三度目の衝撃。

帯刀通

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解放の解法

01

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案の定というか、想定通りというか。
雨の中大捕物を演じた僕は、己のキャパシティを完全に過信していたとしか言えない。一旦仮眠しろと送り出され、宛てがわれた仮住まいでロフトに上がることすら出来ずに床に倒れ込んだ。

警察に行く時間だと呼びに来たのに返事がないことを危ぶんだスタッフが合鍵でドアを開けると、荒い呼吸で熱にうなされる僕が転がっていたというオチだった。

慌てて医務室に連れていかれ、通いの看護スタッフに看てもらってとりあえずの解熱剤を飲み込む。弱い。余りにも弱かった。熱と夢の狭間で、とろりとした灰色の闇に飲み込まれていった。

灰色の闇。音もない世界。
目の前にはテレビが置いてある。周囲に人影はない。

突然パチンっとスイッチが入って映像が映し出される。冷たい床に腰を下ろして、画面に見入った。

洗濯物を畳む子供。弾かれたように手を引き抜く。中から飛び出す警戒色。

──一度目の衝撃

無音の中で湧く観衆。スタンドからカメラは裏手へと移動し、ひとり足をフラフラ揺らしながら腰掛けている子供がアップで映し出される。幼い黒髪の少年とも少女ともつかない横顔。そこに近寄っていく特徴のない男。手を伸ばせば掴める距離、逃げて、捕まっちゃダメだ。怯えた顔の子供、大きな手が引きずり下ろす尊厳。

──二度目の衝撃

急に場面は変わって、映し出されたのは夕暮れの校舎。二人きりの部屋、机に影が差し込む。半袖から伸びる日焼けした肌。溢れる茶褐色の液体。俯く少年と、グロテスクな欲望の対比。思わず目を背けた。

──三度目の衝撃

そこから映し出されたのは、様々な断片。
満天の星空、埃っぽい研究室、放課後のグラウンド、女子たちの制服のスカート丈、バイト代を貯めてやっと手に入れた相棒、積まれた文献、プラネタリウム、ポンコツの中古車、灰色の日常、そして。

雨だ。
レインコートが肌に張りついて気持ちが悪かった。闇に走る閃光。走る足が踏みしめる大地、突き刺さる隆起、草むらの匂い、滲み出る汗。肩に当たる衝撃、腕にかかる人間の重み、叫び声、光、全身を貫く痛み、恐怖、逃げ出したい、それでも、
たすけたい。

プツっと映像は途切れた。

たすけられて、よかった。

僕がたすけたかったのは、

あの日の自分だったのだろうか。

何度も打ちのめされ、傷ついた

自分自身を、たすけたかったのだろうか。

───ねえ、僕は君を救えたかい

声にならない問いかけに、くるりと振り向いた少年は泣き腫らした目をそっと拭って、小さく頷いた。口唇が動く。

───ありがとう

たった五つの言葉で、確かに、僕は救われた。

世界が暗転した。

───────────
目が覚めても身体は熱いままで視界はぐらぐらと揺れていた。熱はまだ引かないようだった。

とりあえず事情聴取を受けてきたという高塚さんの話を夢現で聞きながら、宿泊客だった女の子たちに何事も無かったと聞いて安心している自分に少し驚いた。苦手で嫌いだという性差だけで彼女たちを見捨てることをしなかった自分に少し、安堵もしていた。

「まぁ、身体が治るまではさ、ここにいなよ」

言われるまでもなくここまでは単身、ポンコツ車で辿り着いたのだから乗って帰れるようになるまでは留まるしかない。何も気にせず寝るといい、と頭を撫でてくれた無骨な手はあたたかくて大きくて、目を閉じればスっと眠りに吸い込まれていった。

断片が織り成す夢の切れ端に意識を引っ張られながら反芻する走馬灯たち。隙間からポロポロとこぼれ落ちて足元に散らばったのは、自ら捨ててきたものたち。友人たちが垣間見せる優しさや労りすら拒絶して、ひとりで生きていくのだと肩で風を切る自分の虚勢が、とても小さく見えた。

インナースペースではオトナになりきれなかったコドモの僕が膝を抱えて俯いている。

もういい加減出ておいでと手を差し伸べると、不安げな表情を浮かべてきょろきょろと辺りを見回す。何かを探しているのだろうか。熱で汗ばむ手をもう一度伸ばす。おいで、もう十分苦しんだろ。

背後から光が射した。
あたたかくて薄ぼんやりした春の午後みたいにあたたかな。

手が、あたたかかった。
熱い自分の手よりも低い温度のそれはほんのりとあたたかい程度なのに、はっきりと自分との境界線が分かる。誰かに手を握られている。

薄く目を開ければ、そこにはいつもの見慣れた顔がいた。

「あ、起きた?」

こんなところにいるはずもないのに。
何してんの、お前。

掠れて出ない声をも読み取って、後輩はふにゃりと微笑んだ。

「熱もだいぶ下がったみたい。よかった」
「なん、で」
「色々ありまくったって聞いてさ、とりあえず助けにきた」
「だから、なんで」
「だって、助けて欲しかったでしょ?」

何だそれ。ドヤって言うな。お前、僕の何なんだよ、ただの後輩だろ。

普段だったら冷たくあしらうはずが、何故だか言葉が出てこない。思わぬ所で思わぬ事態に遭ったから気が弱くなってるんだ。見知った顔に出会って安心してるだけだ、こんなの。

ぎゅっと手を握られる。

「なんかさ、大変だったみたいだけど、無事で安心したわ」

ニコリとあの人好きのする笑顔を見せられて、ホッとしてるなんて。熱だ、全部熱のせいだこんな気持ち。

「先輩が助けた子たち、無事に帰ったって。本当に有難うございましたって感謝してたよ」
「……あ、そ」
「よく頑張ったね先輩。カッコいいじゃん」

頭を撫でられた。手は繋いだまま。
止めてくれ。手のひらから優しさが染み込んできてしまう。絆されてしまう。そう叫びたいのに上手く声が出ないから、ただ黙って目を閉じていた。頬を流れるあたたかいモノには知らないフリをして。何度も何度もそっと触れる手は、僕が再び眠りにおちるまで止まることはなかった。
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