影牢 -かげろう-

帯刀通

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逆行する歯車

04

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幼な子は何故か僕になついた。いつもキョロキョロと小さな頭を振りながら、僕の姿を探して歩き回っているのをよく見かけた。そして、見つけると満面の笑顔で駆け寄ってくる。

笑顔だけはあの日見た彼女の顔にそっくりで、その顔だけは僕のお気に入りだった。しかし、幼な子は僕に近付き、話しかけ、あまつさえ触れようとする。耐えられない。

「寄るな」

睨み付けても気にせず、手を伸ばしてくる。

「触れるな」

声に含まれる怒気に恐れを抱いたのか、少し躊躇ためらいながらもまた、懲りもせず手を伸ばしてくる。

ーーーちかちゃ。

舌足らずな声でそう呼ばれた瞬間、全身の血が沸騰した。


「二度と、その名で呼ぶな」

怒髪天を抜くとはこのことか。

耳が穢れる。想い出が、あの人が、何もかもが穢される。
赦さない、赦さない、赦さない、赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない。

僕は決してお前の存在を赦さない。

「あの人以外が呼ぶことは決して赦さない」

それは即ち、生涯誰にも赦す気はないということ。あの人に呼ばれるためだけに、僕の名前は存在する。そのことを分かっているのは、未来永劫この世界で僕だけでいい。

泣き出しそうな顔をしながら謝る幼な子に気付いた門倉が、何事かと駆け寄ってくる。事のあらましを話して聞かせると、

「他のお兄様方同様、お兄様とお呼びになられませ。真愛まさちか様のことは、ちか兄さま、と」

幼な子は門倉が来て気が緩んだのか、しゃくりあげて泣き始めた。優しく抱き締めながら、頭を撫でてやる姿は、父親のかがみといえる。まあ、赤の他人なのだが。あの人の面影を遺すからこそ、僕はこの子供が赦せない。あの人と遺伝子を分けあってこの子供に与えたもう一人の存在が、この子供を見る度にちらついて、それがより一層怒りと嫉妬を際立たせる。

そう、これは醜い嫉妬だ。

あの人の隣に並ぶのは僕でありたかった。あの人の全てを独占したかった。出来ないのであれば、髪の毛一筋さえもこの世に遺しておきたくはなかった。

だが、目の前には、僕が手に入れられなかった存在を象徴するように、動き、笑い、泣く、生きた残像がいるのだ。どうしようもなく苛立つ心を、行き場のない恋心を、持て余すことしか出来ない。

所詮、その程度の度量しかない人間なのだ、僕は。

天才だなどと、嗤わせる。僕もまた、唯の矮小な子供でしかないのだ。それを気付かせるからこそ、余計にあの幼な子が厭になる。

ーーー恋なんて、するものじゃない。

加速度的に頭が悪くなる。恋なんて、本当にするんじゃなかったな。
そう気付くのはきっと、もう恋に堕ちてしまったからだろう。

本当は、あの子供に罪はないことなんて分かりきってる。只の八つ当たりでしかない。それでも僕は、あの人がいてくれたら、と願わずにはいられなかったのだ。それくらい深く尊い気持ちで、あの人に恋い焦がれていた。
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