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木々のまにまに。
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身体が萎縮する。若い男、呪縛となって今も自分を苦しめている恐怖の対象。倒れろよ、なんで、僕が非力だからか。男の手が振り上げられたのが密着した筋肉の動きで分かった。地面を踏み締めてぐっと太腿に力をためて身体ごと噴射するように激突させるが、ビクともしない。背中の中心あたりに衝撃が走る。
「っ、がはっ」
刹那、絶息する。逃がし切れずに波紋のように全身に広がる痛み。骨が軋んだ気すらした。
「やめろォ!!」
もうひとつの声が頭の上から降ってきて、抱きついていた男の身体がぐらりと傾いだ。引っ張られるように僕の足も宙に浮く。バターンと三者が一斉に地面に倒れ込む。びしょびしょになりながら草いきれの中、もがいて逃げようとする男に縋りつく。突然背後から明るい光が射した。明順応しきらない瞳でもシルエットは分かる。若い女の子、一人、二人、
「来るなっ!!!!」
反射的に叫べば、ビクリと震えた影が中に引っ込む。絶対に、行かせない。
武道の心得もない、腕っ節も強くない、チビでガリガリで非力な僕に出来ることなんて、この手を決して離さないことだけ。逃がしてたまるか。
地面を這うようにもがいていた男の膝が立ち、身体が持ち上がる。このままじゃ逃げられる。全体重をかけて腰に回した腕をグイッと引き寄せる。バランスを崩した男の身体がぐしゃりと潰れ、地面に打ちつけられた拍子に挟まれた腕が悲鳴をあげた。重い、痛い、嫌だ、でも絶対離さない。
「あんちゃん!」
「おっさん!早く!」
男の背中に高塚さんが馬乗りになった。必死に逃げようと腕を振り回す男、その手に握られた棒のような塊が当たったのか、グッと苦しげな声が聞こえた。
このままじゃヤバい。
誰か、誰か、助けて
「キャーッ!!」
「誰か助けて!!」
「誰かーっ!!」
「助けてくださいっ!!!!」
闇を切り裂く声が聞こえた。
押さえ込んでいた男の身体がビクリと固まった。
中から聞こえてきた叫び声に、パッ、パッ、といくつかのティピーに明かりが灯った。その瞬間、視界の端にキラリと何かが反射した。銀色の小さな筒。今しかない。
無理やり身体を捻って地面を蹴飛ばす。草の上に投げ出されていたソレ目がけて上半身を伸ばす。頬がザリザリと土に削られるのもかまわず、腹の底から息を吸い込んで口に咥えた。
ピィーーーーーーーーッ
闇の中を一直線に飛んでいくホイッスルの響き。
縋りついた身体がグイッと向きを変える。もう一度息を吸い込んで吹き鳴らす、警笛の音。
黒いもうひとつの塊がバサッと雨具を脱いでもう一度背中に跨ると、暴れる腕を掴まえて縛り上げていく。数十秒か、数分か、頭上の攻防がどれ程続いたのかは分からない。ただ腕の感覚がなくなるほど必死に掴んでいた身体がやがて観念したように静かになり、頭をぐしゃぐしゃと掻き回す手の動きで顔をあげれば、遠くからバタバタと走り込んでくる幾つもの足音と高塚さんの必死な笑顔が見えた。
「よくやったな、あんちゃん。お手柄だ」
こそ泥だか変質者だか、とにかくテントに押し入ろうとしていた男を現行犯で捕まえて、駆けつけた警察に引き渡して簡単な事情聴取を受けた後、被害を受けたテントの宿泊客たちを移動させ、当直の従業員たちが総出で再度見回りをして、続々と加勢に来た代わりの従業員たちに引き継ぎをして、バックヤードのシャワーを借りて熱いお湯を浴びて出てきた頃にはもう、すっかり夜は明けていた。
何が起こったのか、真相はまだ解明されていない。後で最寄りの警察署に出頭して事情聴取を受けるように言われていたけれど、正直そんな体力は一ミリだって残っていなかった。
とにかく足が痛い。腕が痛い。顔も頭も痛い。痛くない場所を探す方が早いくらいだった。切れたり擦れたりぶつけたり殴られたり、こんな目に遭うなんて。まただ。日常の裏に潜む衝撃。地続きの危険と恐怖が明確な形で襲ってきた、それなのに。
不思議と、気持ちは凪いでいた。
あんなにも衝撃的な事件が起きたというのに、もしかしたら生命の危険すらあったかもしれないのに、恐怖や嫌悪よりも先に僕の胸に残ったのは、達成感とも言うべきおかしなカタルシスだった。
長年胸につかえていたわだかまりが消え、重しが取れたみたいに心は軽くなっていた。暴漢に襲われるという前代未聞の危険な目に遭っておきながら、何故だか僕は、
救われた、と感じていた。
立ち向かい、抗って、拒絶する。
嫌なことは嫌だと主張する。
勝たなくてもいいから負けない。
言いなりにならない。
泣き寝入りしない。
あの日の幼かった僕自身が望んでいたのは、そんな当たり前のことだったのかもしれない。
心にひとつ、あたたかい水が染み込んでいった。
「っ、がはっ」
刹那、絶息する。逃がし切れずに波紋のように全身に広がる痛み。骨が軋んだ気すらした。
「やめろォ!!」
もうひとつの声が頭の上から降ってきて、抱きついていた男の身体がぐらりと傾いだ。引っ張られるように僕の足も宙に浮く。バターンと三者が一斉に地面に倒れ込む。びしょびしょになりながら草いきれの中、もがいて逃げようとする男に縋りつく。突然背後から明るい光が射した。明順応しきらない瞳でもシルエットは分かる。若い女の子、一人、二人、
「来るなっ!!!!」
反射的に叫べば、ビクリと震えた影が中に引っ込む。絶対に、行かせない。
武道の心得もない、腕っ節も強くない、チビでガリガリで非力な僕に出来ることなんて、この手を決して離さないことだけ。逃がしてたまるか。
地面を這うようにもがいていた男の膝が立ち、身体が持ち上がる。このままじゃ逃げられる。全体重をかけて腰に回した腕をグイッと引き寄せる。バランスを崩した男の身体がぐしゃりと潰れ、地面に打ちつけられた拍子に挟まれた腕が悲鳴をあげた。重い、痛い、嫌だ、でも絶対離さない。
「あんちゃん!」
「おっさん!早く!」
男の背中に高塚さんが馬乗りになった。必死に逃げようと腕を振り回す男、その手に握られた棒のような塊が当たったのか、グッと苦しげな声が聞こえた。
このままじゃヤバい。
誰か、誰か、助けて
「キャーッ!!」
「誰か助けて!!」
「誰かーっ!!」
「助けてくださいっ!!!!」
闇を切り裂く声が聞こえた。
押さえ込んでいた男の身体がビクリと固まった。
中から聞こえてきた叫び声に、パッ、パッ、といくつかのティピーに明かりが灯った。その瞬間、視界の端にキラリと何かが反射した。銀色の小さな筒。今しかない。
無理やり身体を捻って地面を蹴飛ばす。草の上に投げ出されていたソレ目がけて上半身を伸ばす。頬がザリザリと土に削られるのもかまわず、腹の底から息を吸い込んで口に咥えた。
ピィーーーーーーーーッ
闇の中を一直線に飛んでいくホイッスルの響き。
縋りついた身体がグイッと向きを変える。もう一度息を吸い込んで吹き鳴らす、警笛の音。
黒いもうひとつの塊がバサッと雨具を脱いでもう一度背中に跨ると、暴れる腕を掴まえて縛り上げていく。数十秒か、数分か、頭上の攻防がどれ程続いたのかは分からない。ただ腕の感覚がなくなるほど必死に掴んでいた身体がやがて観念したように静かになり、頭をぐしゃぐしゃと掻き回す手の動きで顔をあげれば、遠くからバタバタと走り込んでくる幾つもの足音と高塚さんの必死な笑顔が見えた。
「よくやったな、あんちゃん。お手柄だ」
こそ泥だか変質者だか、とにかくテントに押し入ろうとしていた男を現行犯で捕まえて、駆けつけた警察に引き渡して簡単な事情聴取を受けた後、被害を受けたテントの宿泊客たちを移動させ、当直の従業員たちが総出で再度見回りをして、続々と加勢に来た代わりの従業員たちに引き継ぎをして、バックヤードのシャワーを借りて熱いお湯を浴びて出てきた頃にはもう、すっかり夜は明けていた。
何が起こったのか、真相はまだ解明されていない。後で最寄りの警察署に出頭して事情聴取を受けるように言われていたけれど、正直そんな体力は一ミリだって残っていなかった。
とにかく足が痛い。腕が痛い。顔も頭も痛い。痛くない場所を探す方が早いくらいだった。切れたり擦れたりぶつけたり殴られたり、こんな目に遭うなんて。まただ。日常の裏に潜む衝撃。地続きの危険と恐怖が明確な形で襲ってきた、それなのに。
不思議と、気持ちは凪いでいた。
あんなにも衝撃的な事件が起きたというのに、もしかしたら生命の危険すらあったかもしれないのに、恐怖や嫌悪よりも先に僕の胸に残ったのは、達成感とも言うべきおかしなカタルシスだった。
長年胸につかえていたわだかまりが消え、重しが取れたみたいに心は軽くなっていた。暴漢に襲われるという前代未聞の危険な目に遭っておきながら、何故だか僕は、
救われた、と感じていた。
立ち向かい、抗って、拒絶する。
嫌なことは嫌だと主張する。
勝たなくてもいいから負けない。
言いなりにならない。
泣き寝入りしない。
あの日の幼かった僕自身が望んでいたのは、そんな当たり前のことだったのかもしれない。
心にひとつ、あたたかい水が染み込んでいった。
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