恋愛エントロピー

帯刀通

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turn A - 急 -

05

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元々、夏が終われば研究に専念する予定だった。

うやむやにしたまま姿を消すなんて逃げてるみたいでカッコ悪いけど、正直もう会わなくて済むならその方が良かった。

忘れようと決めていた。思い出さないようにと努力した。それでも、

街で金色の髪を見かける度に、新宿の街を通る度に、噛み締め過ぎて青黒く腫れ上がった腕の傷が痛む度に、身体が否応なしに思い出してしまう。

滑稽な恋だと嗤うことでしか痛みを逃がせない。壊れてしまった心はあの日から歪んでしまったまま、世界は色を失って、目に映るもの全てが味気ないモノクロに変わってしまった。

大好きだった研究も、趣味さえも、俺の心を動かすことはなかった。

これは明白な罰だった。高望みをして、欲張って、結局傷つけて。あの涙を思い出す度に吐きそうになる。やはり、神様に許されるわけはなかったんだ。

ただひたすら、距離と時間を置くことで、さっさと最悪な黒歴史など忘れてくれるようにと祈るしかない。そして、どうか一日も早く幸せになってくれ、と冷たく高い冬の空に祈った。

時間というのは偉大だ。半年なんてあっという間に過ぎ去り、俺の傷もかなり癒えて、何もかも夢だったんじゃないかと思えるように、淡い記憶の彼方に痛みを押しやる術も覚えた。

変わらない日常にあの派手な髪色がいない。
ただ、それだけ。それだけのことだった。

春になり、桜の蕾が綻ぶ頃、遂に卒業の日を迎えた。

10年、10年だ。長いようで短かった。このキャンパスに通うこともないのかと思うと、何もかもが愛しく見えて、ゆっくりと時間をかけて広くて狭いキャンパスをぐるりと回る。テニスコートの脇を通ってまた元の場所に戻ってくれば、もう懐かしさに涙腺は弛みっぱなしだった。

ようやく獲得した博士号を手に、就職することは決まっていた。そのまま研究室に残る道も考えはしたが、やっぱり新しい世界を覗いてみたいという好奇心が勝った。もう、この場所には戻らない。

アイツはきっともう、俺のことなどキレイサッパリ忘れていることだろう。半年も経ったんだ。サークルの後輩たちから時々もたらされる近況報告によると、随分頑張っているようだったし。

物分かりのいい大人になってしまった俺たちなら、何もなかったフリをしてフツーの先輩後輩を演じるくらい容易いことだろう。それが正しいことだとお互い分かっているから。でも、もう甘い想い出に浸るのは止めて、サークルからも卒業する道を選んだ。

だから、今日までの俺とはここでお別れだ。

悔いのない充実した大学生活だった。たくさんの仲間に会えて、時間をかけた分だけ普通の大学生よりも貴重で楽しい経験を山ほど積めたと思う。一生の仕事も見つかった。これ以上望むのはバチが当たると素直に思えるくらい、恵まれた10年間だった。

今日ここを卒業して、明日から新しい生活が始まる。
万感の想いを込めて、通い慣れたキャンパスを見つめた。たくさんの宝物が詰まったここから旅立つのは淋しくて、切なくて、込み上げてくる感傷を何とか飲み込む。言葉なんかじゃ伝えきれない感謝を込めて、深く頭を下げる。

10年間、俺を育ててくれて、有難うございました。

……ゆっくりと頭を上げて、深く息を吐いた。
さて、と。くるり、と踵を返して正門へと向かう。

門の向こうにはまだ、まばらに人が残る駅が見える。そこに、信じられないものを、見た。

正門を抜けて真っ直ぐ迷いのない足取りで向かってくる、派手な金色の髪。

ーーー嘘、だろ。なんで。

目を疑った。あんまり愛しすぎて、とうとう幻覚が見えたのかと思った。だって、そんなの、反則だろ。

まるで結婚式に参列するみたいにフォーマルなダークスーツを着こなして、少し緊張したように口をきゅっと引き結んだまま近づいてくる。その手には、大きな花束。

足が地面に縫い止められたように動けない俺の目の前まで来て、ぴたりと足を止めた。

少し見上げる角度で、軽くぺこりと頭を下げて、ふにゃりと目を細めた。悪戯っ子みたいに無邪気な微笑み。…ああ、そうだ。その顔が何より好きだったんだ、と回らない頭の片隅で思い出す。目が、離せない。

「卒業おめでとうございます」
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