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49. 想い合うすれ違い
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アーネストが立ち去って、部屋にはアイリスとルカスと、それに床に寝ているレナードだけになった。
「さぁアイリス様、早く殿下に口付けを!」
「……ルカス様も向こうを向いていてくださいね……」
何度目かも分からないこのやり取りに、ルカスはすんなりと従ってくれた。今やもう、彼もアイリスの事を完全に信頼しているのだ。
そんなルカスの変化に気づき、この二十日ほどの間で、自分は随分と彼らと親しくなれたのだなとアイリスは少し嬉しくなった。
しかし、それと同時に悲しくもなった。
役目の終わりは近づいていて、あと十日ほどで満月なのだ。呪いの完全解呪は喜ばしい事なのに、ここを去らなくてはいけない事を寂しく思ってしまったのだ。
(あと何回、私は殿下に口付けを贈るのだろうか……)
アイリスは床で眠るレナードの顔を愛おしそうに見つめた。
城に来る前は、こんな感情は考えられなかったが、ドロテアに指摘された通りレナードの事を好いてしまっていると自覚したのだ。
けれども身分の違いも重々分かっている。これが叶わぬ想いであると。
(せめて想い出だけを頂きますわ。私の一方的な想い出ですけど……)
アイリスは切ない思いを胸に抱きながらレナードの顔の付近に屈むと、その唇に自分の唇をそっと合わせたのだった。
「殿下……大丈夫で……」
「アイリス!怪我は?!平気なのか?!」
目を覚ましたレナードは、自身を気遣うアイリスの言葉を遮って、真っ先に目の前に居るアイリスの無事を確認したのだった。意識が途切れる直前に彼女が怪我をしたのを覚えていたのだ。
「あっ……はい。治療していただいたのでもう大丈夫です。」
「しかし、傷が……」
そう言ってレナードはアイリスの肩口から覗く包帯に手を伸ばしかけたが、触る訳にはいかないと気付いてその手を止めて空を掴んだ。
「跡は残ってしまうかもしれませんが、まぁ、襟ぐりが広い服を着なければ見えない位置なので、問題ありませんわ。」
アイリスは笑顔でそう答えた。レナードを安心させる為でもあったが、社交界にあまり出る事もないアイリスにとっては、着られるドレスに制限が掛かることなど本当に全く問題が無いからだ。
しかし、レナードはそうは思っていなかった。
「問題大有りだろう!!」
彼は大きな声でそう言うと、アイリスの手を取ってうなだれたのだった。
「何故あんな、危険な嘘をついたんだ……?」
一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかった。それなのにアイリスは、自分は月の加護の魔法があるから大丈夫だと嘘を言って、レナードに犯人確保を優先させたのだ。それが彼には堪えていた。
「それは……殿下に、この様な卑劣な手を使う者の言いなりになって欲しくなかったんですわ。」
アイリスは、急に手を握られた事に動揺しながらも、あの時の気持ちを率直に伝えた。
怖くなかったと言ったら嘘になるが、それでも、あの時の自分の行動に後悔はしていなかった。
握られた手からは、レナードの体温が感じられた。いつも加護の魔法をかける時にとる彼の手はひんやりとしていているのに、今の彼の手は熱っぽくって熱いくらいだった。
「もう二度とこんな真似はしないでくれ。私の寿命が縮んでしまう。」
「……承知いたしました……」
アイリスはそう懇願するレナードの顔を見て、どきりとした。彼は凄く悲痛な表情を浮かべて、アイリスの事を真っ直ぐに見つめていたのだ。
まるでそれは、失いたくない大切な者に向ける眼差しの様であった。
「さぁアイリス様、早く殿下に口付けを!」
「……ルカス様も向こうを向いていてくださいね……」
何度目かも分からないこのやり取りに、ルカスはすんなりと従ってくれた。今やもう、彼もアイリスの事を完全に信頼しているのだ。
そんなルカスの変化に気づき、この二十日ほどの間で、自分は随分と彼らと親しくなれたのだなとアイリスは少し嬉しくなった。
しかし、それと同時に悲しくもなった。
役目の終わりは近づいていて、あと十日ほどで満月なのだ。呪いの完全解呪は喜ばしい事なのに、ここを去らなくてはいけない事を寂しく思ってしまったのだ。
(あと何回、私は殿下に口付けを贈るのだろうか……)
アイリスは床で眠るレナードの顔を愛おしそうに見つめた。
城に来る前は、こんな感情は考えられなかったが、ドロテアに指摘された通りレナードの事を好いてしまっていると自覚したのだ。
けれども身分の違いも重々分かっている。これが叶わぬ想いであると。
(せめて想い出だけを頂きますわ。私の一方的な想い出ですけど……)
アイリスは切ない思いを胸に抱きながらレナードの顔の付近に屈むと、その唇に自分の唇をそっと合わせたのだった。
「殿下……大丈夫で……」
「アイリス!怪我は?!平気なのか?!」
目を覚ましたレナードは、自身を気遣うアイリスの言葉を遮って、真っ先に目の前に居るアイリスの無事を確認したのだった。意識が途切れる直前に彼女が怪我をしたのを覚えていたのだ。
「あっ……はい。治療していただいたのでもう大丈夫です。」
「しかし、傷が……」
そう言ってレナードはアイリスの肩口から覗く包帯に手を伸ばしかけたが、触る訳にはいかないと気付いてその手を止めて空を掴んだ。
「跡は残ってしまうかもしれませんが、まぁ、襟ぐりが広い服を着なければ見えない位置なので、問題ありませんわ。」
アイリスは笑顔でそう答えた。レナードを安心させる為でもあったが、社交界にあまり出る事もないアイリスにとっては、着られるドレスに制限が掛かることなど本当に全く問題が無いからだ。
しかし、レナードはそうは思っていなかった。
「問題大有りだろう!!」
彼は大きな声でそう言うと、アイリスの手を取ってうなだれたのだった。
「何故あんな、危険な嘘をついたんだ……?」
一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかった。それなのにアイリスは、自分は月の加護の魔法があるから大丈夫だと嘘を言って、レナードに犯人確保を優先させたのだ。それが彼には堪えていた。
「それは……殿下に、この様な卑劣な手を使う者の言いなりになって欲しくなかったんですわ。」
アイリスは、急に手を握られた事に動揺しながらも、あの時の気持ちを率直に伝えた。
怖くなかったと言ったら嘘になるが、それでも、あの時の自分の行動に後悔はしていなかった。
握られた手からは、レナードの体温が感じられた。いつも加護の魔法をかける時にとる彼の手はひんやりとしていているのに、今の彼の手は熱っぽくって熱いくらいだった。
「もう二度とこんな真似はしないでくれ。私の寿命が縮んでしまう。」
「……承知いたしました……」
アイリスはそう懇願するレナードの顔を見て、どきりとした。彼は凄く悲痛な表情を浮かべて、アイリスの事を真っ直ぐに見つめていたのだ。
まるでそれは、失いたくない大切な者に向ける眼差しの様であった。
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