板の剣は相手の頭を叩き割るためのもの

ひるま(マテチ)

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人生初めての斬り合い

少女との出会い

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 峠の茶屋が目に映った。

 それは、まるで砂漠のど真ん中に現れたオアシスのよう。

 ウルは小躍りしながら茶屋へと駆け出した。

「いらっしゃい」
 店員のおばちゃんが出迎えてくれた。

「好きな席に座っておくれ」言われるまでもなく、ウルは入り口から最も近い席へと着いた。

 もはや奥の席へと向かう体力すら残っていない。

 大袈裟かもしれないが、本当にそんな気分だった。

 さすが山奥にたたずむ峠の茶屋。選べるほどメニューは豊富ではなく、お酒を除けば野菜炒め御飯か野菜炒め麺しかない。

 運搬途中で割れる恐れのある卵を使用した料理などありはしない。

「御飯の方を大盛りで!」
 この後、いつ飯にありつけるか定かではない。とにかく腹に入るだけ入れてやろう。

 ようやく飯にありつけるというのに、ウルは落ち着かない様子。

 今頃になって追っ手の事が気になってきた。

 ただ逃げ出したならまだしも、係留中の船の帆を展開させて港を混乱に陥れてしまったのだ。

 船員たちも血眼になって探し回っているに違いない。

 心配が過ぎるのか、出てきた飯は喉を通るが、どうも味がしない。

 腹に入れるだけでもマシかな・・・。

「見つけたぞ!」
 突然の男性の声に、ウルの背中が波打った。

 とうとう見つかってしまったか・・・。

 だからと観念して捕まる気など毛頭無い。

 こうなれば!

 抵抗してでも追っ手を振り切ってやる!

 ドカドカと足を鳴らして近づいてくる男へと向いた。

 !?

 やたらと大きな体格に傷のある顔がウルの横を素通りしていった。

 ウルが振り返る。

(あんなヤツ、あの船にいたっけ?)

 見覚えが無い。

 確かに船に乗るなり牢屋へとブチ込まれてしまい、船員の顔などほとんど見てはいなかった。けれど、こんなに体格のよい男は見ていない。

 これほど背が高ければ、あの狭い船の中では、さぞ邪魔者扱いを受けていただろう。

 でも、酒に酔って怒られている者はいたけど、でくの坊呼ばわりされていたヤツは見ていない。

 だったら、コイツは?

「見つけたぞ、リムリー」
 奥の席に籠もる少女へと向いて歩いて行くではないか。

 少女は立ち上がるなり、他の客の席へと飛び渡り、男の接近を拒む。

 なんて人騒がせな。

 そして、なって人迷惑な。

 思った矢先、今度はウルの席へと跳んできた。

 トンッと軽い音を立ててテーブルに着地。
「人が飯を食っているのに!」

 少女に抗議するも、彼女はまたもや跳ねると店を飛び出してしまった。

「待ちやがれーッ」
 今度は男が少女を追って店を飛び出した。

「一体何だったんだ・・・?」
 まるで突風が過ぎ去ったかのように、店内は静けさに包まれた。

 お騒がせな二人の事など、どうでも良かったが。

 ふと、あの少女の面影が脳裏をよぎる。

 何だか・・・やたらと肌のきれいな女の子だった。

 ちょっと肌を露出させ過ぎな衣装ではあったと他人事ながら思ってしまう。

 あんなに晴れがましいのが大陸では普通の格好なのかな?

 疑問もあるけど。

「あの子、あのオッサンにとっ捕まったら、ただでは済まされないだろうな」
 同じ追われる身として同情してしまう。

 何をやらかして追われているのか知らないけれど。


 考えるよりも先に、ウルは二人を追って店を飛び出していた。

 そして。

 巻かれた布から解き放たれた板の剣を手に男の背を追う。

 少女を追って走っていた男の足が止まった。

 ウルの足音に気づいたのだ。

「貴様、何者だ?」
 同じく背中に背負った板の剣を下ろしながら男が訊ねた。

 男が手にする板の剣は。

 ウルが得物としているものとは刀身こそ似たような丈ではあるものの、遙かに厚みがあり重厚。そして何よりも見た目で相手を威圧してくる。

(アレは当たったら確実に死ぬな)
 今更ながら足がすくんでまう。

「この距離で訊いている。そんなに俺の剣に警戒しなくとも、名前を名乗るくらいの余裕を持って欲しいものだな」
 男が言うように距離は10メートルほど開いている。

 彼が襲ってこようが、十分逃げられるだけの距離はある。

 それでも。

 ウルは男の板の剣を凝視したまま、その場で板の剣を構えて。

 ビュンビュンとしなる板の剣。

 とたん、男がクスッと笑った。

「これはまた変わった発想に至ったものだな。まあ、お前さんの細い筋肉では軽量化に重きを置くのも無理もない」
 何を言っているんだ?このオッサンは?

 男の見解はウルにとっては意味不明でしかない。

 しかし。

 すでに相手の分析に入っているのは男だけではない。

 ウルも相手の重量型武器から、彼が取るであろう行動を分析していた。

 恐らく、男の攻撃は“打ち下ろし”。

 その重量を生かした破壊力は打ち下ろすか振りかぶっての”振り切り”いわゆるスィングしかない。

 通常の剣のように多彩な攻撃はできない。重量武器ともなれば、自ずとその使用法は限られてくる。

 ならば。

 ウルは男へと向かってすでに走り出していた。

 走るだけでしなる板の剣など下段に構えてしまえばさほどしなりはしない。

 男が大剣を振り上げた!

 しかし、その動きは鈍重で。

 それもそのはず、あれほどの大剣を振り上げようものなら、足場をしっかりと踏みしめてから体幹全てを駆使して持ち上げなければならない。


 10メートルの距離が離れているだと?



 男とウルがすれ違っていた。

 プシュッと男の右足膝下から血が噴き出した。

 下段に構えた板の剣を、ウルが通り過ぎさまに振り切ったのだった。

 ビュンビュンとしなる板の剣の切っ先を地面に当てて弧を描くようにして停止を図った。

 10メートルの距離。


 その距離は、男がウルを相手に剣を振り下ろし切るには、いささか短すぎた。


 驚くなかれ、ウルはとても足が速かった。

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