Ag ~エイジ~ 白銀の刃

ひるま(マテチ)

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旅人は

―最終話ー50.エイジという名の・・。

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「レ、レイン!心外だなぁッ!!確かに僕の頭の天辺は薄いけど、ハゲと呼ばれる筋合いは無いぞ!」
 
 この男もこの男だ。

 人の質問など放っておいて、いちいち蔑称に反論している。

「オイ!エグリゴリ。退くか退かないのか?さっさと答えろ」
 こうなれば最後通告だ。

 半ばやけっぱちで問うてみたら。

「探偵さん、貴方、本ッ当に人の話が耳に入っていないのね。彼はエグリゴリじゃなくて"フォグ”なの」

「フォグだのスノーだのレインだの、お前らのニックネームなんて、この際どうでもいいんだよ。とにかく、もうコイツに打てる手は無いから、さっさと尻尾を巻いて去ってくれと言いたいんだよ!」
 いちいち訂正を入れてくるな!

「せめてコードネームと言って欲しい―」
 言いかけたレインの目が大きく見開かれた。

 レインの向く先には。

 カリオストロが”あの構え”に入っている!

 技の名前などあるのか無いのか定かではないが、横向きの竜巻をフォグに向けて放つ気だ。

「レイン!アイツを止めろ!」
 言い放ちつつ、昌樹はフォグへと向かって走り出した。

「あの男は俺に任せろ」
 告げるエイジは昌樹を追い越して。

 その、今まさに追い越そうとするエイジの大腿部に、「お前は引っ込んでいろ!」昌樹が警棒を振り下ろした。

 転倒し、勢いに乗り転がるエイジを後に、昌樹はフォグへと飛びついた。

 カリオストロの剣から放たれた横向きの竜巻が唸りを上げて迫ってくる。

 アスファルト道路を削り、その破片を巻き込んだ竜巻を、昌樹たちは間一髪のところで避ける事に成功した。

 が、あくまでも直撃を避けたに過ぎず、昌樹の背中には、痛々しくも、数え切れないくらいのたくさんの道路の破片が突き刺さっていた。

 それでも「くぅーッ!!」痛みに顔を歪めるだけに留めている。

 "守るべき一般人の前で弱音を吐くな”、弱音を吐けば、一般人を不安にさせてしまう。

 警察学校で教官から何度も聞かされた警察官としての心構え。

 それは忌むべき犯罪者に対しても同じく実践していた。

 心構えというものは、”気持ち”から始まり、やがて本能の域に達してしまうものだと、昌樹は少しばかり後悔していた。

(殺されると分っていて、見捨てるのも後味が悪いもんだぜ)
 これで、少しは痛みへの後悔とやらを和らげる事が出切れば良いのだが。

「マスター!!」
 エイジが昌樹の元へと駆け寄ってきた。

「ようエイジ、無事だったか」

「それは俺の台詞だ!どうして俺に行かせなかった。俺だったら、マスターにも、フォグにも怪我を負わせる事無く助け出せたのに」
 エイジに言われて、始めて助けたはずのフォグが頭部から血を流している事に気付いた。「あっ、ゴメン」

 つくづく”髪は大事”だと思い知らされた。

 そんな事よりも。

「あのな、エイジ。"親”ってのはな、子の命を、体を張って守るものなんだぜ」
 昌樹の答えに、エイジはゆっくりと首を横に振り。

「違う。俺は貴方の子供じゃない。マスターの体から生成されたエレメンツだ。エレメンツは宿主の人間よりも、はるかに丈夫で身体能力が高い」

「それでも、体の頑丈なエレメンツ様だろうが、死ぬかもしれない状況に飛び込んで行くのを黙って見ていられるかってんだよ。お前を信用していない訳じゃない。ただ心配だったんだ。血を分けたお前には死んで欲しくないし、怪我も負ってほしくもない。咄嗟に手が出ちまったものは、後からどうこう言ったって、しょうがないだろう。そういうことだ」

 結果として死者を出さなかったのが幸い。

 昌樹の言い分は、ただの結果論に過ぎない。

 それよりも。

「随分と派手にやってくれたわね。婆さん!」
 レインがカリオストロに銃口を向ける。

 と、サンジェルマンが、目に見えて疲弊しているカリオストロをかばうように、レインの前に立ち塞がった。

「彼の命を絶たないで。お願い」

「エレメンツは全て消滅させる。エイジとナンブは、あと2ヶ月も絶たない内に宿主の肉体と同化するから放っておくけど、他の連中は一匹たりとも存在させない。エレメンツは生物の理から外れているもの」
 レインは、何が何でも自然発生したもの以外の存在を認めようとしない。

「この通り」
 すると、レインは懇願するサンジェルマンへと銃口を向けた。

「正直、私はアナタの存在そのものを認めない。アナタさえこの世に存在しなければ、誰も不死なんておとぎ話を血眼になって追いかけはしなかった。奇跡というまやかしに誰も踊らされる事は無かった」
 神に仕える身でありながら、異端とされる”不死”を求めた教皇にも呆れるが、それ以上に、人工生体ホムンクルスを始め、エレメンツまでも生み出したサンジェルマンを許せずにいた。

「アナタは何が面白くて命の理を弄ぶの?」
 これがレインの本音であった。

 そんなレインの目を、サンジェルマンは真っ直ぐに見据えた。

「私はただ、人類の行く末を見守りたかっただけ。ただそれだけ。その過程で生み出したホムンクルスやエレメンツが害を成していたのなら、この通り謝ります」
 頭を下げるサンジェルマンに、レインは強く「違うッ!」

「ホムンクルスやエレメンツは今のところ武器に転用されていないから、人間には害を及ぼしていないわ。だけど!この先、どこの誰かに悪用される恐れがあるから、アナタを放っておけないの。これまで人知れず生きてこられたからと、これからも人々の目から逃れて生きていけるとは、とても思えないのよ」
 横から話を聞いていると、危惧を通り越して、ただの面倒くさい女に思えた。

「どきな、サンジェルマン。この女にはアンタの声は届きはしないぜ。良いだろう。るか殺られるか、ここで白黒付けようぜ」
 大技を放った後、剣を杖のようにして絶っていたカリオストロが、ようやく背筋を伸ばした。

「いいえ、どきません。ホムンクルスたちが自然に生まれてこなかった生物だとしても、今では立派な生物に勘定できます。現にこの世に生を受けてきているのだから。私を殺して彼らを絶滅させようとする貴女の行いこそ、人類が繰り返してきた絶滅種を生み出してきた愚かな行為と同じではなくて?」
 不死の副産物として生み出されたホムンクルスの生存をかけて言い争っている。

 二人の間に挟まり、昌樹は口を挟む事ができずにいた。

 一体、何を言って、この場を丸く収めれば良いのだろうか?

 何も言葉が思いつかない。

「レイン」
 口論が絶えないこの場で、エイジがレインに声を掛けた。

 二人の視線がエイジへと向けられる。

「レイン、俺たちエレメンツはすでに多くの人たちに目撃されてしまっている。例え、貴女の組織が全力をもって隠蔽にかかったとしても、そのうちどこかから情報は漏れ出てしまうだろう」

「それは無いわ」
 聞く耳を持たないと言わんばかりに、即否定されてしまった。

 それでもエイジは退かない。

「自然の摂理を無視して生み出された俺を、俺のマスターは「息子」だと言ってくれた」

「オイオイ、俺は「子」と言ったんだが」
 昌樹の訂正など無視して話は続けられる。

「宿主を主としていた俺だったが、あの言葉を聞いた時、とても嬉しかった。ひとつの命として認めてもらえた気がした」

「何を言っていやがる。お前は実際に生きているじゃないか」
 言葉を掛ける昌樹に、いっさい目を向ける事無く。

「それでも俺たちエレメンツは生き物じゃないのか?確かに、誕生において本来の手順は踏んでいないし、人外の能力を有してはいるが、宿主の記憶と勘定の一部を拝借している俺たちエレメンツを、どうか命のひとつとして認めてはもらえないだろうか」
 それでもなお、レインは銃口をサンジェルマンに向けたまま。

「マスターは、ときどき私のわがままを聞いて下さっていましたね」
 今度はナンブがレインに声を掛けてきた。

「いろいろお願いを聞いて下さるマスターが、とても愛おしく感じられました。あの時のマスターの優しさに満ちた顔は忘れられません。マスターは私の事をどう思ってくれていたのですか?」

「もしも私に娘がいたとしたら、貴女のような子だと思っていた。世話の焼ける子。だからナンブ、エイジ。貴方たちは他のエレメンツとは違う。自然に消えてゆく事を許可するわ」

「それが貴女の本心なんですね」
 レインは、思わずエイジの方へと向いた。「私の本心?」

「貴女は俺たちと接する内に、ホムンクルスが人に悪用される事を忌み嫌うようになった。だから俺たちエレメンツが悪者の道具に成り下がらないように、生みの親であるサンジェルマンとカリオストロを始末しようと考えた」
 レインの言う自然の理など、ただの方便であって、真意では無かった。

「レイン。サンジェルマンさんはもう自らの存在に幕を引こうとなさっているんだ。あとは人知れずカリオストロが、彼女の意思を継いで、未来永劫命のバトンリレーを繰り返してゆくのを臨んでいるだけなんだ。そうっとしておいてやれないか?」
 昌樹の言葉に、レインは驚いた表情でサンジェルマンを見やった。

「もう、次の命に繋げないと言うの?」
 レインの問いに、サンジェルマンはゆっくりと頷いて見せた。

「後は俺に任せておきな。サンジェルマン」
 告げながら剣を杖へと収めた。

 そして、力を使い果たしたようで、おぼつかない脚を支えるようにして杖を突きながら昌樹たちに背を向けた。

「待ちなさい!」
 再びカリオストロに銃口を向けるも、その手にそっと手を添えた昌樹によって、あえなく銃を下ろす事となった。

「不死の夢は潰えたんだと、アンタたちの雇い主に言ってやりな。それで全てが丸く収まるってもんだ」
 果たして、そううまく収まるものなのか?不安は払拭できないが、当のサンジェルマンの確保ができなかった時点で作戦は失敗に終わっている。

「それで、あのハゲはどうするの?」
 レインがフォグを顎で差して昌樹に訊ねた。

「強盗の現行犯と銃刀法違反で刑務所行きだろうな。まぁ、アンタんとこの組織が裏から手を回して解放するだろうから、今日1日くらいは留置所で外泊する事になるだろうさ」
 
 これにより、教会によるサンジェルマンと悪魔のはこの確保は失敗に終わった。



 ―1週間後―。


 探偵田中・昌樹は、追風・静夜の依頼を受ける事にした。

 とある交通事故の、目撃者を探し出して欲しいとの事。監視カメラも無く、当時付近を走行していた車輌も無いのでドライブレコーダーの記録は期待できない。

「引き受けてくれて助かるわぁ」
 サングラスの横から覗く静夜の赤目が昌樹へと向けられる。

「ところでエイジくんは?最近出たところを見ないけど」
 静夜が訊ねた。

 すると、昌樹は急に身だしなみを整え始めて、真っ直ぐに静夜へと向くと。

「それが、その・・・。あの野郎、今度は先生の中から出てきたいと言い出しやがって・・・まぁ、その・・・突然ではありますが・・」

「何よ?」

「俺とエイジっていう名の息子をもうけませんか?」
 突然何を言い出すのかと思えば、思わぬプロポーズを受けてしまった。

 不意を突かれた静夜は急に顔を真っ赤にして昌樹にビンタを食らわせた。

「順番がメチャクチャじゃない!まずは、結婚を前提にお付き合いしましょうでしょッ!」
 もう一発ビンタを食らわせた。

「へぇ~、先生、まんざらでも無さそう」
 パラリーガルの理依が茶化す。

「ま、まぁね」
 反論しないばかりか、本当にまんざらでもない表情を見せた。

「さて、ではお仕事に取り掛かりますか」
 その場から立ち去ろうとする昌樹を「待ちなさいよッ!》静夜が強い口調で呼び止めた。


 "Ag ~エイジ~ 白銀の刃” ― 完 ―
 
 


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