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隷属者の下剋上
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記憶も抜け落ちた儘、連れて帰られた後は、僕は隔離部屋に押し込められている。
あの夜から美澄ならぬ泉と距離が隔たっていようがいまいが、僕は奇妙なことにΩ化から脱け出せず、屋敷の中に居るだけで己が身の変調を如実に感じるようになったからだ。
忌々しいことには、兄たちでさえも、必死に精神力と理性を総動員しなければ僕と接触出来なくなった。生半な抑制剤など何の意味も持たない。畢竟、僕の世話は鋼の心臓と鉄の自制心を持つ門倉の役目となった。
門倉にあの二人の行方を尋ねたら、思いの外あっさりと教えてくれた。また目を盗んで探し回った挙句、斯様な事態に巻き込まれる位なら、と思っているのが明白だった。
「お二人は、大旦那様の離れにてお過ごしでございます」
目と鼻の距離だった。
「目を離すな、と仰せでございますので。βの使用人に対しましては然程影響も無くなっているようでしたので、αであるご家族の皆様が近付かれませぬ限りは問題もないようでございます」
だが、其れではアレの目的である繁殖行為は進まぬのではないか。
「大旦那様もご承知のこと。何か御策がおありなのでしょう。それよりも今は……ご自身をお労りくださいませんか」
珍しく門倉が言い淀む。
「ご幼少の砌より、ご兄弟皆様を慈しみ、お育てして参りました自負が私めにもございます。何方も分け隔てなく、北白川財閥の長となるに相応しきよう、力及ばずながらも務めさせていただきました心算でございます。
中でも真愛様、貴方様の利発さは才気煥発などと陳腐な表現では足りぬ程、卓抜してらっしゃいました。末は博士か大臣かと人は申しますが、貴方様に限りましてはその輝かしき行く末が思い付かぬ程の眩しさでございました。そして、解語の花とも讃えられる美貌をお持ちでらした。
ーーー私は、少なからず危惧しておりました。
貴方様の如く、天与の才を神様より贈られた方は、持てるが故の高慢さを抱きがちなもの。神の恩寵が仇にはならぬかと、胸の内では恐れてもおりました。
併し、貴方様は左様に瑣末な次元には止まらず、幼き頃には既に遥か高みから我々を見下ろしつつ、飽くなき探究心で学び続けることを至上の喜びと見出された。そのお心延えこそが何よりの尊き宝である、と思い続けて参りました」
饒舌に、だが一つ一つの言葉を搾り取るように、そっと優しく撫でるように、門倉は思いの丈を紡いでいく。
「---ですが、貴方様の世界は完結してらした。
貴方様の愛でるもの、好奇の目を向けるもの、果てない知識の闇。それ以外のものは貴方様には必要ではないものでした。ご家族への親愛の情はお有りでしたでしょう。ですが、貴方様は他者には損なわれぬ孤高の世界で深遠を覗いてらっしゃる。
それ故、秘かに私はお嬢様を憐れみながら、期待をもってお育てして参ったのです。お嬢様の愛は深くて果ての無い海の如く、強くあたたかなものでございました。
いつか、貴方様のお気持ちが戯れにでもお嬢様へと向かうことがあるならば、きっとその愛しさに気付いていただけるものと信じておりました。それ程までに、私めが一縷の望みを託せる程には、お嬢様の貴方様へのお気持ちというものは揺るがぬものであったのでございます」
そこで、門倉は一瞬、激情を浮かべた。常に執事然とした仮面を己に課していた男が見せた、哀哭の苛烈さに思わず、
息を呑んだ。
あの夜から美澄ならぬ泉と距離が隔たっていようがいまいが、僕は奇妙なことにΩ化から脱け出せず、屋敷の中に居るだけで己が身の変調を如実に感じるようになったからだ。
忌々しいことには、兄たちでさえも、必死に精神力と理性を総動員しなければ僕と接触出来なくなった。生半な抑制剤など何の意味も持たない。畢竟、僕の世話は鋼の心臓と鉄の自制心を持つ門倉の役目となった。
門倉にあの二人の行方を尋ねたら、思いの外あっさりと教えてくれた。また目を盗んで探し回った挙句、斯様な事態に巻き込まれる位なら、と思っているのが明白だった。
「お二人は、大旦那様の離れにてお過ごしでございます」
目と鼻の距離だった。
「目を離すな、と仰せでございますので。βの使用人に対しましては然程影響も無くなっているようでしたので、αであるご家族の皆様が近付かれませぬ限りは問題もないようでございます」
だが、其れではアレの目的である繁殖行為は進まぬのではないか。
「大旦那様もご承知のこと。何か御策がおありなのでしょう。それよりも今は……ご自身をお労りくださいませんか」
珍しく門倉が言い淀む。
「ご幼少の砌より、ご兄弟皆様を慈しみ、お育てして参りました自負が私めにもございます。何方も分け隔てなく、北白川財閥の長となるに相応しきよう、力及ばずながらも務めさせていただきました心算でございます。
中でも真愛様、貴方様の利発さは才気煥発などと陳腐な表現では足りぬ程、卓抜してらっしゃいました。末は博士か大臣かと人は申しますが、貴方様に限りましてはその輝かしき行く末が思い付かぬ程の眩しさでございました。そして、解語の花とも讃えられる美貌をお持ちでらした。
ーーー私は、少なからず危惧しておりました。
貴方様の如く、天与の才を神様より贈られた方は、持てるが故の高慢さを抱きがちなもの。神の恩寵が仇にはならぬかと、胸の内では恐れてもおりました。
併し、貴方様は左様に瑣末な次元には止まらず、幼き頃には既に遥か高みから我々を見下ろしつつ、飽くなき探究心で学び続けることを至上の喜びと見出された。そのお心延えこそが何よりの尊き宝である、と思い続けて参りました」
饒舌に、だが一つ一つの言葉を搾り取るように、そっと優しく撫でるように、門倉は思いの丈を紡いでいく。
「---ですが、貴方様の世界は完結してらした。
貴方様の愛でるもの、好奇の目を向けるもの、果てない知識の闇。それ以外のものは貴方様には必要ではないものでした。ご家族への親愛の情はお有りでしたでしょう。ですが、貴方様は他者には損なわれぬ孤高の世界で深遠を覗いてらっしゃる。
それ故、秘かに私はお嬢様を憐れみながら、期待をもってお育てして参ったのです。お嬢様の愛は深くて果ての無い海の如く、強くあたたかなものでございました。
いつか、貴方様のお気持ちが戯れにでもお嬢様へと向かうことがあるならば、きっとその愛しさに気付いていただけるものと信じておりました。それ程までに、私めが一縷の望みを託せる程には、お嬢様の貴方様へのお気持ちというものは揺るがぬものであったのでございます」
そこで、門倉は一瞬、激情を浮かべた。常に執事然とした仮面を己に課していた男が見せた、哀哭の苛烈さに思わず、
息を呑んだ。
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