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第11話 悪役讃歌

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 魔王城は極寒の中に厳かにそびえ立っていたいた。巨岩を切り出したような荒々しい佇まい。来る者を拒んでいるよう。
 ボッカは息を飲み、恐る恐る扉に手をかけた。手筈通りなら連合軍が海側から魔王軍に攻撃を仕掛けているだろう。城内の守りは手薄になっているはずだ。扉が重々しい音を立ててゆっくりと開く。
 城に残った魔族は今までの魔物たちとは違った。人型をしていて明らかに知性がある。人間語さえも片言ながら口にすることもある。
 ベルの耳には魔族たちの声がはっきりと伝わった。獣型の魔族と異なり、流暢りゅうちょうな言葉が聞こえる。
「なぜこんなところまで人間が?! 魔王様に報告しろ!」
「忌まわしい人間どもをこれ以上先に進めさせるな!」
 人間と同じように感情を持って思考する。その事実がベルの心を締めつける。
 ボッカは躊躇わずに剣を振るう。迷いのない切っ先は魔族を薙ぎ倒していく。クレアが結界を張り、ライオネスが魔法で援護射撃をする。
「人間をこれ以上苦しめるな!」
 ベルはボッカのフードに隠れ、ボッカが攻撃に転じた際に強化魔法を唱える役目だ。
 ベルの心に迷いが生まれた。今までこの世界を救うのだと信じて疑わなかったのだ。お伽噺のように。伝説の勇者が悪者を倒すことだけを考えていた。
 しかし——、
「これ以上、来るな! 立ち去れ、人間!!」
「人間を家畜扱いするなっ!」
 二つの主張がぶつかり合う。言葉は噛み合っているようで噛み合わない。ベルの心が揺らぐ。脳で情報を処理しきれずに頭を抑えてうずくまった。
 怒声が頭に響く。魔王を倒せばみんなが幸せになる、と自分に言い聞かせて気力を奮い起こす。今こそボッカを支えなければならない。

 高層階で待ち受けていたのは、燃え盛る炎の髪を有した魔族だった。
 筋骨隆々の肉体に浅黒い肌、頭からは二本の角が天井に向かって生えている。ベルだけが目視できる魔力量は他の魔族と比べ物にならない。
「人間ごときがここまでやって来るとはな……!」
 炎の魔族が両手を床に向けると、足元にマグマが広がった。ぐつぐつと燃え盛る炎が煮えたぎっている。さらに天井まで複数の火柱が上がった。自然界では目にすることができない異常な現象だ。熱さだけで人間を弱らせることができるだろう。
 ボッカたちは幸運なことに炎への耐性があった。さらにライオネスが咄嗟に魔法壁シールドを張り、クレアが冷却クーリングの呪文を重ねがけをする。三重にもなる防壁に強力な炎の攻撃は届かない。
 炎の魔族に動揺が生まれた。人間ごときが抵抗できるわけがないと思っていたのだろう。
 その隙をついてボッカが火柱を縫って魔族へ突っ込んでいく。耐性があるとはいえ無謀な行動だった。
 魔族は慌てず手のひらにボール状の炎を生み出した。炎は煌々と燃える輝きをまとっている。被弾すれば一溜りもないに違いない。
「よくも同胞の力を……!」
 ボッカは怯むことなく高熱に晒されながら「ベル!」と叫ぶ。フードからベルが強化の魔法を発動する。金色の光に包まれたボッカは速さを増し、魔族に刃を向けて流星のように突っ込んだ。
「風よ、邪悪なるものを穿て——疾風の槍イーグル・ストーム・ショット!!」
 ボッカの一撃は炎を吹き飛ばし、炎の魔族を貫く。魔力が弾けて爆風を生んだ。
「我が主……不甲斐ない……」
 パキンと硬質な音がしたと思うと、魔族の姿はなく、こぶしほどの大きさの武骨な岩石が転がる。黒い塊には微かな残り火が見える。
 ライオネスは岩石に手をかざし、何事か唱えた後、「魔力を感じません。活動を完全に停止しているようです」と警戒を解く。ボッカは額の汗を拭い、安堵して息を吐いた。
 炎が消えた部屋は深閑しんかんとしている。黒い岩石だけが場違いに落ちていた。

    *

 一行は階段を駆け上がり続ける。最上階に近づけば近づくほど濃厚な瘴気しょうきが漂う。次に現れたのは、幾何学模様に似た繊細な意匠が施された両開きの扉。扉の向こうには吐息が凍ってしまうほどの冷気に満ちた部屋が広がっていた。
「なぜ人間が……?」
 部屋には青白い顔をした男が立っていた。
「まさか末弟をほふったというのか??」
 能面のような顔に異変が起こった。口は頬まで裂け、鋭い歯が剥き出しになる。目は吊り上がり、瞳は真っ赤に染まる。まるで野生の獣だった。
「人間ごときにここまで侵入を許すなど……あってたまるものかッ!!」
 部屋の中に猛吹雪が吹き荒れる。視界が閉ざされ、一メートル先も視認できなくなる。
 ライオネスが炎の護りフレイムシールドを発動し、クレアが全員の耐久力を上げる。生物なら一溜りもない環境に紙一重で対応できた。
 間を置かずして放たれる氷のつぶて。広範囲に連続して射出される鋭利な飛び道具をボッカは素早く剣撃を繰り出して弾いていく。
 青白い魔族は人間を倒しきったと思っただろう。吹雪で多くの人間は立っていられない。用心のための氷柱つららの攻撃だった。しかし、白い霧から人間が飛び出し、刃を向ける。
 不測の事態でも青白い魔族は冷静だ。手数の多さが彼の長所だった。
 もう一人の側近は純粋に力がある。比べて彼は攻撃力が劣る。それでも魔王の側近で居続けるのには理由がある。それが経験と技術だ。
 青白い魔族は手に氷の刃を作り出し、ボッカの攻撃を受け止めた。簡単には懐には入らせない。返す刀でボッカを追い詰める。
 反応の速さにベルは追いつけない。ボッカが切りかかると同時に強化の魔法をかけるつもりだったが、相手の方が速かった。
 防戦になったボッカは後退をする。キン、キン、カン、と硬質な音が続く。
 魔族はさらに鋭い一撃を繰り出した。ボッカは何とか防いだものの重い攻撃に腕を弾かれる。その空いた胴に向かってもう一撃。
 本来ならば決定的一打。しかし、氷の剣が腹をぐ瞬間に光の膜がボッカを覆う。
 魔族は目を見張る。人間に攻撃が通らないなどあり得ないこと。しかも——。
「風よ唸れ!!」
 ボッカは一瞬の隙をついて反撃に出た。魔力を帯びた強力な突き。剣先が魔族に向かって伸びる。
「主様……! 申し訳……」
 青白い魔族の姿が炎の魔族と同じように消失する。残されたのは透明に輝く水晶の塊だった。
 ライオネスは残された異物を問題なしと判断を下し、一向は青白い魔族の部屋を後にした。

    *

 もはや城からは気配がしなくなった。物音一つすら聞こえず、静寂がうるさいくらいだ。張り詰めた空虚な空気が肌に刺さるよう。
 ベルはボッカのフードで縮こまり、言葉を漏らした。
「あの人、必死だった……。魔族って怖いものだと思ってたけど、人みたいな感情があるんだね……」
 ボッカの返事は予想外のものだった。
「そうかな? 確かに知性は感じたけど、情のようなものは感じなかった。殺戮さつりくとか破壊を性質に持つと言われているのも納得だよ。オレたちとはまったく違う生き物だ」
 今まで聞いたことのない響き。言葉の節々が冷たい。朗らかなボッカには不似合いな声色。
 その言葉をライオネスもクレアも否定はしない。
「魔族と人間は相容れない存在です。分かり合うのは難しいでしょう」
「ベルは優しいのね。争いの場にいるのは辛いと思うわ」
 ベルは仲間たちとの隔たりを如実に感じて言葉を失う。口調は柔らかくても意思の疎通ができない。耳には魔族たちの感情がこもった声がこびりついている。
「ベル、少し休憩する?」
 いつもなら嬉しいボッカの気遣いにも、口を結んで首を横に振った。

*****

 何もかもが予想外だった。
 人間の国から停戦の呼びかけがあり、会議に出席すべく指定場所へ赴いた。人間の要望など応じるメリットがない。しかし、魔族の中には穏健派がいる。今は魔王率いる強硬派が武力では優勢だが、いつ穏健派が反旗を翻してもおかしくない。機嫌を損ねると厄介だ。
 その背景があって魔族の代表である魔王が自ら足を運ぶことになった。城の守りを固めるのは側近である二人。二人は魔族の中でも指折りの実力者だ。その上、魔王に対する忠誠心が厚い。任せても問題ないはずだった。
 元来、攻撃的な種族である魔族に「忠誠心」はあるはずのないもの。彼らが平伏しているのは魔王の力に対してだ。実力差を見せつけられて以来従属している。攻撃的な種族というのは実力主義でもある。二人はシンプルな行動原理をしていた。実に魔族らしい魔族だった。
 魔王は魔力の高さゆえに統べるものになった。裏を返せば、力さえあれば誰でもいいのだ。魔族には血筋や財力など関係ない。
 魔王は代表という立場を理解していた。必要とあらば威光を示し、敵意を一身に集めること。何か問題があれば、責任を率先して取る。頭をすげ替えるだけで魔族の損失を最低限にする。代表とは名ばかりの汚れ役だ。それでも、人間を殲滅せんめつすると決めた日に覚悟は決めた——。

 大仰な軍隊を送りつけておいて蝿のように逃げ回る人間を叩きのめすのは骨が折れた。戦闘に特化している魔族にとって探知などの緻密ちみつな作業は向いていない。強大な魔力さえあれば大概のことは何とかなってしまうからだ。
 帰城したところで信頼する二人の気配を感じないことに気がついた。帰城すれば、すぐに魔王の前に姿を現すはず。明らかな異常事態だ。
 それにぼんやりとだが魔族のものではない大きな魔力が近づいている。防戦一方という不可解な人間の軍隊の動きには意味があったのだ。矮小な人間に一杯食らわされたということになる。
 この地上に側近たちを打ち負かせる者はいないというのに——予想外の出来事が起こっているらしい。側近たちが人間に負ける可能性は万に一つもない。
 魔王は魔王らしく、玉座に腰をかけた。この世界の闇をつかさどる魔族に刃を向ける者を出迎えてやらなければならない。それが魔王としての役割だ。肺から深く長い息を吐いた。
 石扉が重苦しい音を立てて開いた。松明に照らされたのは三人の人間。いずれも魔族に比べれば大した力を感じない。
『創造神の残滓ざんしの身でよく辿り着いたな。称賛に値する。だが、ここまでだ。荒野の偉大なる捻れ角の当主がお前たちの相手をする』
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