Ag ~エイジ~ 白銀の刃

ひるま(マテチ)

文字の大きさ
19 / 50

19.血の惨劇、死者からの酬い

しおりを挟む
 自分で口走っておきながら、静夜は目の前の存在を全力で否定したかった。


 人間サイズのカマキリなんて、この世に存在するはずがない。


 しかし、状況は静夜に考える時間を与えてくれるほど優しくはない。

 真っ白な闇が目の前に広がる。

 シューと鳴る噴射音を耳にして、理依が消火剤をぶちまけたのだと理解した。

「たぁッ!」威勢の良い掛け声の次にナベやヤカンをぶつけたような鈍い金属音。
 そして「とりゃあー」モクモクと立ち上る白い闇の中から、先程目にした“カマキリ”が飛ばされてきた。

「先生!どいて!」
 理依の声に、咄嗟に壁へと張り付くと、3度目のキックを受けて、カマキリはオフィス外へと蹴り飛ばされた。

「カギ!早く!」
 動作の説明も無い命令。だけど、とても理解し易く静夜は素早くドアを閉めると中から鍵を掛けた。

 ひとまずの安心。

「なんなのよ…アレ」
 息を荒げながら静夜は訊ねた。

「知りませんよ。でも、物理攻撃が効いたってコトは“魂のヴィジョン”でない事は確かですね」と、あっけらかん。

 何言ってんのよ、この。漫画の設定でも持ち出してきたの?

「とにかく有難う。でも、あまり無茶はしないでよ」

「弁護士には危険がつきものです。だから、私は弁護士先生を護るためにパラリーガルになりました。ご安心下さい。先生は必ず私が守って見せます」

 意外にも頼りになる姿に、今まで散々バカにしてきた事を心から詫びたい。

「ご―」ごめんなさいと続けようとした最中、理依はセロテープ台を手に取ると、応接室へ向けてブン投げた。
 と、同時に理依はテーブルを飛び越えて応接室目がけて駆け出していた。

 投げられたテープ台が激しい音を立てて応接室のガラス窓を突き破る。

 応接室から慌てて飛び出してきた外国人男性の顔面を、理依はいきなり殴り付けた。

「何をやってるの!理依!」
 問答無用の理依の行動に、思わず声を上げてしまう。

 さらに理依は、倒れた男性の腕を捩じ上げて、床に押さえつけた。
「どうして侵入者だと分かった?みたいな顔をしてますね。ここは日本のオフィスですよ。あなたのような外国人がいたら、不自然でしょうが」

 男性を捕えた理依の元へ駆け寄ると、早速彼女のトンデモ理論に頭を悩ませた。
(あのね。IT企業というものは、優秀な外国人プログラマーを雇い入れている所が多いのよ…)

「ホラ、先生。この男、こんな物騒なモノまで持っていましたよ」
 驚いた事に、理依が手にしているのは自動式拳銃だった。
 ロシア製ね。日本国内で裏サイトを利用して入手したようだ。

 静夜は理依から拳銃を受け取ると、まず弾が入っているかを確認。最中、「安全装置はココです」理依が教えてくれた。
 納める所が無いので、とりあえず右手に持っておこう。

 改めてオフィス内を見渡す。

 あれだけ騒いだにも関わらずに、誰ひとりとして姿を見せないばかりか、声を上げる者もいない。

 それに。

 先程から鼻につく錆のような匂い…これは間違いなく血の匂いだ。

 電気コードで男性を縛り上げた理依も辺りを見渡している。

「理依!アナタは入口を見張っていて」
 敢えて理依には他の場所へ目を移させないよう指示した。

 いくら腕が立つとはいえ、彼女は素人だ。遺体を目にして正気でいられるはずが無い。

「うぅ!」
 理依が口に手を当てて体の向きを変えた。おそらく血の匂いに酔ったのだろう。

「理依!ブチまけるなら、その男にブッかけてやりなさい!」
 静夜の声に、理依は吐しゃ物を男性の頭へとブチまけた。

「あら失礼。でも、これは殺された人が貴方に一矢報いたものと思ってちょうだいッ!」
 告げつつ静夜も男性の伸ばされた足首を思いっきり踏みつけた。
 これでしばらくはまともに歩けまい。

 依然、理依は咳き込んだまま。だけどしっかりと男性をとりおさえてはいる。肝心の見張りの役目は果たせそうにないけれど。


 さてと。


 この静けさ、辺りに漂う血の匂い、生存者は絶望的だが、確認はしておかないと。
 静夜はハンカチを口に宛てて、ゆっくりとオフィス内を巡回し始めた。

 飛沫痕が半端じゃないくらい凄まじい。まるでブチまけたような。

 おびただしいまでの大量の血液は刺創に見られるもの。一方、天井にまで達する飛沫痕は銃創によるものだ。
 改めて取り押さえられている男性を観る。

 この男は、直接手を下していない。
 この惨劇はあのカマキリの仕業?

 動物に襲われた遺体がどのように損傷するのか?想像もつかない。


 ようやく遺体を発見した。
 女性スタッフと思われる。弔いに短く手を合わせると、検分を開始。

 お腹を斬られての失血死かショック死と観られる。さらに。

 切り取られた腕や指が辺りに散乱している。なんて猟奇的な!反吐が出るわ。

「違う!」
 静夜は湧きおこる感情を即否定した。

 これは防御創だ。
 何らかの攻撃から身を守るために手で遮ったのだろうが、手ごと指ごと切断されたのだ。


 ジュイィィーン、キーン。


 どこかで電動ノコギリの音がしている。

 耳をつんざくような金属を切断する音。思わず顔をしかめてしまう。

 静夜は感じた。

 やけに近いわね。

 音のする方へとゆっくりと歩き出す。玄関口だ。と確認するや否や静夜は手にしたピストルを3発続けて発射した。

 すでに!

 さきほどのカマキリがドアを切断してオフィス内へと侵入を図っていたのだ。

 発射された弾丸は一発だけ命中した。が、数歩後退させるだけに留まった。

「マジかよ…」
 両腕がチェーンソーのカマキリだなんて…間違いなくヤツは生物ではない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...