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16. 二人のティータイム

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「ふふっ、君は面白いね。こんな風に怒られるのは初めてだし、今まで私の体調を心配してもっと休めとは言われたけども、もっとサボれとは言われたことなかったな。」
アイリスから率直な思いをぶつけられて、レナードはどこか楽しそうだった。

「すみません。出過ぎた真似でした。」
「いい、いい。気にしなくていい。ここでは何を話してもいいんだよ。」
「はい……。あの、不快ではないですか?」
「いや、むしろ新鮮だよ。私にそんなこと言う人いなかったからね。君くらいかな、はっきり物を言うのは。」
そう言ってレナードはまた笑った。

彼の表情は、先程よりもずっと穏やかで優しくなっていたので、自分の余計な言葉が結果的に彼の苦悩を和らげられたのだろうと、アイリスは胸を撫で下ろしたのだった。

「しかし、実際問題ルカスの前ではサボれないだろうな。」
「そうですね、あの性格ですからね……」
「悪い奴じゃないんだけどね、頭が固すぎると言うか……」
「そうですね、何せ殿下に躊躇なく口付けをするような生真面目な方ですからね。」
「……アイリス嬢、君は案外良い性格をしているんだね。その件はもう触れないで頂きたい……」
「ふふ、失礼しました。余りにも殿下の反応が面白かったのでつい……。ここでは何を喋っても良いと仰って下さったので。」

そう言って悪戯っぽく微笑むアイリスを見て、レナードは降参するように肩をすくめた。
まだ浅い付き合いではあるが、今までにした会話から、アイリスが頭の回転が早い賢い女性だと言う事が十分に分かったので、口では彼女に叶わないと早々に白旗をあげたのだった。

「参ったね、君は切り返しが上手いな。本当に側に控えるのが貴女で良かったよ。色々な話が出来てとても楽しい。」
「それは、お褒めに預かり光栄ですわ。」

アイリスはニッコリと微笑んで、彼からの褒め言葉を素直に受け取った。王太子殿下に認められたのだからこれほど名誉なことはないと彼女は嬉しそうに笑っていたのだが、言った方の当の本人レナードはそんなアイリスの反応に何だか少し浮かない顔をしていたのだった。

他の令嬢ならば、こう言った好意的な言葉を投げかけると、頬を赤らめたり、恥じらったりするものだが、アイリスの場合はいつもと全く態度が変わらず、一切照れた様子はないのだ。

「……貴女は私に全く興味がないのだろうか?」
「えっ……?全く興味が無い訳では無いのですが……素敵な方だと思っておりますよ。」
「そうなのか?!」
「はい。ここ数日お側で殿下の働きぶりを拝見していましたが国の為を思って本当にご尽力されているのだなと、尊敬いたしました。」

キラキラした目でそう答えるアイリスの言葉に、嘘偽りはないだろう。彼女は本心からそう思っているのだ。
それはそれで有難いと思うが、アイリス自身に惹かれはじめているレナードにとっては、少し残念な気持ちを抱かざるを得なかった。

「そうか……。それは有難う。私も、アイリス嬢のことは、気に入ってるし、素敵な女性だと思っているよ。」
「まぁ、有難うございます。ここに居る間は、精一杯殿下のお役に立つよう努めますわ。ですので、殿下が王位をお継ぎになった後も、我がサーフェス家との良好な関係が保てますようによろしくお願いしますね!」

他意など一切ない満面の笑みで、アイリスは答えた。
レナードは、自分が思っていたような反応と違った事に少し複雑な気分になったが、アイリスのその笑顔がとても美しかったので、今はまだ、これで十分だと納得する事にしたのだった。

「それにしても、殿下は意外と表情豊かなのですね。」
「なんだそれは?」
「あ、いえ。世間一般のイメージでしか殿下を知らなかったので。やはりちゃんと血の通った人間なのだなぁと。」

レナード殿下は完璧人間である。どのような場面でも動揺せずに、顔色一つ変えずに冷静に最善の策をもって、政を執られる。

そのように噂を聞いていたアイリスにとって、レナードの素の表情はとても新鮮だったのだ。

「ちゃんと私は人間だよ。普段は優等生の仮面を被ってるに過ぎないさ。隙を見せれないからね。」
苦笑しながらレナードは答えた。自身の後ろ盾が弱く、政敵が多い中で、彼は常に完璧な王子を演じていたのだが、そのことで自分がどこか人間味のないというイメージを持たれていることを初めて知ったのだった。

「えぇ。お側で見ていて分かりました。殿下は本当に優秀なお方です。けれども完璧すぎて、少し心配になりますわ。もっと気を抜ける場面があると良いのですが……」
「ご心配有難う。そうだな、それなら……こうして、ルカスが居ない時は二人でお茶を飲もう。君とこうして話しているのは良い息抜きになるよ。それに、そうすれば君だって気兼ねなく椅子に座って休めるだろう?」

そう言ってレナードはアイリスの目を見てニッコリと微笑んだのだった。

その不意打ちの笑顔は余りにも尊くて、アイリスは思わず目を逸らすと、しどろもどろになりながらレナードへ返事をした。

「えっ……、あっ……、はい。承知いたしました。こちらまでお気遣い有難うございます。」
まさかこちらの事を気遣ってもらえるとは思っても居なかったので、アイリスはレナードからの眩しい笑顔と気遣いに、少しドキドキしながら深く頭を下げたのだった。

「良かった。これで二人とも休めるね。」
アイリスからの返答にレナードは満足そうに笑った。それから、少し不安そうな顔になって、真面目な声で彼女にある事を確認した。

「それで……、今更聞くのもアレだけど、君の前では素を出してもいいかな?」
それは本当にあまりにも今更な質問だったので、心配そうにそう訊ねるレナードにアイリスは反射的に笑ってしまった。

「勿論ですわ。こちらも今更ですが、大分失礼な事言っても不問にしてもらってますし、私も十分素で話させてもらってますからね。」
アイリスがふんわりとした優しい笑顔でそう答えると、レナードはホッとしたように顔を綻ばせた。

「そうか。良かった。ではこれからも遠慮せずに、お互い接していこうじゃないか。」
「えぇ、喜んでお受けいたしますわ。」
「ありがとう。嬉しいよ。」

二人はそう言うと、お互いにクスクスと笑い合ったのだった。
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