anonymous - 短編集 -

帯刀通

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vicious game

03

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今夜でお終いか、とほんの少し名残惜しい気持ちが胸に込み上げる。この青年は随分自分を愉しませてくれたのに、もう遊べないなんて残念だった。せめて最後はいい夢を見せてやろうと、Spaceに入れてやる準備を始める。

立ち上がり、磨き込まれた靴を青年の顔の横に差し出す。

Lick舐めてごらん

Domであれば絶対に受け入れないだろうCommandも、青年はちらりと男を見上げただけで身体を横向きにしてからその先端をちろりと赤い舌で舐めた。その光景を見て、男の足元から一気にぞわりと快感が立ち昇る。全身に鳥肌が立った。堕ちた人間の末路を今まさに目撃していることに言いようのない興奮を覚える。腰の辺りに熱い灯が点った。

Comeおいで and Sitほら、おすわりだ

青年に一旦背を向けて椅子に座り直すと、自分の膝を叩いて示した。のろのろと身体を起こした青年は躊躇いなく男の膝の上に裸体のまま座り、次のCommandを待っている。男はその黒い髪を優しく指先で梳き、頬をするりと撫でた。可愛らしいお人形。虚ろな表情は薄っすら笑みを浮かべはじめ、何かを期待しているのか、胸の飾りと腰の辺りが明らかに勃ち上がっている。

これまで青年との間に性行為はなかったが、今夜で最後なのであればもう遠慮はいらないかと男はポケットをまさぐった。ピルケースを取り出し、さっきとは違う色の錠剤を手に取る。これで天国にトバしてやってもいい。

「はい、Openあーんして

青年の口が緩慢に開き、男の指が口唇に触れたところで何を思ったか青年がべろりと真っ赤な舌を伸ばして男の指を舐め上げた。その瞬間、まただ。また男の全身を電流が駆け抜けた。思わず引き抜こうとした指をガッと強かに噛まれ、ギリっと八重歯が食い込む。

Stop止めろっ!」

Commandと共にピタリと青年の動きが止まる。八重歯は食い込んだまま、男の指を離さない。

「…やってくれるなあ!」

服従しながらも従順ではない青年のぼうっとした表情、だが黒い瞳の奥にギラついた反逆の意志を見て、男は高らかに笑い声をあげた。

「…Open離せよ

静かに青年が口を開いて、まるで口づけをしたような音の後でつぅっと引き抜いた指と舌の間に透明の橋がかかる。二人の間に横たわる脆く危うい絆のようだった。

Stay動くなよ?

男は青年の胸の辺りをつぅっと撫でる。濡れた指先を拭うように擦りつけて、青年の鎖骨に歯を立てた。ギリっと痛みで顔をしかめる青年の頬を優しく撫でて、首筋に舌を這わせきつく吸いついて赤い痕を残す。これまで一度も所有の証など付けたことのない男の意外な行動に、青年の目が泳いだ。

ゆっくりと時間をかけて腕に肩に胸に腹に腰に散らされていく花弁たち。男の口唇が触れる度にひくひくと青年の身体が揺れる。官能の疼きが腰の辺りに澱となって溜まっていく。はぁっと熱い息を吐き出す青年には目もくれず、男はひたすらに小麦色の肌に花を咲かせていく。

伏せた男の睫毛が落す影に、憂いを帯びた視線に、薄い口唇から覗く舌先に、何処に目をやっても呼び起こされる官能に困惑した。触れられた大きな手が腰をつかみ抱き寄せられると胸が軋んだ。心地よい痺れが後頭部から背後の空間に拡がっていき、青年の吐息を甘く染める。気持ちが、いい。

こうしていつも最後には気持ちよくされてしまうこの関係を何と名付ければいいのか。自分が主導権を明け渡して男の前に服従し陥落してしまえば、この関係が終わってしまうことを青年は無意識に理解していた。だからこその抵抗、だからこその不服従、青年が挑み続ける理由は其処に在ることを、男も本人すらも理解していない。互いに傷つけあう行為は、心底求め合う行為と背中合わせだった。

ふわりと身体から意識が浮き上がり、パステルカラーの雲が見える。銀河を漂う透明な身体を幾百もの箒星が貫いて通り過ぎていく。ゆらゆらと大小色とりどりの宝石を散りばめた天空の川を渡す。柔らかな風がまとわりついて、星々のもとへ誘う。今まで見たどのspaceよりも美しく甘やかな光景だった。

Say教えて?」

遠くから優しい声が響く。何が見えるか教えて、と問う柔らかな音に導かれて、青年は目の前の光景を伝えるべく言葉を紡いでいく。うっとりとした恍惚の表情を浮かべて、ふわふわと微笑む青年の髪をそっと撫でながら男は優しく抱き締めた。

「…Good Boy上出来だ

ふいっと朧げな夢から醒めた意識が急激に引き戻される。ぎゅんっと巻き戻される世界、身体の中に意識がストンっと投げ込まれてピタリと定着する。チカチカとした視界が暗がりに馴染み、青年の眼が目の前の男を捉えた。

「お帰り。どうだった?いい夢見られたみたいだなあ?」

片方の口をニヤリと引き上げて嗤う顔に、一気に血の気が引いた。
これまでにない速度で、これまでにない鮮明さで、spaceへと導かれてしまったことに対する恐怖が全身を駆け抜ける。自分はもう、完全にSubに堕ちてしまったのだろうか。

ふるふると俯いて黙り込む青年の頬を掴んで無理矢理に視線を合わせると、男は可笑しそうに嗤った。

「どうだ?そろそろギブアップ、するか?」

男に服従を誓えばこのゲームは終わる。Sub堕ちした自分は見捨てられて野に放たれるだけ。その末路は…考えることすら拒みたくなる未知の恐怖だった。

「俺の玩具モノになるか?」

口ではそう揶揄かったものの、男の心中では不思議な感情が沸き起こっていた。Sub化したDomなど飼っていても意味がないと毎回放擲してきたはずなのに、何故かこの青年を手放すのは惜しいと感じた。何処がどうとは形容し難い本能的な何かが、この青年に固執し始めている。一筋縄ではいかない強情さ、ギリギリの瀬戸際で踏み止まる胆力、だのに男によって導かれるspaceでは極上に蕩けた艶を見せるこの青年のアンバランスな魅力に、男自身も知らないうちに取り込まれ始めているのかもしれなかった。

まだ、捨てるのは惜しい。
コイツが堕ちた先の光景が見たい。
その時、コイツはどんな顔で俺を見るんだろうか。

さっきまであれ程艶やかな表情を浮かべて悦に入っていたはずの青年は、男の問いに精一杯の敵意と反抗を込めて睨むことで返した。

「そんな顔して見てもいいって教えたか?」

男は嗤いながら、そうこなくては面白くない、と言いたげに目を細めながら指先で顎をつかむ。まだ堕ちてくれるなよ、もう少し俺を愉しませてくれ。

深く椅子に腰かけて脚を組み直す。神経を逆撫でされた猫のように毛を逆立てる青年をうっとりと見やりながら男は挑発的に嗤った。

「ホントに強情。っは、そういうトコロも気に入ってるけどな」

男たちの遊戯はまだ終わらない。

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