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【星ワタリ篇】~第1章~(題1部)

夢終夜

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……何処からともなく微かに、ちいさな音楽と、それを口ずさむ歌声が聞こえてきていた……。

まだ小さくてあまり聞き取れないけれど、とても不思議な歌だった。

「……ミュウ様、どうしたのですか?
そこから飛び降りるのが怖いのですか? それともワタクシの脚のことを気にかけて……?」

杖を手に、ナイトの顔に焦りが生じる。
ミュウは俯いて首を横に振った。

メアリはどうにか扉が開かないかと、手でこじ開けようとしたり、全身で体当たりを試みている。

……音楽と歌声が少しずつ大きく聞こえてくる……。

髪の長い少女が囁くように微笑んでいる。
すぐ傍で、白いうさぎとピンク色のうさぎのぬいぐるみが2匹、両手を取り合い、ダンスを踊っている。

それはきっと、三人の知らない遠い遠い国の言葉だった……。

ミュウは重たい口を開いた。

「だって、このお家は……お父さんとお母さんがミュウのために残してくれたものだもん……。
それを捨てて行くなんてできないよ……」

「ミュウ様……」

瞳を細くして、今度はナイトのほうが俯いた。

「嘘は、やめてください」

刺々しい低い声。
その言葉に一瞬メアリの動きが止まる。

「貴女には最初から親など――……」

ミュウの瞳から、ぼろりっと涙がこぼれた。

ハッと気が付いて、ナイトは言うのを止めた。
そしてまたミュウを見上げて、優しく微笑んだ。

「ミュウ様、もう終わりです。 いえ、終わりにしましょう」

その言葉は何を意味しているのか、悲しい絶望の続きを想像させた――。

……歌声が、聞こえる……。

まるで音のように、澄んで、高く、広く。

♪『……ねぇ、どうかお願い……』

何度も何度も扉に体をぶつけて、痛みが走った。

「く……っ。 駄目か……」

肩を押さえる。

「メアリ、その扉は貴方では開けられませんよ」

呟くように言う。

「は? なに言って――」

ナイトはメアリに背を向けたままで、ミュウを見つめている。

♪『……誰もふたりの邪魔をしないで……』

――それは、
ミュウの意志で行われなければ出来ないことらしい。

きっとそういうことなのだろう。
何故だか納得してしまっている。 自分に驚いた。

どうしてだ……?

疑問が心の中に残っても、あえて聞かなかった。

「ミュウ様、まだ少しでも気持ちがあるなら、ワタクシのことを信じてくれるのなら……降りてきてください」

少しだけ寂しく、微笑んだ。

ミュウはまだ迷いのままで、どうすればいいのかと震えている。

♪『……許されないことだってわかってた……』

メアリも扉に手をかけたまま、ミュウの決断を待っている。

♪『……たくさんたくさん、ふたりを引き裂こうとやってくる……』

全てが崩壊していく音が、だんだん迫ってくる。
地面が揺れる。 壁が崩れていく。

「今、降りてきてくれるのなら、この事は無かったことにして許してあげます」

♪『……だまされないで、それは夢だから……』

迷いの中、周りもどんどん崩れていく。

♪『……カミサマは見ている、カミサマは知っている、カミサマは気が付いている……』

「だから――あっ……」

崩れ堕ちてきた天井の破片がナイトの頭にぶつかる。

♪『……まだ愛とは呼べない、子供の遊び……』

額から汗が垂れる。

「――このっ……」

とうとう痺れをきらせたナイトが、杖を浮かせて仁王立ちになる。

「いいかげんにしろ――!!」

かぶりを振って叫んだ。

ミュウもメアリも驚いた。

「いつまでそうやって泣き虫なお子ちゃまでいるつもりですか!!」

驚いて、ナイトから目が逸らせない。

左脚が痛くて震える。
けど今はそんなことはどうでもよかった。

「ワタクシのことが好きなら、とっととこっちへ来なさい!!」

手を精一杯、差し出す。

ミュウの瞳が切なく揺れる。

♪『……あなたとわたし……秘密の世界……』

もう一度手を差し出して、
真剣な瞳で、ただ真っ直ぐに強く、見つめた。

「ミュウ!!」

涙があふれ、ミュウは瞳を強く閉じた。
足場がもう崩れそうになる。

♪『……ずっと、いっしょにいようね……』

ミュウは両手を伸ばし、魂心の力を込めて地面を蹴り跳んだ。

「ナイト――!!」

地面が崩れる。
ミュウの体がナイトの胸に飛び込み、しっかりと抱きとめた。
メアリがふたりの体を支える。

脚を踏ん張るが、力が足りない。

そのまま重なり合うようにして三人は扉のほうへ倒れ込む。

ギイイイイイと、けたたましい音と共に真っ白な光を放つ。

♪『……そしてついにふたりは…………』

……音楽が止んだ……。

紅い幕が降りて閉じ、白いうさぎとピンクのうさぎの間は引き裂かれ、2匹は離れ離れになってしまった。

『……神の怒りに触れてしまった――……』



ナイト、ミュウ、メアリ。
三人の力で、重い扉は開かれた――。

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