魔力が無いから王族とは結婚出来ないのに、王太子殿下が婚約者候補から外してくれません

石月 和花

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47. 急襲

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 リリエラ様の天幕の前までやってくると、中から話声が聞こえた。

 普通の人ならきっと聞こえない声だったと思う。けれども私は、ロキシード様との勝負に勝ちたい一心で五感を極限まで高めていたから中の会話がはっきりと聞こえたのだった。

 会話の主はどうやらリリエラ様とその侍女のオリヴァさんであるのは間違いなかった。

「オリヴァ、事故に見せかけてロキシード様に大怪我を負わせられる?」
「大怪我だけなら可能ですが、こんな少人数の部隊で事故に見せかけては難しいですお嬢様」
「やっぱりそうよね。殿下が黒龍と戦って怪我を負うのを待つしかないか。……あーぁ、都合よく魔物の大群が現れて、殿下が大怪我してくれたら良いのに」
「一つ私に案がございます。実はお嬢様、こちらに……」

 なんとも不穏な会話に、私は思わず血の気が引き、心臓が強く脈打つのを感じた。
 もっと良く話を聞きたいと、注意深く耳を澄ましたが、そこから先は声が小さくなって聞こえなくなってしまった。

「アルナ何してるんだ?中に入らないのか?」

 私の背後で、何も知らないエルレイン様が不思議そうに、いつもの調子で大きな声
私を呼んだ。その声に私は慌てた。

「あっ、エルレイン様、駄目ですわ!静かにですわ!」

 エルレイン様の声は元気が良くてとても大きい。だから私は慌てて制したけれど、時すでに遅く、天幕の入り口が開くと、中からオリヴァさんが現れたのだった。

「盗み聞きとは、随分とお行儀が良いのですね……何を聞きました?」

 オリヴァさんが、氷のように冷たい目でこちらを射抜くように睨みつけた。
 エルレイン様が一緒なので、さすがに鞭で打つようなことはしなかったが、その奥底に潜む怒気は隠しきれていなかった。

 私は、昨日鞭で打たれた腕をギュッと掴むと、怯まずに立ち向かった。

「具体的な事は何も……ただ、リリエラ様に殿下を害そうとする意思がある事は分かりました」
「いい加減なことを言わないで頂戴。リリエラ様はそんな意思持ってないわ」
「ですがっ!」

 私が反論しようとしたその時だった

 ピィィィィィィィィィィ――ッ

 休息地点に危険を知らせる笛の音が鳴り響いた。

「な……なに??!」

 笛の音に私が戸惑う中、オリヴァさんは微動だにせず、まるでこの事態を予期していたかのように冷静だった。

「魔物が現れたのでしょう。……私たちは天幕に籠ってお嬢様をお守りします。貴方たちも早く行動をした方がよろしいのではなくて?」

(この人まさか……魔物が現れるのを知っていた……?)

 そんな疑念が脳裏に過ぎったが、今はとにかく状況確認が先決だった。
 私はエルレイン様と共に、殿下の元へと走った。



「いったい何が起きたのですか?!」

 私たちがロキシード様のいる中央に駆け付けると、既に休息地に魔物が入り込んでいた。

……ヴェノムラビット

 可愛らしい外見の、兎型の一つ目の魔物。とても気が弱く自分から人間に襲い掛かることは殆どない魔物だ。普段は森の奥で生息しているのに、それが何故か、街道の休憩地点を滅茶苦茶に荒らしている。まるで何かを探しているかのように。

「いいか!ヴェノムラビットには絶対に攻撃するな!!防御と回避に専念してやり過ごすんだ!!」

 殿下がそう叫んで周囲に指示をした。

 そう、私も知識としては知っていた。ヴェノムラビットは絶対に攻撃してはいけないのだ。

 何故ならヴェノムラビットの成体は、攻撃を受けると、体の毒腺から猛毒を発する習性があるのだ。

「どうしてこんな群れが?!」

 誰かが叫んだ。
 それはここに居る誰もが思ったことだった。このヴェノムラビットの行動は尋常じゃないのだ。

 しかし今はそんなことを考えてる余裕はなく、とにかくこの群れをやりすごすしかなかった。

 狭い野営地での魔物の群れと兵士との攻防は、攻撃が出来ない分、こちらの分が悪かった。

「これは……良くないわ」

 私は体当たりしてくる兎を躱しながら、周囲の様子を観察した。

 兵士たちはロキシード様をお守りしながら兎の群れをいなしているが、兎たちは何を探しているのか一向に去っていく気配がない。
 先程から兵士同士の身体のぶつかり合いも増えてきているし、私はこの状況が崩れ始めていると直感し、何か打開策は無いかと探した。

 すると、喧噪の中に何か異質な音がするのに気付いたのだった。

(何かしら……まるで、何か苦しんでるような息遣いの……)

 それは、リリエラ様の天幕の中から聞こえた。

 一か八か、迷っている暇はなかった。

「リリエラ様!失礼します!!」
 
 私は臆せずに、リリエラ様の天幕へ突入した。そして音が聞こえる方へ一目散に歩みを進めると、行き当たった衣装箱の蓋を開けた。

「ちょっと貴女!人の荷物を勝手に何開けてるの?!」

 そこには、怪我をしている子どものヴェノムラビットが居たのだった。

(群れは、この子を探していたんだわ……!)

 私は、なぜ魔獣の子供がここに居たのか追求するのは一旦忘れて、リリエラ様が制止するのも振り切って、傷ついた魔獣の子供を抱えて外へ走った。

「殿下!!魔獣の子どもです!!この群れはこの子を探してるのです!!」
「馬鹿!!何を考えているんだ君は!!」

 私が魔獣の子を抱えたまま殿下の元へ駆け寄ろうとすると、殿下は血相を変えて私の方へ走り寄ってきた。
 私は殿下にそのまま魔獣の子を手渡そうと手を伸ばした。
 すると――
 殿下は私に飛び掛かり、私は地面に倒されてしまった。

(……え??)

 一瞬の出来事で、理解が追い付かなかった。
 仰向けに倒れたというのに頭を打っていないのは、咄嗟に殿下が私の頭を手で庇ってくれていたから。
 
 何が起こったのか分からずに呆然としていると、どこからともなくエルレイン様の声が聞こえた。

「全く、なんて無鉄砲なんだ。傷ついたヴェノムラビットの子供を持って飛び出したら、襲われるに決まってるじゃないか」

 落ち着いて周囲を見ると、確かに私の周りにはヴェノムラビットが集まってきていた。しかし、兎たちはその場で突進を繰り返すばかりで、まるで何か見えない壁に阻まれているようだった。

「これは……結界?」
「そうだよ。エルレインのね」

 ロキシード様は起き上がると、私に手を差し伸べて優しく引き起こしてくれた。
 落ち着いて周囲を見ると、群れの兎の視線は、すべて子兎を抱えた私に向いていた。これらに一斉に襲われてたと思うと、ぞっとした。

「殿下!!」

 結界の外から、涼やかに凛とした声が響いた。

「その怪我をしている魔獣の子供を私に治療させてください!そうしたらきっと、ヴェノムラビットの群れも去ってくれますわ!!」

 なんと、リリエラ様がこの事態を終息させるために、名乗りを上げたのだった。

 まさかの展開に私が目を丸くしていると、殿下は私の手から子兎をそっと取り上げて、リリエラ様の元へと歩み寄った。

「リリエラ嬢、頼めるだろうか」
「もちろんでございます」

 結界に守られているから、殿下とリリエラ様の周りには何も寄せ付けなかった。
 
 二人だけの世界で、リリエラ様は殿下の腕の中の子兎に触れるとそっと呪文を唱えた。すると、子兎が優しい光に包まれて、瞬く間にその傷ついた身体は綺麗になったのだった。

「さぁ、仲間のところにお行きなさい」

 リリエラ様の手で、子兎がヴェノムラビットの群れに返されると、兎たちは、こちらに目もくれずに一目散に駆け出して行った。

 こうして休憩地点を覆っていた緊張はようやく解けたのだが、私の胸の奥にはまだ小さなざわめきが残っていた。

 (だって……あの魔獣の子が居たのはリリエラ様の天幕の中よ?それなのにどうして……)

 周囲の兵たちがリリエラ様を聖女のようだと褒めたたえる中、私はリリエラ様への不信感が募っていった。
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