異世界で妖精に生まれ変わった薄幸JC、勇者にフラれて魔王の嫁になる。

犬塚ハジメ

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第26話 二つの贈り物

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 隠れ里の比較的広い部屋で、ヒイロ、アオ、アカ、ベルの四人が集まっていた。丸テーブルに顔を付き合わせて席に座っている。小さなベルはテーブルの上に裏返しにして置かれた水桶の底を椅子代わりにしている。
「同胞たちの説得には私とベルが向かう」
 口火を切ったのはヒイロだった。ベルも深く頷いて賛同の意を示している。長老と別れてから二人が出した結論だ。
 それに口を挟んだのはアオだった。「どれほどの数が集まるのか分かりませんが……」と前置きをしてから、
「現在の闇の者の数は、獣を除けば三百程のはず。ほとんどが血の気が多い者どもです。そんな中にベル殿が向かわれるなど、危険ではないですか? 私が護衛につきます」
 眉根を寄せて二人を見つめる。ヒレの形の耳が広がっていて、感情的になっているようだ。
「ありがとう。でも、大丈夫」
 ベルはアオの憂いを取り除くように、目尻を下げて優しく笑う。不安がないわけではない。前世では目立たず生きていたため、人前は苦手だった。授業中に教師に指名されるのは苦手だったし、発表の時間などは動悸がして逃げ出したかった。それは、無関心にもかかわらず厳しかった両親の影響が少なからずあったはず。祖父母と暮らしていたときに戻りたいと何度思ったことか。内気になってしまった性格はこびりついて今でも離れない。勇者に妖精という皮を被った後も根本的には同じだった。
「発案者のわたしが出ていかなきゃ、みんな納得できないと思うの。隠れていたら伝わらない気がする。わたしも自分の言葉で説明したい」
 ベルの心臓が少し早くなっている。落ち着かせようと胸に手を置き、小さく息を吐き出す。ヒイロに視線を向けると、目が合った。切れ長の目が柔らかい線を描いている。ベルを後押しするように無言で相槌を打った。その仕草に勇気づけられ、ベルの胸の鼓動が大人しくなる。
「ベル殿がそうおっしゃるのなら……」
 不承不承といった面持ちでアオは引き下がる。そこへアカが腕組みをして口を開いた。頭を使うよりも身体を動かしている方を好む彼にとっては珍しい。
「転移には膨大な魔力がいる。人員が必要だ。待っている間に協力を得られそうな者に声をかける。兄たちなら確実だと思う。アオも力になりそうな舎弟が幾らかいるだろう」
「たまにまともな意見を言ったかと思えば勝手に……!」
 目を吊り上げるアオには動じず、アカは快活に笑う。
「主とベルは必ず説得に成功する。ならば、俺たちはその後の準備をすべきだ」
 当然といった言葉に、アオは青筋を立てて「くっ……」と悔しそうに歯噛みをし、
「ベル殿、裏方仕事はこちらにお任せ下さい」
 ベルには平静を装った表情でアカに追随する。
「二人とも任せたぞ」
「御意に!」
「おう!」
 ヒイロの呼びかけにアカとアオは誇らしげに応えた。

*****

 ベルは翌朝になると、草花が咲き乱れる部屋にこもった。夜行性の子どもたちは今はぐっすり夢の中だ。一人の静かな部屋は穏やかでありながらも少し寂寥せきりょうとしている。
 ベルが熱心に見つめているのは、ヒイロの衣装だった。長老との会議のときに着ていたもの。それを広げて難しい顔をして見ていた。
 ヒイロに頼んで一時的に預かっているもの。本人は理由も訊かずに快く貸してくれた。隠れ里で飼っている大人しい魔獣に頼み、ここまで運び込んだ。
 闇夜のような濃紺の詰襟。脚の上部を覆うほど丈は長い。銀色のボタンが縦に五つ、横に二列並んでいる。よほど丁寧に作ったのだろう。乱れている箇所は一つもない。
 ベルが片手を挙げると、植物のつるが黄金の輝きをまとって浮遊する。まるで動物のようにくねくねと動く。
「わたしに少しだけ力を貸して」
 蔓は袖に模様を描きながら巻きつく。一周すると、途中で切れてぴたりと布に貼りつく。魔法による刺繍。綺麗な金色の草模様に仕上がった。まるで職人が縫ったよう。ベルは大まかなイメージをし、蔓が自主的に動いた結果だ。
「すごい! 上手だね!」
 蔓は嬉しそうにベルの周りを回る。
「もう片方もお願い」
 同じ模様が袖に縫われる。濃紺の衣装に金色が映える。それでいて悪目立ちするものではなく、全体の印象を壊さない。
「ありがとう」
 蔓は宙を舞った後に大人しく草花の中に戻っていった。金色の魔法が解け、元の若草色に戻る。
 ベルは刺繍を優しく撫で、感触を確かめる。問題なく服の一部になっている。これなら剥がれなさそうだ。
 蔓にはベルの魔力がこもっている。植物と妖精の力で、きっとお守りくらいにはなってくれる。今のヒイロの立ち位置は危うい。魔族は気性が激しいという。説明会で揉め事になるのでは、と心配して考えたものだ。
——喜んでくれたらいいな。
 ベルは刺繍を見つめ、ヒイロの反応を想像するのだった。

    *

 その晩、ベルは十メートル程ある爬虫類型の四足歩行の魔物に衣装を乗せてヒイロの部屋に向かった。背のあちらこちらから角が生えている厳つい風貌だが、話してみると優しい性格だった。運搬係を気前よく引き受け、背に乗せてくれた。
 魔物は荷物を振り落とさないように慎重に歩く。ヒイロの部屋まで辿り着き、ベルが「ありがとね」と腕の中に抱えていた黒い小果しょうかを魔物の口の中に入れた。魔物は下瞼を上げて目を細くして満足げに鳴く。
「グェッ!」
 その声が届いたのか、ヒイロが出入口までやって来た。
「どうした?」
「あ、こんばんは! 服を返しにきたの!」
 衣装を送り届けた魔物は、役目が終わったとばかりに帰っていった。のしのしと地面を踏みしめながら通路を後戻りしていく。
「説得が上手くいくといいなあと思って、おまじないをつけてみたの。嫌ならすぐ外せるから」
 ヒイロは手にした衣装に視線を落とし、袖の草模様を指でなぞる。
「よくできているな。これは……植物でできているのか」
「そう! そうなの。魔法を込めてみたんだ」
 そう言ってから贈り物なのだと自覚し、ベルの頬が赤らむ。刺繍を異性に贈ったことなどない。今さらながら自分の行動が大胆だったのでは、という思考に至った。途端に背中がむず痒くなる。
「……本当に嫌だったら言ってね」
 自信なさげなベルの言葉を気にする様子もなく、ヒイロは衣装を広げてまじまじと見つめる。
「妖精の加護か……。素晴らしい技術だ。ありがとう。移転計画は必ず成功させよう」
 衣装を丁寧に畳んで腕に収めてから、ヒイロの顔に優しげな笑みが浮かぶ。目つきは鋭いはずなのに、威圧感は微塵もない。
「うん……!」
「少し待っていてくれるか?」
 ヒイロは部屋の奥へ引っ込み、しばらくしてから手中に収まる何かを持って再びやってきた。
「これを礼に」
 手のひらに乗っているのは、小さな赤みがかったオレンジ色の宝石。革のような素材で編んだ輪に埋め込まれている。革のようなといっても、革よりも柔らかく見える不思議な材質だ。
「私が幼い頃に家族にもらった指輪だ。故郷で取れた宝石を使っている。輪は龍のひげで編んである」
「えっ。大切なものじゃないの?」
 夕焼けのような色の宝石は穏やかな美しさがある。編み込まれたアームの部分も繊細な意匠いしょうだ。
「もう私には小さい。つけられずにしまっておいたものだ。魔力が込められているわけではないが……。龍の髭だから、獣避けにはなるかもしれない。装飾品は身につけられた方が喜ぶだろう」
 ヒイロは説明しながら、尖った爪のある指で器用に繋ぎ目を解く。
「お前には大きすぎるから首飾りにするとちょうどいいだろう」
「すごく綺麗……」
 宝石といえば、王城で晩餐会のために用意されたブローチしか身につけたことがない。それもベルの身体を蝕むものだった。二重の意味で気後れした。
「嬉しいけど、わたし……がつけてもいいのかな?」
 ベルは少し俯いて、自信なげに指を絡める。そんなベルにヒイロは解いた指輪を両手で摘まんで近づける。
「もちろんだ。持ち主の私が言っているんだぞ。……お前の髪は実りの色をしている。若緑の瞳は瑞々みずみずしい新緑だ。植物を司る妖精としてこの上ない容姿だ。それに私たちを救おうとする勇気も優しさもある。宝石一つに臆することはない」
 当然といった様子で並べられる言葉に、ベルの内側から何かが沸き上がる。喜びにも恥じらいにも似ている形容しがたい感情。心が大きく揺り動かされ、気づいたときには目の縁が濡れていた。ヒイロの指がそれを拭う。
「ごめんなさい。なんでかな。嬉しいのに……」
 赤橙色の輝く宝石が飾られた紐がゆっくりとベルの首にかけられる。輪の両端がうなじで繋がり、小さなピンで固定された。
「あとで調節する。今は仮留めとしておこう」
 ヒイロは首輪をかけたベルを見てから、糸のように細い息を吐いて頷く。
「よく似合っている」
 ベルの瞳は潤んだままで、目頭は熱くなっている。鼻の奥は痛いし、喉には違和感がある。自分でも情けないと思う顔をしているのだろう。それでも声を絞り出して伝えたい言葉を言った。
「——ありがとう」
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