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【星ワタリ篇】~第1章~(題2部)
夢現七時
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ミザリィ・ロンドの店の中。
椅子に腰掛けて、バスタオルを頭から被せられ、店内をぼんやり見つめるミュウ。
天井にはシャンデリア、ゴシック調のテーブルや小物たち、絨毯やフリルのカーテンに窓まで、どこまでもメルヘンチックだった。
「ローズティーでいいかしら?」
ふわふわカールの濃いピンクの髪を揺らしながら、長身の女性が微笑む。
「え……あうぅ……」
ミュウは真っ赤になってプルプルと首を横に振った。
「あら、もしかして紅茶、飲めないの?」
今度はこくこくと首を縦に振る。
「じゃあ、珈琲は――ダメよねぇ……」
ミュウは申し訳なさそうにうつむく。
「じゃあホットミルクでいいかしら、恥ずかしがりやの子猫ちゃん♪」
しばらくして目の前のテーブルに温かいミルクが出されてくる。
美しいお姉さんはミュウの隣りに腰掛けた。優しく髪を拭いてくれる。
「まだ濡れてるわ。このままじゃ子猫ちゃん、風邪を引いてしまうわ」
ミュウはさっきから不思議に思っていた。
「あのぅ……わたし猫じゃないです……人間です……」
「あらまぁ、そういう意味じゃないのよ。
でも、ウフフ、そうね子猫じゃなかったら怖がりな子ウサギちゃんかしら?
どちらにしても可愛いわ♪」
ミュウはよく意味が解らずキョトンとするしかなかった。
「アタシ、アンジェラよ。 あなたのお名前は?」
「あ、えと。 ミュウ……」
「ミュウちゃん、可愛らしいお名前ね! ちょっと待っていて」
するとアンジェラは何かを探しに奥の部屋へと入っていった。
「……?」
寒さと心細さで震えるミュウ。
「ミュウちゃん、そのままじゃ寒いでしょう? これを着てもらえるかしら?」
ギョッとした。
戻って来たアンジェラの腕には、ゴシックで可愛らしいフリルのお洋服が抱えられていた。
「えぁ……えう……。 ミュウ、そんなの着れないで……ですぅ……」
焦って断りの言葉を返す。
今の自分の格好は、パーカーにジーンズという目の前の服に比べたらとても地味で。
それにこんな服を着ていいのは、自分よりもっと可愛い子でなければいけない気がした。
アンジェラはそんなミュウの気持ちを察したのか、意地悪く笑う。
「困るわぁ」
「え……」
「あなたが座っているそのソファ、それに絨毯も。
早く着替えてくれないと、どんどん濡れちゃうのよ」
濡れたままの服で座っていたせいで椅子が湿ってしまっていた。床にまで雫が滴り落ちている。
「あうぅ……」
済し崩し的にミュウはアンジェラの持ってきた服に着替えるしかなかった。
「驚いた……想像以上によく似合っているわ」
こういう服は着たことがないので、結局アンジェラに手伝ってもらう形となった。
でも何故かサイズはぴったりだった。
姿見を覗き込む。
「こ、これが……ミュウ?」
鏡の中には、可愛らしい苺色のウサギさんドレスに変身した自分がいた。
ぼんやりと鏡に見入ってしまう。
「可愛いわ……」
と、急に後ろからアンジェラに抱きしめられた。
「ふえぇ……!?」
真っ赤になって慌てる。
ふわりとピンクの髪が頬をくすぐる。香水のような妖しい良い香りがしてクラクラした。
すとんとミュウの体から、小さな封筒が落ちた。
「あら? これは……」
アンジェラはそれを手に取る。
「あああ……あの、それは……」
アンジェラは中身を読むと、ふっと苦笑した。
「あなた、ウチのお店のバイト希望者だったのね」
ミュウは間を置くと、うつむいて、こくりと頷いた。
「でも、そんな臆病で働けるのかしら。ウチの店はけっこうスパルタなのよ。
それに、そんなに震えていたらお客様に食べられてしまいそうよ?」
「お、お願いです! ミュウを雇ってください!」
ミュウは声を張り上げていた。
アンジェラは驚いた。
「ほ、他の所にもお願いしに行ったんですけど、みんな断られて……もうここしか無いんです」
震える声で懇願した。
「ここが駄目だったら、もう、お父さんとお母さんが残してくれたお家に住めなくなっちゃう……」
涙がぼろぼろ溢れた。
アンジェラはため息をつくと、少し遠くを見つめて話し始めた。
「……あなたが今着ているお洋服ね、本当は別の人のためにアタシが手作りしたものなのよ」
「え……?」
急に話しを変えられて混乱した。
でも焦って我に返る。
「えと、じゃあこのお洋服、脱がないと! その人に渡さなくちゃ……」
「いいのよ」
「……??」
「だってその人はもう、そのお洋服を二度と着てくれることはないもの」
ミュウは驚いて黙り込んでしまった。
寂しげなアンジェラさんの横顔を見つめた。
もしかして、たいせつなひと……?
思ったけれど、聞けなかった。
「あのぅ……だったらなおさら着れないです……せっかくその人のために作ったお洋服なのに……」
「もういいのよ、その人のことは」
「でも……」
「そのお洋服もせっかく作られたのに、誰にも着てもらえないんじゃ可哀想でしょ?」
ミュウはまたうつむいてしまう。
「それにね――」
アンジェラは後ろからそっとミュウの肩に手を添える。
「そのお洋服、その人が着るよりもあなたのほうがずっと似合っているのよ」
鏡越しに、優しく微笑むアンジェラの姿が映った。
「あげる人に似合わないだなんて完全な失敗作よ。だから、気にしないで、ね」
「お、お姉さん……」
「それと、さっきから何か誤解しているみたいだけど……」
横目でミュウを見る。そして、衝撃的な言葉を放った。
「アタシ、男よ♪」
――体に電流が走った気がした。
おとこのひと……?
だってさっき着替えも手伝ってもらって……。
こんなに綺麗な人なのに……。すごく背は高いけど……。
アンジェラの体つきを見る。ガッシリしている。
腕を見る。ゴツゴツしている。
細身だけれど全体的に、たくましい。
――。
ミュウは今までになく、子羊のようにガタガタ震えだした。
「あらあら、そんなに怖がらなくて大丈夫よ、とって食べたりしないから。
体は男でも心は乙女よ♪」
安心させるように、
「それじゃあ、これから毎日これを着て、ウチのお店に来てくれるかしら?」
「え??」
「最初は皿洗いからかしら。こんないたいけな子を接客には出せないわ」
キョトン顔のミュウに優しく教えるように、
「ウチのお店で働きたいんでしょう? ヨロシクね、ミュウちゃん♪」
人差し指を唇にあててウインクしてみせた。
「あ……、ありがとうございますっ!」
ミュウは嬉しくなって、涙と笑顔が同時にあふれた。
それから、ミュウはアンジェラさんに裁縫の手解きを教わり、その腕でナイトを繕ったのだ。
そして綺麗なリボンと、王冠をプレゼントしたのだ……。
椅子に腰掛けて、バスタオルを頭から被せられ、店内をぼんやり見つめるミュウ。
天井にはシャンデリア、ゴシック調のテーブルや小物たち、絨毯やフリルのカーテンに窓まで、どこまでもメルヘンチックだった。
「ローズティーでいいかしら?」
ふわふわカールの濃いピンクの髪を揺らしながら、長身の女性が微笑む。
「え……あうぅ……」
ミュウは真っ赤になってプルプルと首を横に振った。
「あら、もしかして紅茶、飲めないの?」
今度はこくこくと首を縦に振る。
「じゃあ、珈琲は――ダメよねぇ……」
ミュウは申し訳なさそうにうつむく。
「じゃあホットミルクでいいかしら、恥ずかしがりやの子猫ちゃん♪」
しばらくして目の前のテーブルに温かいミルクが出されてくる。
美しいお姉さんはミュウの隣りに腰掛けた。優しく髪を拭いてくれる。
「まだ濡れてるわ。このままじゃ子猫ちゃん、風邪を引いてしまうわ」
ミュウはさっきから不思議に思っていた。
「あのぅ……わたし猫じゃないです……人間です……」
「あらまぁ、そういう意味じゃないのよ。
でも、ウフフ、そうね子猫じゃなかったら怖がりな子ウサギちゃんかしら?
どちらにしても可愛いわ♪」
ミュウはよく意味が解らずキョトンとするしかなかった。
「アタシ、アンジェラよ。 あなたのお名前は?」
「あ、えと。 ミュウ……」
「ミュウちゃん、可愛らしいお名前ね! ちょっと待っていて」
するとアンジェラは何かを探しに奥の部屋へと入っていった。
「……?」
寒さと心細さで震えるミュウ。
「ミュウちゃん、そのままじゃ寒いでしょう? これを着てもらえるかしら?」
ギョッとした。
戻って来たアンジェラの腕には、ゴシックで可愛らしいフリルのお洋服が抱えられていた。
「えぁ……えう……。 ミュウ、そんなの着れないで……ですぅ……」
焦って断りの言葉を返す。
今の自分の格好は、パーカーにジーンズという目の前の服に比べたらとても地味で。
それにこんな服を着ていいのは、自分よりもっと可愛い子でなければいけない気がした。
アンジェラはそんなミュウの気持ちを察したのか、意地悪く笑う。
「困るわぁ」
「え……」
「あなたが座っているそのソファ、それに絨毯も。
早く着替えてくれないと、どんどん濡れちゃうのよ」
濡れたままの服で座っていたせいで椅子が湿ってしまっていた。床にまで雫が滴り落ちている。
「あうぅ……」
済し崩し的にミュウはアンジェラの持ってきた服に着替えるしかなかった。
「驚いた……想像以上によく似合っているわ」
こういう服は着たことがないので、結局アンジェラに手伝ってもらう形となった。
でも何故かサイズはぴったりだった。
姿見を覗き込む。
「こ、これが……ミュウ?」
鏡の中には、可愛らしい苺色のウサギさんドレスに変身した自分がいた。
ぼんやりと鏡に見入ってしまう。
「可愛いわ……」
と、急に後ろからアンジェラに抱きしめられた。
「ふえぇ……!?」
真っ赤になって慌てる。
ふわりとピンクの髪が頬をくすぐる。香水のような妖しい良い香りがしてクラクラした。
すとんとミュウの体から、小さな封筒が落ちた。
「あら? これは……」
アンジェラはそれを手に取る。
「あああ……あの、それは……」
アンジェラは中身を読むと、ふっと苦笑した。
「あなた、ウチのお店のバイト希望者だったのね」
ミュウは間を置くと、うつむいて、こくりと頷いた。
「でも、そんな臆病で働けるのかしら。ウチの店はけっこうスパルタなのよ。
それに、そんなに震えていたらお客様に食べられてしまいそうよ?」
「お、お願いです! ミュウを雇ってください!」
ミュウは声を張り上げていた。
アンジェラは驚いた。
「ほ、他の所にもお願いしに行ったんですけど、みんな断られて……もうここしか無いんです」
震える声で懇願した。
「ここが駄目だったら、もう、お父さんとお母さんが残してくれたお家に住めなくなっちゃう……」
涙がぼろぼろ溢れた。
アンジェラはため息をつくと、少し遠くを見つめて話し始めた。
「……あなたが今着ているお洋服ね、本当は別の人のためにアタシが手作りしたものなのよ」
「え……?」
急に話しを変えられて混乱した。
でも焦って我に返る。
「えと、じゃあこのお洋服、脱がないと! その人に渡さなくちゃ……」
「いいのよ」
「……??」
「だってその人はもう、そのお洋服を二度と着てくれることはないもの」
ミュウは驚いて黙り込んでしまった。
寂しげなアンジェラさんの横顔を見つめた。
もしかして、たいせつなひと……?
思ったけれど、聞けなかった。
「あのぅ……だったらなおさら着れないです……せっかくその人のために作ったお洋服なのに……」
「もういいのよ、その人のことは」
「でも……」
「そのお洋服もせっかく作られたのに、誰にも着てもらえないんじゃ可哀想でしょ?」
ミュウはまたうつむいてしまう。
「それにね――」
アンジェラは後ろからそっとミュウの肩に手を添える。
「そのお洋服、その人が着るよりもあなたのほうがずっと似合っているのよ」
鏡越しに、優しく微笑むアンジェラの姿が映った。
「あげる人に似合わないだなんて完全な失敗作よ。だから、気にしないで、ね」
「お、お姉さん……」
「それと、さっきから何か誤解しているみたいだけど……」
横目でミュウを見る。そして、衝撃的な言葉を放った。
「アタシ、男よ♪」
――体に電流が走った気がした。
おとこのひと……?
だってさっき着替えも手伝ってもらって……。
こんなに綺麗な人なのに……。すごく背は高いけど……。
アンジェラの体つきを見る。ガッシリしている。
腕を見る。ゴツゴツしている。
細身だけれど全体的に、たくましい。
――。
ミュウは今までになく、子羊のようにガタガタ震えだした。
「あらあら、そんなに怖がらなくて大丈夫よ、とって食べたりしないから。
体は男でも心は乙女よ♪」
安心させるように、
「それじゃあ、これから毎日これを着て、ウチのお店に来てくれるかしら?」
「え??」
「最初は皿洗いからかしら。こんないたいけな子を接客には出せないわ」
キョトン顔のミュウに優しく教えるように、
「ウチのお店で働きたいんでしょう? ヨロシクね、ミュウちゃん♪」
人差し指を唇にあててウインクしてみせた。
「あ……、ありがとうございますっ!」
ミュウは嬉しくなって、涙と笑顔が同時にあふれた。
それから、ミュウはアンジェラさんに裁縫の手解きを教わり、その腕でナイトを繕ったのだ。
そして綺麗なリボンと、王冠をプレゼントしたのだ……。
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