魔力が無いから王族とは結婚出来ないのに、王太子殿下が婚約者候補から外してくれません

石月 和花

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45. リリエラ様

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 私たちが夕飯の下ごしらえをしている直ぐ側で、ロキシード様は休まれていた。さすがの殿下も長時間の移動は疲れたのだろうか、どこか普段より不機嫌な様子を、私は芋を剥きながら盗み見ていた。
 すると、そんなロキシード様の元へリリエラ様がやってきたのだった。

「ロキシード様。お疲れではありませんか?」
「お気遣いありがとうリリエラ嬢。でも私より、貴女の方が慣れない移動で疲れているのではないかい?」
「まぁ、お気遣いいただき感激ですわ。ですが私はただ馬車に座っているだけですから馬で移動されている殿下の方がきっとお疲れですわ」

 歩いて移動している私たちの方がよっぽど疲れているのに……などと声には出さず心の中で思いながら、私はお二人の様子を観察し続けた。

「私の魔法には、疲労回復の効果もあります。どうか、殿下の為にこの力を役立たせてください」
「うーん……今は良いかな。貴重な魔力だ。今使うのは勿体ない。」
「ですが……」

 殿下はリリエラ様の申し出をやんわりと断った。けれどもリリエラ様は諦められない様子で、必死に言葉を継ごうとしていた。

 その時だった。

 ザクッ
「痛っ!!!」

 私は、手元をよく見てなかったせいもあって、指をザックリとナイフで切ってしまった。

「おい、何やってるんだよ!大丈夫か!!」

 近くに居たリオルが慌てて駆け寄り、布巾で私の指を力強く抑えた。
 気が付くと、ロキシード様までもが駆け寄ってきていた。

「大丈夫かい?!」
「あ……お騒がせして申し訳ありません。手が滑って指を切ってしまって……」
「見せるんだ!」

 殿下は深刻な表情で、すぐさま私の手を取って傷を確認した。

「リリエラ嬢!彼女を、治療してやって!!」
「えっ……?!」

 その発言に、私だけでなく周囲の者は皆驚いていた。
 自分の不注意で指を切っただけの一般兵に、聖女と呼ばれるリリエラ様の治療は不相応だった。
 けれども、王太子の命令に逆らえる筈もなく、リリエラ様は一瞬表情を曇らせたが、直ぐに穏やかに微笑み、その命令に従った。

「……分かりましたわ。……貴女、私の天幕へいらっしゃい」

 周囲の視線が一斉にこちらを向いている中で、私は戸惑いながらリリエラ様の後について、彼女の天幕へと向かった。

 しかし――

 リリエラ様の天幕に入ると、事態は更に急変したのだった。

 今まで、聖女のように慈愛に満ちた笑みを浮かべていた彼女が、鬼のような形相でこちらを睨んでいるのだ。
 
 私がリリエラ様のあまりの変貌ぶりに狼狽えていると、いきなり後ろから鞭で打たれたのだった。

「貴女、随分と余計なことをしてくれましたわね」
「えっと……オリヴァさん?!」

 後ろを見ると、リリエラ様の侍女のオリヴァが鞭を持って立っていた。こちらも物凄い怖い顔をしていた。

 「これは一体……どういうことでしょう??」

 私は自体が呑み込めずに、ただ狼狽えていた。
 状況があまりに急すぎて、私は何が起きているのか理解できなかった。

 すると、オリヴァさんが氷のように冷たい声で、私に理不尽な怒りをぶつけたのだった。

「折角、リリエラ様とロキシード殿下が急接近して他の婚約者候補の令嬢を出し抜ける機会でしたのに、貴女のせいで台無しですわ」
「え……??」

 リリエラ様は何も言わず、ただ私の事を睨んでいた。
 彼女の言葉は、すべてオリヴァさんが代弁していた。

「リリエラ様がロキシード殿下とお話しされている時に、指を切って周囲の注目を集めるだなんて、なんとも小賢しい真似をしてくれましたわね」
「そんな!私はただ手が滑っただけで――」

 私が説明をしようとすると、もう一度鞭で打たれた

「誰が口を開いて良いと言った?」

 私は痛みに息を呑み、驚きのあまり口を噤んだ。
 本当に、今この場で何が行われているのかが全く分からなかった。

 すると、私が痛がって戸惑っている様子に満足したのか、リリエラ様は満足げに口元を歪め、ゆっくりと顎でオリヴァさんに合図をしたのだった。

「もういいわ、オリヴァ。こんな平民の小娘、この遠征の間だけしか関わらないんですもの。こんなのを相手にしても意味ないわ。放り出しておいて」

 その言葉で、オリヴァさんは無言のまま私の腕を乱暴に掴んで天幕に入口へと引っ張った。

「寛大なリリエラ様がお許しを出された。感謝しなさい。もう行っていいぞ」
「えっ……え……?」
「まさか……平民風情が本当にリリエラ様の治療を受けられると思ったの?なんて烏滸がましい。立場を弁えるべきね」

 最後まで状況を呑み込めないまま、私はよろめくように天幕の外へ押し出された。

(い……今のがリリエラ様の本性なの……?!)

 あまりの出来事に、私は暫く天幕の外で呆然と立ち尽くしてしまった。

「よお、そんなところでボーっと突っ立ってどうした?傷大丈夫だったか?治ったか?」
「リオル……。ちょっとリリエラ様の天幕で、ビックリすることがあって……」

 私が暫くその場で固まっていると、通りかかったリオルが心配そうに私の顔を覗き込み、眉をひそめた。

「お前……怪我治ってないじゃないか?!それどころか血もちゃんと止まってないじゃないか!ちょっと待ってろ!!」

 彼は目聡く私の指の怪我が治ってないことに気づくと、血相を変えて走っていった。そして……エルレイン様と一緒に、薬箱を持って戻ってきてくれたのだった。

「それにしても酷い奴だな。王太子に傷を治すように命じられているのにそれを無視するなんて」
「リリエラ様にも、きっと何かお考えがあったのでしょう」

 エルレイン様は簡単な水魔法で私の指を圧迫し止血してくださった。それからリオルが慣れた手つきで傷口に丁寧に包帯を巻いてくれた。

「まぁ、あのお嬢様は選民意識が強いからな。」
「え?」

 リオルは周囲を気にするように声を落とし、ぽつりと本音を漏らした。

「あの人……と、あの人の侍女。俺が平民だからって物凄い毛嫌いしてくるんだよね。なんていうか、当たりが強い」
「分かります!私も同じです!!」
「殿下の事は尊敬しているけど、やっぱ貴族ってやな奴ばっかだな」
「そ……そんなことありませんわ!」

 確かに、さっきのリリエラ様の態度は嫌な奴と思われて仕方ないけど、けれど貴族にだって良い人はいる。私はそれをリオルにも分かって貰いたく、慌てて言葉を探しながら、それを伝えようとした。

 すると――

「リオル!殿下がお前を呼んでいる!」

 通りすがりの兵士が、リオルに向かって大きく手招きをしたのだった。
 
「あ、じゃあ俺行くわ。お前今日は指を心臓より高い位置にして寝るんだぞ!」

 その声を聞くや否や、リオルは慌ただしく駆けて行った。
 私は、残されたエルレイン様と共に、去っていくリオルの背中を見送った。

「慌ただしい奴だなぁ」
「えぇ。でも良い人ですわ。だから彼にも貴族にも良い人がいるって分かって貰えると良いんだけど……」

 私は小さく息を吐き、包帯の巻かれた指を複雑な気持ちで見つめた。
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