物上手でしょうか!”という勝負名は渋々改名していた。何故かお兄様は、勝負の内容にも不満そうであったが、けれどもそこはどうしても譲れなかったのでそのままである。
「買い物競争?具体的にはどういったことで競うんだい?」
ロキシード様は、私が高らかに宣言したその勝負名に、疑問符を浮かべながら首を捻っているが、感触は良さそうなので、私は気を良くして説明を続けた。
「ルールは、とても簡単ですわ。私たちは今、市場を一通り見て回ったでしょう?その中で、この、銅貨一枚で多くの物を買った方が勝ちですわ!」
「多くの物……というのは、品数?それとも個数?」
「個数ですわ!」
私が説明を終えると、殿下はふむと顎に手を当てて思案し始めた。
かと思えばすぐに何か思いついたようで、私の顔をみると、まるで挑発するようにニコリと笑ったのだった。
「いいよ、分かった。受けて立つよ。」
その笑みには余裕さえも感じられて、なんだか嫌な予感もしたけども、私はにっこりと微笑み返して堂々と宣言した。
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