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40. 誘拐2

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改めてアイリスは今の状況を頭の中で整理した。

昨夜は新月だった為に、いつも自分にもかけていた月の加護の魔法をかける事は出来なかった。
それで今朝、出仕の途中で背後から殴られて、そして気がついたらこの部屋に閉じ込められていたのだ。

(……恐らくレナード殿下の事をよく思っていない誰かに、私は誘拐されたんだわ……)

自分の身が危険に晒されるだけならまだ良かったが、きっとこれは、レナードにも迷惑をかけてしまう。

(迂闊だった……。まさか自分が狙われるなんて……)

彼の足を引っ張るような真似だけはしたく無かったのに、敵に捕まってしまうなんて一番迷惑をかけてしまったと、ひどく落ち込んだ。

監視役と思われるカリーナは、アイリスの事を敬意を持って接してくれて敵意は見受けられなかったが、こちらから話を振っても、返事をくれたり、くれなかったりと、中々取り付く島がなかった。

なので暫くカリーナに話しかけてみても、今が拉致された日の夕方である事位しか、彼女との会話では情報を得ることが出来なかったのだった。

そして次第に話すこともなくなり、気まずい沈黙の時が部屋には流れた。

窓から逃げることは不可能で、入り口の扉も一つしかないのだから、せめて扉の外で見張っててくれないだろうか。そんな事も考えた。

この先自分がどうなってしまうのか分からず不安だったが、カリーナの様子から今直ぐに自分が酷い目に遭う事は無いだろうと思って、不安で押しつぶされそうな胸を、大丈夫だと繰り返して奮い立たせながら、先の見えないこの状況に負けないように一人戦った。



そうして、どのくらい経ったか分からない程の静寂の後、部屋の扉が開いたのだった。

そこから現れた人物に、アイリスは注視した。その人がきっと、この誘拐を企てた人物に違いないから。

「これはこれは。お目覚めですか、お嬢さん」
「貴方は……」
現れたのは恰幅の良い中年の男性だった。

残念なことに社交界にほとんど交流がないアイリスは姿を見ただけではこの男性がどこの誰かは分からなかったが、その身なりから、サーフェス家より身分が上の貴族のようには見受けられた。

男は名乗らなかったので、結局アイリスにはこの男の正体が分からなかった。けれども、この男が元凶である事は間違い無かった。

「私を捕まえて一体どうするおつもりですか?!」
身分が上だろうと、今はそんなの気にしている余裕はない。アイリスはその中年男性をキッと睨むと、強い口調で、詰問したのだった。

「なぁに、貴女は何も心配する事ない。時期が来るまでこの部屋で大人しく過ごしてくれるだけで良いんだ。」

男は、子供を宥めるような調子で、ニタニタと笑みを浮かべながらアイリスの問いかけに答えた。
一見すると紳士的に見える振る舞いだったが、その笑みが下衆な笑いにしか見えなかった。


「……殿下と取引をするおつもりですね。」
アイリスは自分の立場を悟った。自分は交渉の材料にされる人質になってしまったのだと認めたくなかったが、自覚せざるを得なかった。

「なるほど、中々聡いのですね。そう言った所も殿下の寵愛を受ける理由なのですかね。」
「それは誤解ですわ……私はただの侍女に過ぎませんわ。」
「そんな訳ないでしょう。今まで浮いた噂が何もなく、幼馴染のドロテア嬢以外の御令嬢が側に居た事もないレナード殿下が、特定の令嬢をずっと側に置いておくというのはそう言う事でしょう。」

城内には相変わらずアイリスの事をレナードの特別な人だとの誤解が広がっていた。それは違うと否定してみても、目の前の御仁には信じてもらえそうになかった。

「それに、この前の大聖堂での記念式典の舞台袖で、殿下が貴女を抱きしめていたという目撃証言も出ているんですよ。」
「だからそれも誤解なんですって!!あれはフラついた殿下をお支えしただけですわ!」
「そんな言い訳誰も信じませんよ。まぁ、お嬢さんは不安でしょうが、大丈夫ですよ。貴女はここで大人しくしているだけで良いんですよ。」

御仁はアイリスの様子を見て、言いたい事だけ言うと部屋を出ていった。
どうやらとりあえずは、身の安全は保証されたようだった。
けれどもそれがいつまでなのか、そして、その後はどうなってしまうのか、そこまでは分からなかった。

(どうにかして逃げ出さないと……)

アイリスは、心細い気持ちを押し込めて、何とかしてここから逃げ出さなくてはいけないと自身を奮い立たせたのだった。
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