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隷属者の下剋上
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「……あの夜まで、私はお二人の目映く、あたたかな未来を僅かながらにも信じておりました。老いたこの身が見せる、儚き夢の如きものであったのかもしれません。それでも、幸せな夢でございました。見るに値する夢であったのです。
夜会の夜、何が起こったのか、我々には推測するしかございません。語られるべき貴方様方が口を噤まれるのであれば、真実など誰にも判るはずなどないのです。たとえ明白な真実が存在したとして、語られなければ意味などないのです。
唯、事実として美澄お嬢様と貴方様は『番』となられました。首筋に残る傷跡は他でもない、貴方様ご自身でつけられたもの、と仰いました」
確かに、噛んだのは僕だ。それは事実だ。だが其処に真実は在るのか。真実とは何だ。
「番となられたお二人が今この様な状態となる例は寡聞にして存じ上げませんが、明らかに通常とは異なる稀な例であることは確かでございましょう」
それまで、想いを噛み締めながら俯きがちに言葉を紡いでいた門倉が急に面を上げると、じっと僕の目を覗き込んだ。身体の奥、脳の裏側まで見切ってやろうとでも云うのか。眼光の鋭さに、飲み込まれそうになる。
「---たとえ貴方様が心の底から愛しいと慕い想う方が、いらっしゃったとしても。
この類稀なる現実に、今この時に起きている運命の御業に、目を向けていただくことは出来ませんか。
お嬢様は今のご自分は、本意ではないと想ってらっしゃる筈です。お嬢様は、真愛様、貴方様以外の運命を受け入れたりは決してなさりません」
お前が断言して如何するのだ。アレの気持ちなど、アレにしか解るまい。ましてや、もうアレは居ない、のだから。
「否、私めはお嬢様を他の何方よりも近くでお守りし、お育てして参りました。そしてお嬢様がどれ程深く懊悩され憔悴され、貴方様を求めていらしたか、よくよく存知ております。
お嬢様を繋ぎ止められなかったことを、ほんの少しでも口惜しいと後悔してらっしゃるのであれば。持てる力の全てを駆使して、
ーーー取り戻せば宜しいのです。
完結した貴方様の世界を壊してでも、お嬢様が必要であると思し召すならば、恥も外聞も投げ捨てて掴み取れば宜しいのです。私めは北白川の御子様方を総て、そうお育てした心算でおります」
「僭越ながら申し上げれば……もう既に鬼籍に入られた方を追い求められるのは、其れが完結した世界だからでございましょう?
色褪せた思い出の中で、変わらず輝き続けられるのは既に失っているからでございます。経年の変化に幻滅することもなく、最も麗しい姿のままで貴方様の世界を損なう不純もない。其れはさぞ、お楽なことでしょう。
ですが、私は貴方様を斯様な意気地無しにお育てした心算は、毛頭御座いませんぞ」
北白川の執事として勤め上げた人間の矜持を隠すことなく、正面から見据えてくる。
不本意ではあるが一瞬、威圧されてしまった。
「…真愛様、生きてこその人生でございます。
Anyone who has never made a mistake has never tried anything new.
何れ程の知識を蓄えたとて、貴方様の能力が万能な機械を超えるものではないのです。貴方様の価値は、脳髄の皺を文字と知識で埋めることには在らず。
傷つき、ぶつかり、痛みを伴ってでも、得難い人や想いや時間を手に入れ、生命を燃やすことにこそ、生きる意味があると知りなさい。閉じた世界で得られるものなどないのです。
貴方が選ぶべきものが何であるか。
それを分からぬ様な腑抜けに育てた覚えは御座いませんぞ。
宜しいか」
夜会の夜、何が起こったのか、我々には推測するしかございません。語られるべき貴方様方が口を噤まれるのであれば、真実など誰にも判るはずなどないのです。たとえ明白な真実が存在したとして、語られなければ意味などないのです。
唯、事実として美澄お嬢様と貴方様は『番』となられました。首筋に残る傷跡は他でもない、貴方様ご自身でつけられたもの、と仰いました」
確かに、噛んだのは僕だ。それは事実だ。だが其処に真実は在るのか。真実とは何だ。
「番となられたお二人が今この様な状態となる例は寡聞にして存じ上げませんが、明らかに通常とは異なる稀な例であることは確かでございましょう」
それまで、想いを噛み締めながら俯きがちに言葉を紡いでいた門倉が急に面を上げると、じっと僕の目を覗き込んだ。身体の奥、脳の裏側まで見切ってやろうとでも云うのか。眼光の鋭さに、飲み込まれそうになる。
「---たとえ貴方様が心の底から愛しいと慕い想う方が、いらっしゃったとしても。
この類稀なる現実に、今この時に起きている運命の御業に、目を向けていただくことは出来ませんか。
お嬢様は今のご自分は、本意ではないと想ってらっしゃる筈です。お嬢様は、真愛様、貴方様以外の運命を受け入れたりは決してなさりません」
お前が断言して如何するのだ。アレの気持ちなど、アレにしか解るまい。ましてや、もうアレは居ない、のだから。
「否、私めはお嬢様を他の何方よりも近くでお守りし、お育てして参りました。そしてお嬢様がどれ程深く懊悩され憔悴され、貴方様を求めていらしたか、よくよく存知ております。
お嬢様を繋ぎ止められなかったことを、ほんの少しでも口惜しいと後悔してらっしゃるのであれば。持てる力の全てを駆使して、
ーーー取り戻せば宜しいのです。
完結した貴方様の世界を壊してでも、お嬢様が必要であると思し召すならば、恥も外聞も投げ捨てて掴み取れば宜しいのです。私めは北白川の御子様方を総て、そうお育てした心算でおります」
「僭越ながら申し上げれば……もう既に鬼籍に入られた方を追い求められるのは、其れが完結した世界だからでございましょう?
色褪せた思い出の中で、変わらず輝き続けられるのは既に失っているからでございます。経年の変化に幻滅することもなく、最も麗しい姿のままで貴方様の世界を損なう不純もない。其れはさぞ、お楽なことでしょう。
ですが、私は貴方様を斯様な意気地無しにお育てした心算は、毛頭御座いませんぞ」
北白川の執事として勤め上げた人間の矜持を隠すことなく、正面から見据えてくる。
不本意ではあるが一瞬、威圧されてしまった。
「…真愛様、生きてこその人生でございます。
Anyone who has never made a mistake has never tried anything new.
何れ程の知識を蓄えたとて、貴方様の能力が万能な機械を超えるものではないのです。貴方様の価値は、脳髄の皺を文字と知識で埋めることには在らず。
傷つき、ぶつかり、痛みを伴ってでも、得難い人や想いや時間を手に入れ、生命を燃やすことにこそ、生きる意味があると知りなさい。閉じた世界で得られるものなどないのです。
貴方が選ぶべきものが何であるか。
それを分からぬ様な腑抜けに育てた覚えは御座いませんぞ。
宜しいか」
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