影牢 -かげろう-

帯刀通

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夢現の喪失

06

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体調が戻ってからも、門倉言う所の「取り憑かれた」状態は治まらなかった。
ただ、物理的に距離が離れている分だけあの夜の隔離部屋で味わった苦痛にも似た淫楽は薄れ、消えない熾火がくすぶっているだけだった。

見舞いにと訪れた兄達は、僕よりも余程憔悴していた。特に酷かったのは雪だった。己が目を離した隙に密が連れ去ったことを知って、雪には珍しく激高していた。悔やんでも詮無いことと理解はしていても、遣り場のない怒りの収め先が見つからなかったらしい。血塗れにしたのだろう、傷跡だらけの拳が痛々しい。八つ当たりとは滑稽な仕儀だが、それも仕方ないことなのだろう。

春は終始無言で、平生の温和なのっそりとした熊の態から一変、腹を空かせた凶暴な野獣へと変容していた。長い付き合いではあるが、春の思い詰めた顔など見た憶えがない。見たくもない。

月は飄々としてはいたが、終始毒を撒き散らかしていた。小悪魔ではない、あれでは悪魔だ。他人を刺す棘で自分も刺しかねない危うさを孕んでいて、妙にギラついている。

僕はといえば、美澄を取り返す方法を考えていた。
当然、兄たちや父に進言はした。密が連れ去った(と思われる形で消えた)美澄の行方を明らかにし、連れ戻すべきだと。元々、北白川の庇護の下から美澄を逃すなど冗談でもあってはならない事態なのだから。

単に北白川からΩが排出される恥云々の問題では済まない。美澄が孕めば、その父親となる人物は容易に北白川に連なることが可能となる。勿論財産を意のままに出来る訳はないが、如何な細い繋がりでも利用してのし上ろうとする輩が巷間に溢れていることは想像に難くない。

美澄にとっては窮屈であろう檻も、その実、本人を守るための壁であることに果たして気付いていたのか否か。年端もいかない子供に思慮分別を求めても詮方無い。孕んで捨てられたり道具として酷使されたならば、傷付くのは美澄だ。身体も心も無事では済まないと判り切っている状況に追い遣る様な真似を、誰が為すだろう。

両親も兄たちも、屋敷の者たちですら、美澄のことを砂糖を塗した菓子に蜂蜜をかけるように甘やかしているのだから。過保護に過ぎるからこそ本人の目は曇っている可能性もあるが、僕の感知する所ではない。

兎に角、美澄を取り戻す。力尽くでも連れ帰る。そう決意したが、初動は徒労に終わった。

原因はアレだ。アレは美澄を孕ませて子を為したいと世迷言を吐いていたが、どうやら妄言でもないらしい。美澄に憑依するのだから、両親や兄たちを何らかの手段で丸め込む事等、アレにとっては児戯に等しいのやもしれない。あの密ですら人形のように自在に操っていたのだから。

父や兄ですら手出し無用とされているならば元凶は更に上に在る筈と、僕は祖父の住まう離れを訪ねた。

家族ですら滅多に顔を合わせる機会のない老人ではあるが、いまだ家長の座に収まり続けるだけの由はある。しわぶきひとつで、他を圧する。厄介な相手だ。

「結論から言えば、手出しすること罷りならぬ」
「…理由は」
「お主が知る必要も理由もない。此度は儂が預かる。話は以上だ」
「承服しかねる」
「お主の意など如何でもよいわ。去ね」

交渉のテーブルにすら着かせない心算か。時間の無駄だ。部屋を辞した。
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